5.協力者の秘密基地
面接を終えた後の予定は特になく学校を出ると僕は協力者の元へ向かっていた。
東京を歩けばどこにでもあるような建物の隙間の路地を更に奥へと進むと、長年の雨風の影響でかすれて文字が読めない看板を掲げた店にたどり着く。
建物に遮られ日の光もほとんど差さないジメジメした階段は人一人通るのがやっとな程の窮屈さ。
雰囲気のあるアンティークな木製扉には臨時休業の札が掛けられている。
札の文字を気にせずサムラッチハンドルを引き室内に侵入する。
人の気配が全くしない店の中は暗闇でポケットにしまっていたスマートフォンを取り出しライトをつけ周囲を照らす。
正面にカウンター席が四つ並び、すぐ近くにテーブル席が配置されている。年季の籠ったカラオケ機器とドラム缶テレビが昭和の香りを漂わせる。清掃は思いのほか行き届いているようで目立ったホコリなどは落ちていない。
営業を終えた知る人ぞ知る隠れ家バーというのが初めて見た時の感想だ。
僕は迷いなく壁に飾られた複数の絵画の中にある湖畔と三日月の夜を描いた風景画の前に立つと右に半回転させる。
──────カチッ
機会が作動したような音を立てると真横の何も無かったはずの壁がスライド扉のように開き始める、しかも自動で。
間接照明程度の明かりで照らされた階段を下ると先程とは打って変わって頑丈な鉄の扉が待ち構えている。
鉄の扉にはドアノブも取っ手もなく中央にテンキーが付いている。入力するべきパスワードを知っているけど僕は壁に設置されたインターホンをそっと押す。数秒後、重い扉が解錠されるとこれまた自動で重い扉がスライドした。
「いらっしゃい。せっかく教えたんだからパスワード打って勝手に入ってくればいいのに」
「お邪魔します。知ってても人様の自宅に勝手に上がったりはしませんよ。中で何してるかわからないし」
「"なに"とは何を指してるのかな?」
ニヤリと笑みを浮かべ揶揄う気満々の表情を見て完全スルーを決める僕。
「はぁ、なんでこんな分かりずらくて無駄に厳重なセキュリティーの場所に住んでるんですか朝実さん」
「ふふ〜ん、秘密組織のアジトみたいでカッコイイでしょ?これが本気を出した大人の力ってやつだね」
冷たいコンクリートに囲われた二十畳程の部屋。地下であるから当然外の景色を映す窓は一枚も存在せず人によっては閉塞感で逃げ出したくなるだろう。気休め程度に置かれた観葉植物も僕が買ってきたもので部屋の主である朝実さんからすれば必要ないものだ。
部屋の右角に設置された三台のデスクトップPCにはモニターが上下六枚セットされ機械に疎い僕からするとどのモニターを見ればいいのか頭が混乱してしまう。
そんな整えられた環境を最大限に使いこなし僕と同様異世界転移に巻き込まれた一人で、同じ目的を持つ協力者でもある朝実さんは艶のあるブラウンの髪を三つ編みで一本に結び、無防備な部屋着姿をしている。
デスクの上に数本の缶コーヒーを並べ、キャスターチェアに背中を預け気だるそうにしている。
僕と会話をしながらもキーボードを叩く指を止めることはなくモニターに表示された文字や映像を見ては何かの呪文を入力しているようだ。
「これ今は何をやってるんですか?」
「一昨日発売されたRPGゲームの攻略情報を書き込んでるの。ボリュームあるから大変大変」
「一昨日って朝実さんそのゲームクリアするために寝てないでしょ・・・」
コーヒーの空き缶を見れば朝実さんから答えを聞くまでもない。
「ゲームは一旦置いといてどう?調査の方はなんか進捗ありました?」
「あぁ、う〜〜ん。強いて言えば魔物狭間の発生件数が明らかに増加してるくらいかな〜。最近は実力の見合わない民間ギルドが駆り出されることが多いみたい」
民間ギルドにもランクが存在する。魔物狭間の脅威度ランクに似た形でSからFまでギルド実績と所属メンバーの実力に応じて国家ギルドが割り振っている。
普通であればギルドの認定ランクと魔物狭間の脅威度が同等以上の場合、招集対象外になるようだが最近は発生件数も脅威度も上昇傾向にあり無理矢理、低ランクの民間ギルドに依頼せざる負えなくなっているらしい。
「この間りっくんが割って入ったゴブリンロード戦に協力要請が出された民家ギルドもCランクだから到着しても事態の収拾は難しかったと思うよ。りっくんが近くにいて良かったね」
ちなみにりっくんっていうのは朝実さんが僕の名前を呼ぶときに使うあだ名だ。最初は若干恥ずかしさがあったが今となっては何も感じない。人間の適応能力は凄まじいよね、本当に。
「そっちも調べるとして、国家ギルドの方はどんな感じ?」
「まだ調査を始めて半年だからなんとも言えない感じだね。一つ確かなのはりっくんの言った通り国家ギルドいや、この国は何か重要なことを隠しているだろうね。不自然なデータを削除した形跡が複数あったし周辺警備もより強化されてる。最近は外部からじゃ到底アクセスできないくらいセキュリティーがガチガチッて感じかな」
東京都 千代田区の警察庁のすぐ側に数年前に築かれた国家ギルド。
僕が異世界転移している間に起こった魔物狭間の発生に伴って建てられた日本で一番最初のギルドで対策本部。三度にわたる工事の結果、魔法でも到底崩せそうにない分厚い鉄筋コンクリート壁を二層築き、上空には監視レーダーが張り巡らされネズミ一匹侵入者を許さないと言われる完全防衛施設。現在では警察庁の敷地を遥かに凌駕する規模感だ、わかりやすいかは置いといて東京ドーム三十六個分あるらしい。長崎のハウス〇ンボスの広さを超えたと一時期ネットでは話題だったようだ。ちなみに僕は異世界に居たから知らない。
国家ギルドが落とされたときそれすなわち国の滅亡とまで言われているがその理由も頷けるだろう。
「まぁ焦っても仕方ない。地道に調査を続けよう。今日はもう帰るよ」
「早いねまだ来てちょっとしか経ってないじゃん。予定でもあるの?」
「メッセージで伝えたと思うんだけど東黎魔法高校で教師をすることになったんだ。だから授業の資料を作成しないとなんだよ」
魔法についての研究はある程度進んではいるし数多くの資料、文献、教科書が出版されている。異世界から帰還して現状を知った時にどの程度魔法の理解が進んでいるのか気になって本屋で買って読んだことがあった。どれも決して間違えたことは書いていないが正直なところ異世界に比べたら天と地ほどの知識差があった。単純に歴史の差なのだろう。
そんな訳で教科書を使用して授業をする選択肢が僕の中にはない。一から資料を作成するのは相当苦労するとは思うが妥協するつもりは無い。来週から働くことになっているから時間もある。
「あーそんな事言ってたね。だから今日スーツ着てるのか。それで大丈夫なの?教師とこっちの活動を並行できるの?」
「まぁ忙しくなるとは思うけど教師って言っても非常勤だからずっと学校に居なきゃ行けないわけじゃないから大丈夫だと思う。こっちの事情を理解してくれる人もいるし」
柳井先生が校長をしていることを事前に知らなければそもそも結月の誘いを受けることもなかった。
「それにしても急だね。君のことだからなにか目的があるんだと思うけど」
「あるにはあるけどそもそも活動してく上で資金が必要なんだよ。言っちゃえば僕らのやってることは現状ただの自己満だ。民間ギルドと違ってお金も入ってこないからね」
朝実さんは異世界転移する以前はプログラマーとして働いていたらしく、帰還した現在も同様な仕事を続けているらしい。彼女の情報収集能力やコンピューターを操る能力は異世界転移前から取得していたようだ。
「そっか。まぁパソコン関係でなにか分からないことがあったら聞いてよ」
「そうする。ありがとう」




