4.平和な世界を
土曜日の深夜。
僕は毎日が休日だから生活に大きな違いは無いけれど教師をしている結月にとってはやっと訪れた憩いのひととき。
そんな大切な時間を僕なんかの家に来て消費している。
結月がレンタルしてきたゾンビ映画を二人掛けのソファーに座りながら見ていた。
ゾンビ映画を見たのは初めてだったけどこれといった感想は出そうにない。
ゾンビの見た目のインパクトは強烈なのだろうけど魔物に比べたら可愛いもんだ。
異世界で何度も見た冒険者の惨い亡骸。いつからだろうか、その光景に慣れてしまったのは。
「あ、そうだ。僕、教師やってみるよ」
「そっか・・・・・・えっ?律くん働くの?」
おいおい人をニートみたいに言いやがって。まぁ実際、現時点で見ればそうなのだが。
「教師やってみないかって言ってくれたの結月だろ」
「そうだけど。こんなに早く決断するとは思わなかったよ」
「まぁ、僕にも思うところがあったんだよ」
教師になろうと決断に踏み切ったキッカケは二日前のロードゴブリンを討伐した時だった。
僕が出会った東黎魔法高校の生徒達は街に住まう人々の命のため生活のために自らの命をかけていた。
今回のロードゴブリンの出現はイレギュラーだっただろうが今後同じことが起こらないとは限らない。
いくら魔法が使えるとは言ってもまだ高校生だ。将来どころか現在進行形で充実した日々を送るべきだ。
魔物との戦闘を繰り返すことが果たして充実していると言えるのだろうか。
中にはそう思っている生徒もいるのだろうけど大体は魔素を感知できて魔法を使えるからなんとなく魔法高校に入学を選択したのだろう。
実際に魔物と対峙して本物の恐ろしさを知り普通科のある高校に転校する生徒も多くいると聞く。
そんな中でも戦うことを選択した勇気ある若者の将来を少しでも守ることが大人の役目だ。
自分で言うのもなんだけど僕にはその力がある。
「そっか。じゃあ明後日の週明け月曜日に面接に行こうね」
「え、面接あるの?コネじゃないの?」
「コネじゃないよ推薦!帰還者の私が帰還者の律くんを紹介するの。面接は必要でしょ?」
「それは・・・そうだよね」
面接か〜〜正直辞退したい。
丸一日かけて心の内で決意を固めた後だけれどやっぱりなかったことにはできないだろうか。
確かに魔物と戦えるとは言ったけど面接官と戦える(話す)とは言っていない。
「その顔、辞退したいとか考えてるでしょ」
「エスパーなのかな」
「律くん別に人見知りでも緊張しいでもないでしょ?」
「いやそんなことは無いと思うけど。それ以前に厳粛な畏まった雰囲気の場所って苦手なんだよね」
「そこら辺は気にしなくて大丈夫だと思う。多分」
普段よりも上機嫌に笑う結月の表情を崩すわけにはいかないから僕は改めて決意を固める。
* * *
週明け月曜日、十時にセットしたアラームの騒音に叩き起され泣く泣くベットから這出る。
ふらついた足取りで洗面所にたどり着くと寝癖のついた髪を適当に整える。普段、髪を整えることなんてないけれど今日は面接なのだからと結月に指摘されていたので約束を守る。
リビングに戻りハンガーにかけられたスーツに腕を通す。昨日の休みに結月とショッピングモールを周り購入した新品のスーツ。
僕的にはあまりピンと来なかったんだけど結月がこれが似合ってると進めてきたので選んだ。
何度も結ぶ練習をしたネクタイが若干曲がっているような気もするが完璧になるまでやり直す時間なんてないから焦って家を出る。
最寄り駅から四十分くらい電車に揺られ、数分歩くと目的地の東黎魔法高校たどり着いた。
「ほーー。立派なもんだな」
異世界に転移する前に通っていた田舎の中学校と比べると遥かに立派で広大な土地を有している。
教師になるため面接に訪れたのは東黎魔法学校は元々、普通科とスポーツ科のある私立高校だったが魔物狭間と魔法の存在が認識されてから新たに魔法科という未来を見据えた教育をする場を設けた先進教育学校。
開設から四年の月日が経過し卒業生を輩出している。その多くが民間ギルドに所属または魔法科のある大学に進学する。特に優秀な生徒は国家ギルドからスカウトされることもあるそうだ。
魔法が希望である新時代において魔法科に入学出来るだけで人生勝ち組とまで言われているらしい。民間ギルドや国家ギルドの給料が高いからだ。
そんな甘いもんじゃないと僕は思うが。
「そこの君、生徒さんじゃないよね。入校許可証持ってる?」
正門をくぐろうとすると警備員に止められた。
「それって持ってないと入れないですよね」
「当然だ」
警備員の一切崩れない真顔が怖い。
入校許可証?初耳なんだけど。帰りたい。
「今日の十二時半から教員採用面接があるはずなんですよ。で、僕が面接を受けに来たんですけど」
「教員採用面接?試験なら六月中旬だし二次の面接はもっと先だよ。日付間違えてないかな?」
「色々ありまして普通の教員採用試験じゃなくて魔法科の教員として推薦されて特別に面接があるんですよね」
「特別ねぇ。わかったとりあえず事務に電話するから待ってて」
面接開始の時間が刻一刻と迫っている。推薦って落ちることあるのだろうか。普通に考えたら遅刻した奴なんて即刻退場だよな。それは推薦してくれた結月に申し訳なさ過ぎる。
「確認取れたよ。悪いね待たせちゃってこちらの不手際だ」
「いえ、そんなことないです。確認が取れて良かったです」
時計を確認し早歩きで校舎入口を目指す。
「えーと、君が永坂 律さんで合ってるかな?」
「はい。そうですけど」
「随分若いね〜。あっそんなことより面接を受けに来たんだよね。ごめんねー、案内役だったんだけどうっかり昼寝してたよ」
一切隠そうともせず大きなあくびをする白衣の女性。少し傾いてかけている眼鏡を見ると彼女の言葉に嘘は無さそうだ。
「時間ないから早速行こうか。大丈夫?!緊張してない?!」
「いえ、お姉さんのおかげで微塵の緊張も無くなりました」
満面の笑みで親指を立てグッドサインを向けられ困惑しているとこちらの戸惑いを意に介さず案内を始めた。
* * *
校内を少し歩くと応接室にたどり着く。
面接開始の十二時半にもなんとか間に合うことができた。
スライド扉を開ける前にノックをする。
──────コンコン
「どうぞ」
「失礼します。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。秋暮 結月からの推薦で魔法科の教師を志望している永坂 律と申します。よろしくお願いいたします」
一人掛けのソファーが左右に配置され、中央の大きなテーブルに両肘を着き堂々と座る面接官と思われる三十過ぎの男。
対面のソファーに腰掛けるように促され「失礼します」という掛け声を忘れずに丁寧に着席する。ここまでは結月との練習通りだ。
「で、この茶番いつまで続ければいいんですか?柳井先生」
僕の発言を聞くと対面の男は肩をプルプルと震わせる。
「くっっはーーーはーーー。笑いこらえるの大変だったよ」
「いや、肩震えてましたよ。それにニヤニヤしてたし」
「仕方ないだろ今更君に真面目な姿見せられても、胡散臭すぎてさ」
胡散臭いは言い過ぎではないだろうか。異世界で手を取りあった仲間だって言うのに。
「ふーごめんごめん。久しぶりだね永坂くん。元気そうでなによりだよ」
満面の笑みで僕に握手を求める男は柳井瑛介。彼も僕と同様、異世界転移に巻き込まれ無事に帰還した一人だ。
転移事件が起こる以前は日本の高校で教師をしていたらしく、異世界で魔法と剣技ばかり学んでいた僕らに勉強を教えてくれた。僕が柳井瑛介を先生と呼ぶのはそんなことがあったからだ。
「結月からなんとなく話は聞いてたけど異世界から戻ってすぐに学校長になったとか」
「まぁ自分の意思ではないんだけどね。祖父がこの学校の理事長をしていてね。行方不明の孫が帰って来てしかも異世界の魔法知識を有しているときた。経営者の祖父にとって私はこれ以上ない人材なわけだよ」
異世界からの帰還者と言うだけで実力が認められる世の中だ。東黎魔法高校の校長が帰還者となれば箔が付く。
「お忙しい柳井校長先生がわざわざ僕なんかの面接をしてくださるとは光栄です」
「思ってないこと言わなくていいよ。それに私以外に君の面接やらせたら確実に落とされるだろ?」
「そんなことはない。僕はやる時はやる男なんですよ。本当に」
少し前に結月にあしらわれた事を思い出し強調する。
「まぁそれは置いておくとして、本題に入ろう。秋暮くんから話は聞いているよ魔法科の教師だろう。永坂くんの魔法の知識も実力も教師として申し分ない。普通の勉強だって私が教えたから高校卒業程度は余裕だろう。それに魔法科の先生が一人抜けててね正直こちらとしてはこれ以上ないありがたい話だ。私が頭を下げる立場でもおかしくない。なにか条件があるんだろう?」
柳井先生と行動を共にした期間は三年半程だが彼は僕の考えを見透かしているようだ。
「僕としてはお願いなんですけど確かに条件と言えば条件ですね。二つあります。一つ目は魔法科の特定の授業のみを担当とする非常勤講師という形で雇用していただくこと。二つ目は僕が帰還者であることを出来る限り隠して貰うことです」
「う〜ん。なるほどね」
テーブルに置かれたマグカップを手に取ると注がれたコーヒーを一口飲み込む。腕を組み何か考えているようだ。
僕が提示した二つの条件はこれ以上ないほど自分勝手なものだ。自覚はある。だが曲げることは出来ない。
一つ目の条件は雇用形態を指定するものだからまぁそこまでおかしくはない。
問題は間違いなく二つ目の方だろう。帰還者であることは柳井先生や結月がそうであるようにその事実だけで生徒や保護者から信頼を得られる。
帰還者と言うことを除けば僕は二十歳そこらの若造でしかない。年齢だけで見ても高校三年生と二歳しか変わらない。
その事実だけを見たとき果たしてそんな人物から教わる魔法に価値があるだろうか・・・ハッキリ言おう、ないのだ。
事実がどうであれそんな曖昧な人間を教師として教壇に立たせるのはリスクがある。
「賢い君なら理解しているだろうが一部の生徒から、いや多くの生徒から受け入れて貰えないかもしれない」
「魔素操作に限った話で言えば確実に生徒の為になる自信があります。それに信頼を勝ち取れるよう努力します」
「そうだね。うん、その言葉が聞ければこれ以上言うことはないね。君が帰還者であることを隠すことに協力しよう。とは言っても隠しきるのはなかなか難しいと思うよ」
「わかってます。できる限りで大丈夫です。ありがとうございます」
柳井先生はマグカップにもう一度手を伸ばすと残っていたコーヒーを飲み干した。
「これは校長としてではなく、異世界で共に戦った仲間として、友人としての質問だけどこの条件は永坂くんの”目指す未来”に関係するのかな?」
「そうですね、重要なことです」
「そっか。秋暮くんには話しているのかい?」
「いや、言ってませんよ。想像つくでしょ?」
「彼女、君のことになるとやたらと過保護だもんね。話を聞く感じ危険も多そうだし」
僕には何がなんでも成し遂げたい目的がある。
「この世界を魔物狭間の発生しない、魔物も魔法も存在しない世界に戻す」
「できるのかい?そんなこと。君にしては非現実的な考えだね」
「現実より理想を語りたくなっただけだよ。それに異世界転移した奴が現実を語っても説得力ないでしょ」
「それもそうだね」
面接は無事終了し晴れて非常勤講師として働くことになった。お願い(条件)も聞いてもらうことができた。柳井先生が相手じゃなかったら確実に通らなかっただろうしまた一つ恩ができてしまった。




