3.帰還者の魔法
「今の音は・・・?」
後方から鳴り響いた轟音。得体の知れない質量体が激しくぶつかりあったような爆破音。真後ろに雷が落ちたとすら思わせるほどだ。
「嫌な予感がするな」
生命に保証のない異世界で積み重ね、精錬された危機察知能力が激しく訴えかけてくる。エンジンをかけたように心拍数が上昇していく。
原因はほぼ間違いなく先程みた魔物狭間にあるだろう。魔法高校の生徒に任せて引き返してきたわけだけど違和感はあった。
終盤、決壊寸前の魔物狭間の規模と派遣された魔法高校の生徒達ではどうにも天秤が釣り合わないように感じた。
帰還者の僕は魔物狭間というものを認識して一年七ヶ月しか経たないし知識も足りているとは言えない。そんな僕でも違和感を感じたのだから彼らもなにか思ってはいたはず。
なんにせよ様子を見に行くべきだろう。僕よりも歳の若い彼ら彼女らが命を落とすなんてことはあってはならないことだ。
まぁそんな偉そうなこと言えるほど歳が離れているわけじゃないけれど。
急ぎ現場に戻ると案の定、想定外の出来事が起こっていた。
「ゴブリンロード・・・魔法校生が対面するような敵じゃない」
転移先の異世界での話だがゴブリンロードとは三度遭遇したことがあった。
一度目の遭遇は転移してから四ヶ月が経った頃だったがもし戦闘にでもなっていたとしたなら僕は今ここに存在しなかっただろう。
転移者は一概に能力に恵まれていた。僕は目を見張るほどの能力が備わっていたわけではなかったけど二週間の訓練で魔法を行使できるくらいにはなれた。
普通なら数年、早熟でも半年はかかるようで、異世界に元々住んでいた人達からすれば僕ら転移者は例外なく異邦からやって来た化け物でしかない。中には訓練初日で魔法を行使した天才もいる。
そんな化け物能力を有していてもゴブリンロードを討伐できたのは転移してから一年半が経過した頃だった。
当然ではあるが現在の日本は異世界に比べて遥かに魔法関連の歴史が浅すぎる。
そんな日本の教育を二、三年受けた程度ではゴブリンロードを退くことはよっぽどのことがない限り不可能だ。
上手く連携してゴブリンロードの攻撃を躱しながら牽制をしているが崩れるのも時間の問題。
体内の魔素を使用するのではなく大気に漂う魔素を吸収して魔法を行使するから一見魔素切れなんかの心配がないように思えるが実際は体内に取りこめる魔素の量にも限度がある。
限度は人それぞれ大小するが限界を超えると魔法が行使できなくなるだけではなく全身の力が抜けその場で意識を失う。これは自分の限界を知るために魔素を取り込み続けたさいに経験したことだから間違いない。
彼らもトレーニングはしてるだろうし基礎身体能力が高いのは間違いないのだろうがどれだけ鍛えても魔法が使えなきゃ魔物と対等以上に戦闘することは不可能。それこそ重火器を使用した方が利口だ。
「協力要請は流石に出してるよな・・・まだ到着してないのか」
建物の隙間から状況を把握する。
Dクラス以下の魔物の数はかなり少ない。彼らが少しづつではあるが減らしているのだろう。
やはり将来を期待された有望株なだけあるな。
特にレイピアを握った青髪の少女の動きは洗礼されている。無駄な動きが他の生徒と比べて極端に少ない。
それに行使する魔法は水の魔素を発動する際に冷却を加えることで氷魔法へと昇華している。高度な魔素変換を求め、研鑽を重ねた者にしか氷属性に派生することは出来ない。
「このまま眺めてるわけにはいかないか」
日の影になっているコンクリートの外壁に右の手のひらを伸ばす。
「『虚空の扉』」
普通なら外壁に手を着くだけだが、僕の右腕は止まることなくそのまま影に飲み込まれるように消える。
影から腕を引き抜くと現れたのは一振りの刀。鍛え抜かれた刃こぼれひとつない刀身。鍔は無く、日本刀の特徴である柄糸も巻かれていなく装飾も無いシンプルな造形。
「あの制服、東黎魔法高校の。確か結月が教師してるとこだよな・・・。帰還者ってバレるのも面倒だし変装するか」
刀を抜き終え、影の中をもう一漁りすると白基調で赤いラインが二本入った飾りのない単調なマスカレードマスク(上半分の仮面)を取りだし顔を覆う。偶然着ていたパーカーのフードを深く被ることで身バレ防止対策は完璧。もし知り合いが居てもまずバレることはない。
準備を終え建物の隙間から走り出す。
* * *
ゴブリンロードと魔法校生の攻防が激化する。
圧倒的に優位に立っていたゴブリンロードだがその雷魔法が彼らにヒットする数が減ってきている。
行動パターンを覚えゴブリンロードが予備モーションに移行するのを確認し的確に回避する。
例え完全に避けられずダメージを負ったとしても致命傷でなければ心美の聖魔法ですぐに回復できる。
水の魔素を吸収した際に浄化することで人の傷を癒す聖魔法へと変換する。
氷魔法への昇華は魔素変換を学び、洗練すれば習得できる。
だが聖魔法への昇華は魔素変換がどれだけ秀でていても変換できる才能がなければ辿り着くことは出来ない。
才能が全ての魔法属性の影響もあって治癒師の人数は他の役職に比べて極端に少ない。パーティーに一人居るだけでそのパーティーに対する評価を二段階ほど引き上げてしまう。
そんな貴重な存在である心美がパーティーメンバーに居ることが不幸中の幸いと言える。
とは言え魔法の行使にも限度はあるのだからこのまま防戦一方を継続することは不可能。
「心美、後どのくらい『聖華』が使えそうかしら」
「頑張っても四回くらいかも、ごめんね」
申し訳なさそうに告げる心美の額には冷や汗が流れる。現状への焦りもあるだろうが魔素を取り込める限界が近づいている証拠でもあった。
「俺も常に風防御魔法を張り続けるのは無理そうだ」
使用する魔素の吸収効率が良い風防御魔法だがより強度を上げて張り続けるとなれば話は別だ。そもそも張り続けること自体が難しいことではあるが吸収できる魔素量に自信のある勇次でも途切れ途切れになってしまう。
部分的に展開するということは致命傷を受ける確率が増大することに繋がる。
「次の攻撃が来ます避けてください!!」
冷静に行動を察知し危険を伝える楓。
ゴブリンロードはその手に持った巨木の杖を地面に突き刺した。
初めて見る行動。どんな攻撃が放たれるのか想像もつかない。
「しまっっ・・・」
氷花の立っていた地面の真下。植物の根が勢いよく地上に伸びると絡みつく。
気づいた時には既に遅かった。
右手に伸びた根をレイピアで切断することには成功したが左手を目掛け伸びてきた根を避けられず拘束されてしまう。抗おうとするも左手首に根がまとわりつきレイピアを振ることも叶わなければ魔法を行使することすらできない。
「不味い、勇次さん!!氷花さんを拘束している根を切ってください」
「くそっ!!そうしたいが根っこが邪魔して近づけねーー!!」
地面から伸びた木の根がしなやかに波打ち、氷花以外のメンバーの足止めをする。
ゴブリンロードは突き刺した巨木の杖を引き抜くと天高く掲げる。
地面から生えた根が魔物の固有能力だとするなら今ゴブリンロードが行っているのは体内の魔素を一点に集中することで放出する攻撃魔法。
人類が魔法を行使する時とは違う。
行動不能にした氷花を集中狙いした雷魔法。激しい光を伴って放たれる雷撃の砲弾は減速することなく駆け抜ける。
自ら避けることもチームでカバーすることも不可能な絶体絶命の一撃。
そっと瞳を瞑る氷花。魔法高校に入学すると決めた日からいつかこうなるかもしれないと覚悟はしていた。悲惨な最後を迎えることになったとしても決して現実から逃げることは出来なかった。
だから後悔はなかった・・・。
「・・・助けて・・・・・・」
──────ビキッバチバチッ
今まで一番の強力な雷魔法。鳴り響いた轟音がそれを証明していた。だがその音を聞いた後も氷花の身体にはなんの影響もなかった。
恐る恐る、固く閉じた目を開ける。
「何が起きたの・・・?」
氷花の目の前に堂々と立つ一人のフードを被る男。
その右手に握られた刀には雷魔法を相殺したことでバチバチと電気が走る。
フードの男、永坂 律が刀を軽く振ると氷花にまとわりついていた木の根を断ち切る。
無防備に落下した氷花を受け止めると地上にそっと下ろす。
「助かりました。あなたは・・・」
氷花は助けられた際フードの男、律の顔を覗いたが認識することが出来なかった。それは律のことを知らなかったからではなく顔の上部を隠すように奇妙な仮面をつけていたからだ。
律は氷花の問には答えない。顔を隠しているのは正体を隠すためだ。声を発してしまえば聞き覚えのある声として疑問に思うかもしれない。
東黎魔法高校で教師をする可能性が僅かでもある限りそこに通う生徒であろう氷花に怪しまれるような真似は出来ない。
ゴブリンロードは乱入者である律をターゲットに魔法を放つべく体内の魔素を巡らせる。
律は氷花を背にすると一歩一歩ゴブリンロードとの距離を縮める。
ゴブリンロードが魔法の構築を完了させると巨木の杖の先、空中に五本の雷で生成された槍が現れる。
その一瞬後、雷光が大気を揺らし切り裂くような閃光が走る。
律は下げていた刀を構えると五本の雷撃の槍を避けることなく全て叩き切る。
回避した場合後ろにいる魔法校生に当たってしまう可能性を考えたからだ。
同時に放たれた槍が律に到達することはなかった。
「信じられない・・・。目で追うのもやっとの雷魔法をひとつ残さず切るなんて。しかも魔法を使用したようには見えなかった」
確かに身体強化魔法のいずれかを使用すれば攻撃魔法を両断することも可能なことだろう。それでさえ極わずかな限られた強者にしか成せない芸当だ。
にも関わらず眼前の男が行ったのは身体強化の魔法を使用しない純粋な基礎身体能力による刀での切断。
力任せでも速度任せでもない極限まで洗練された技。
(民間ギルドが到着したか、早く終わらせないとな)
後方から駆けつけた民間ギルドの四名のパーティー。
彼らも直ちにゴブリンロード討伐に協力しようとするが律、氷花との間に生えた大木の根が自我を持っているかのように暴れ、ゴブリンらの魔物も加わり障壁を築き進路を塞ぐ。
勢いよく走り出した律は風の身体強化魔法を行使し右足を強く踏み込む。勇次同様、いやそれ以上の速度で接近する。
律の行動に一切怯まずゴブリンロードは先程同様に巨木の杖を地面に突き刺す。一度目の時ですら簡単には切断できない強度の根であったが二度目は三本の根を捻り合わせることでより強度を増した攻撃となっていた。
ゴブリンロードは眼前の人間を強者と認め、自身の持つ最大の攻撃手段をとった。
「悪いな、その攻撃なら異世界で経験済みだ」
ゴブリンロードの手強さを知っているからこそ律に油断はない。過去の経験からゴブリンロードの取る次の行動を予測し先んじて吸収していた火の魔素。
刀を握っていない左手を突き出すと陽炎が生まれ炎が生まれる。周囲の酸素が燃え広げ、徐々に球状に集まる。
「『灼炎球』」
収束した炎を解放すると重なった大木の根との凄まじ衝突で爆炎をあげる。
その場に残されたのは灼炎球による煙と無残に焼き焦げ落ちた根。
視界の悪い中ゴブリンロードの正面に律の姿はない。
律は火魔法を放つのと同時に足に纏った風魔法で空高く飛翔していた。間髪入れず急降下。刀による研ぎ澄まされた急所を狙った一閃。ゴブリンロードの額にはめられた紫の魔核を砕く。
ゴブリンロードの巨体が黒煙となって存在を消す。
自らの勝利を見届けると律は近くの細い路地に入り姿を消した。
入り込む余地がなく、戦闘を眺めることしか出来なかった氷花が爆炎の後に見たのは静かに沈んでいく夕日だった。




