表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/15

第11話 レンズ確保

 領都の歓楽街。


 その一角にある、会員制の高級クラブ。


 表向きは富裕層向けの社交場だが、その地下には、大陸全土から禁制品が集まる闇の競売所が存在する。


 オルオバにおいては、エンドコンテンツの中で立ち寄ることになる場所だ。


「……会員証の提示を」


 地下への階段を降りた先、重厚な鉄扉の前には、二人の護衛が立っていた。

 身長2メートルを超える巨漢。

 その身に纏う魔力の密度は、表の正規騎士団長すら凌駕している。


(ラスターたちの平均レベル40が『ストーリーのラスボスに挑む際の推奨レベル』なのに対して、コイツらはレベル60相当の『門番』か。今の俺が正面から戦えば、三秒で挽き肉だな)


 ラギウスは冷静に戦力差を分析する。

 『絶対自我』のおかげで、彼らが発する「殺気」や「威圧」には何も感じないが、物理的な戦闘力差という「事実」は覆らない。


 ここで騒ぎを起こせば即死。

 それが、この場所が「エンドコンテンツ」たる所以だ。


「……」


 ラギウスは無言で、懐から『黒塗りのプレート』を取り出し、護衛に見せる。

 禁書庫で手に入れた紹介状だ。


 護衛の一人がそれを受け取り、刻印を確認した瞬間──。

 鉄仮面のような無表情が、驚愕に歪んだ。


「……こ、これは……『始祖』の刻印……!?」


 護衛たちは顔を見合わせ、直立不動の姿勢を取ると、恭しく扉を開け放った。


「失礼いたしました。VIPルームへご案内いたします」

「……フン」


 ラギウスは、さも当然といった顔で足を踏み入れる。

 背後には、燕尾服のシライシと、緊張でガチガチになっているミリアが続く。


 ★


 地下ホールは、静寂に包まれていた。

 豪奢なシャンデリアの下、仮面をつけた参加者たちが、声もなくワインを傾けている。

 彼らは皆、裏社会の猛者であり、同時に「ルール」を熟知したプロフェッショナルたちだ。


 ラギウスたちが通されたのは、ホールを見下ろすバルコニー席だった。


「お初にお目にかかります。カルゼラードの次期当主様とお見受けします」


 現れたのは、商会の支部長を務める小柄な老紳士だった。

 柔和な笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。

 彼もまた、この魔窟を取り仕切る実力者だ。


「単刀直入に言おう。俺が欲しいのは『月光圧縮レンズ』だ。在庫にあるな?」

「……ホッホ。耳が早いですな。確かに、本日の目玉商品の一つとして出品予定ですが」


 老紳士は、値踏みするようにラギウスを見る。


「ですが、ここは競売所。いかに『始祖の紹介状』をお持ちとはいえ、ルールは絶対。出品を取り下げて直接お売りすることはできません」

「構わん。競り落とすだけだ」


 ラギウスはソファに深く腰掛け、シライシに酒を注がせる。


「俺が嫌いなのは『無駄な時間』だ。金ではない」


 その言葉通り、競売が始まると、ラギウスの行動は迅速だった。


 『月光圧縮レンズ』。

 古代文明の遺物であり、魔力を注ぐことで「月の光」を収束させる魔導具。

 出品されるや否や、魔術師風の客や、コレクターたちが札を上げる。


「50万!」

「60万!」

「70万だ! 研究用に欲しい!」


 価格が吊り上がっていく。

 希少なマジックアイテムとしては妥当な推移だ。


 だが、ラギウスは『絶対自我』で周囲の熱気を遮断し、冷徹に適正価格を計算する。


(ジュラルナ合金の生産による、今後十年の軍事費削減効果。領地の防衛力向上による損失回避額。それらを試算すれば……)


「200万」


 会場の空気が凍り付いた。

 現在の最高値70万に対し、いきなり三倍近い値をつけたのだ。


「に、200万!? 馬鹿な、あの程度の遺物に……」

「どこの富豪だ……?」


 ざわめく会場。

 競合相手たちは、ラギウスのバルコニーを見上げる。

 そこには、仮面をつけ、微動だにしない男が座っていた。


 威圧などしていない。

 殺気も放っていない。

 ただ、圧倒的な「財力」という暴力で、他者の介入する余地を物理的に潰しただけだ。


(時間をかけて1万ずつ刻むのは非合理的だ。俺の提示額は、これ以上出せば『赤字』になるギリギリのラインではない。彼らが『割に合わない』と感じて撤退する、心理的な壁だ)


 ラギウスの読み通り、競合たちは首を振って降りていく。

 彼らにとってレンズは「研究材料」や「コレクション」。

 200万も出して買うものではない。


 だが、ラギウスにとっては「産業革命の心臓部」。

 1000万出しても惜しくない『インフラ』だ。


 その「価値認識のズレ」こそが、彼の勝因だった。


「……200万G、落札です!」


 木槌の音が響く。

 ラギウスは、グラスを置いて立ち上がった。


「商品は裏口に回せ。……それと、支部長」

「は、はい。何でしょう」


 老紳士の態度が、入室時よりも明らかに畏まったものになっていた。


 紹介状の権威だけでなく、この男の狂気的な投資判断に、底知れぬものを感じたからだ。


 本来、『商才』と言っていいものではない。


 効果的な使い方がわかっていないアイテムに対して、あれほど金を出すなど、普通では考えられない。


「おそらく、商談でここに来るのは最初で最後になる。高額なアイテムが並んでる店舗に案内しろ」

「え、さ、最初で最後とは……」

「ゼスタ・フォン・カルゼラードが、どういう男か、お前は知ってるはずだ」

「現当主……なるほど、確かに、今は帝都に詰めているあの方が領地に返ってきたら、レンズをどこから持ってきたのかを問われる。隠しきれるものでもありませんし、『招待状』は、現当主様が『回収』されるでしょうね」


 ククク、と微笑む。


「俺の推測では、今日、集めきれるアイテムだけで、俺の計画は達成できる。『こういった場所の作法』がわからん親父ではあるが、まぁ、気が向いたらよくしてやってくれ」

「畏まりました。では、店舗に案内しましょう」


 競売所を出ると、ラギウスは店舗に行って、いくつかのアイテムを見繕った。


 ★


 帰りの馬車の中。

 ミリアは、手に入れた『月光圧縮レンズ』を抱きしめ、うっとりとした表情を浮かべていた。


 ラギウスは窓の外を見る。


 黒の商会での振る舞いは、あくまで「ルール」に則ったものだ。

 威圧も脅迫もしていない。

 ただ、大貴族としての財力を、最も効果的なタイミングで投入したに過ぎない。


 だが、その「合理的」な行動が、裏社会の住人たちに「カルゼラードの若様は、とんでもない『太客』にして『怪物』だ」という印象を植え付けたことは、言うまでもない。


「帰ったらすぐに設備を組むぞ。ミリア、お前は徹夜だ」

「望むところです! ……あ、でもシライシさん、夜食はお願いしますね」

「御意」


 漆黒の馬車は、夜の闇を切り裂いて走る。

 彼が手に入れたのは、単なるレンズではない。

 未来を変えるための、最初の一石だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ