2.帰ってきた日本にも魔物が居た
都会はあまり好きじゃいない。
田舎から異世界、異世界から都会へと渡り歩いたわけだけれど圧倒的に田舎が過ごしやすい。
田舎に住んでいた時にそう思えてたかといえば嘘になるが全てを通って実感する田舎の偉大さ。
昼間は適度に人がいるし、すれ違う人は大体顔見知りだ。これって田舎あるあるだよね?ド田舎だけの特徴だったりしないよね?僕は最近地元がド田舎だったのではないかと不安です。
まぁ何にしても、田舎は平和で平穏だったんだよ。
それに比べて異世界ときたら少し城壁の外に散歩しに行くだけで魔物に遭遇する。スライムとかゴブリンみたいな低級の魔物ならいざ知らずヴォルグ(狼の特徴を持つ魔物)やドランベア(熊の特徴を持つ魔物)などの下級冒険者では歯が立たない魔物がうじゃうじゃ闊歩している。
習得した魔法を実践で試すにはそんな凶暴な魔物が蔓延る森に行くしかない。
初期の段階で命を落とした転移者の人数は全体の三分の一ほどもいたと話に聞いたこともある。
僕だって一歩間違えたら死んでいたなんて経験数えられないほどある。
その点で言えば僕は運が良かったんだと思う。生きて帰って来られただけ不幸中の幸いなのだろう。
そんな異世界に比べれば地球の都会なんて住みやすい・・・はずだったのだが魔物狭間とか言う訳のわからん現象のせいで対して異世界と変わらなくなっていた。
過去の自分の愚かさに落胆しながらも死に物狂いでやっとの思いでたどり着いた平和な世界なのにこれではあんまりだ。
時折、というかほぼ毎日田舎に帰りたいとは思ってるんだけど帰れない理由がある。そこら辺を解決すれば都会に比べれば比較的安全な田舎に戻れるんだけどな。まぁそう上手くはいかない。
そんなことを考えながら近所のスーパーを目指して夕暮れ時の街を歩く。
ポケットに忍ばせたタイムセールのチラシを開き購入したい品々に目星をつける。できるだけ安価で食料を調達しなければ僕の引きこもりニート生活の終焉も早まってしまう。
だからこそ主婦に紛れて奮闘しなければならない。
主婦の皆様はそれこそ魔物よりも強敵かもしれない。全力で望まなければならない。
「え?スーパー開いてないじゃん・・・」
気合い満タンで到着したスーパーは営業している気配が全くしなかった。普段なら駐車場も駐輪場もパンパンなのに今日に限ってはガラガラだ。
店内を覗いても人っこ一人存在しない。
「日付間違えてないよな?」
スマホに映る日付はチラシに記載された日付と間違いなく同じ。
それによく考えてみたらここに至るまで誰一人としてすれ違わなかった。ここが地元なら不思議はないがここは東京だたとえ都市中心部から離れた住宅地だとしても考えにくい。
妙な違和感を感じる。
「とりあえず大通りに出るか」
数分歩くと車通りの多い大通りにでた、筈なのだがやはり人どころか車の一台も走っていない。駐停車してある車はいくつかあるが人が近くにいるようには思えない。
「あなたそこで何をしてるんですか!!ここは危険ですから離れてください!!」
背後から声をかけられ振り向くと晴天の青空を彷彿とさせる青髪の少女が立っていた。それと同時に全てを理解した。二車線の道路を分断する中央分離帯の上空、巨大な亀裂が大気を裂いていた。
「魔物狭間か、どうりで人が見当たらないわけだ」
魔物狭間が発生した際に発令される緊急速報はテレビやスマートフォンなどから知ることができる。
僕はその警報音が鬱陶しくて通知を切っていた。そのせいで近所で発生したことを知らなかった。完全に自業自得。
自宅からスーパーまで歩いて約二十分程だろう。その道中で発令されたと考えると決壊する十五分のタイムリミットがいつ来てもおかしくない。
加えて裂け目の広がり方はかなり終盤のように見える。
「それにしても大きいなこの裂け目」
目の前で実物を見るからというのもあるかもしれないがそれにしても何度か目にしたものよりも明らかに巨大だ。
「ボーとしてないで早く遠くに逃げて!!」
「は、はい。すみません」
あまりの気迫にちびりそうになった。いやまじで。
しかも着用している制服からして高校生だろう。
おそらく魔法高校の生徒なのだろうが教師が引率していないことを見るに優秀な生徒で組まれたパーティーなのだろう。
ここは彼女たちに任せるべきだろう。僕がしゃしゃり出るべきではない。メンバー人数も四人いる。これだけの人数がいれば充分だ。
僕は魔物狭間に背を向け来た道を戻る。
* * *
現場に到着して十五分、時間通りに決壊する魔物狭間。眼前に迫る魔物の行進。何度見ても気味の悪い容姿をした侵略者達が人類の築き上げてきた大都市を踏みならさんと侵攻する。
「街への被害を最小限に抑えて。皆んな油断しないように」
「おう、任せとけ」
「了解」
「はい!了解です」
青髪の少女が三人に声をかける。
それぞれの得意な獲物を構え、適正距離を見極める。
陣形は前衛二人、中衛一人、後衛一人。それぞれが邪魔をせずカバーし合える理想的な配置。
数ある魔法高校の中でも名を轟かせる有望なパーティー。未成年で高校生の彼ら彼女らだが街の命運を託されるほどに信頼を得ている。
日本刀の造形に酷似した刀を握る青年が先陣を切る。大気に漂う風の魔素を吸収することで身体に巡らせ防御力と移動速度を向上させる。
放出魔法とは異なり魔素を体内に留める循環魔法には変換と操作の工程が必要ない。
一瞬の出来事、隊列を乱し青年に牙を向いた一体のゴブリンの頭部が宙を舞う。
風を纏うことで上昇した移動速度から繰り出される斬撃には重さも加わる。
切断された首の断面から黒紫色の血液が勢いよく溢れ出す。
制御を失い膝から崩れ落ちるはずのゴブリンだがその前に黒煙と共に姿を消す。
その場に残されたのはゴブリンの血液でも遺体でもなく小さな赤い鉱石のカケラだけ。
赤い鉱石のカケラの正体は魔核。魔物の動力源、人間で言うところの心臓にあたる器官。
多種多様、強弱も幅広く存在するがどの魔物も例外なく共通する特徴。
魔核を砕かれた魔物は存在を保つことが不可能になる。要するに魔物にとっての最大の弱点。
「魔核潰さない方が金になるもんな。なるべく残しとかねーとな」
「余裕かましてると足元救われますよ勇次さん」
「わーてるよ。お前もさっさと戦え」
「言われなくてもっ」
刀を握った勇次に対抗するように丸メガネをかけた青年は杖を天に掲げる。
握られた杖は木が捻じられたような造形をしていて、先には握り拳ほどの深緑の宝石が埋め込まれている。
杖の宝石は大気に漂う魔素を選別し吸収する。丸メガネの青年が選択したのは風の魔素。
循環魔法とは違い風魔法へと変換し、操作を行うことで放出魔法となる。
深緑の宝石が輝き始めると彼を囲うように風が吹き荒れる。
「避けてくださいよ。当たったら死んじゃいますから・・・『鎌風』」
深緑の杖を魔物目掛けて振りかざす。ハッキリと目には映らないが吹き荒れる風の波が魔物に衝突すると鎌鼬が起きたように魔物の身体を切り刻む。
その威力は到底、風によって引き起こされたものには見えない。
「あっぶねーな。颯、てめぇ俺に当たったらどうするんだよ!」
「だから避けてくださいって忠告しましたよね」
「戦闘中に無駄な言い合いはやめて。集中しなさい」
勇次と颯のいがみ合いを制止する青髪少女は左手にレイピアを構え魔物を刺突する。弱点である魔核を正確に捉えた素早い突き。
次々とゴブリンやシープ(羊の特徴を持った魔物)を黒煙に変えていく。
魔核を砕けば価値は落ちるがそのことを気に留めず討伐する。
「妙ね。これだけ巨大な魔物狭間にしては敵が弱すぎる」
魔物狭間は発生したさい難易度がつけられる。最高難易度SSから始まり、S、A、B、C、D、Fを最低難易度として振り分けられる。
判定の方法は発生した時点での裂け目の大きさと色の濃さだ。
大きさは言うまでもなく、色の濃さとは裂け目がどれだけ黒いかだ。より禍々しいものであれば危険度が高いというのは過去の統計から見ても明らかだ。
今回の難易度はDと判定されたため、民間ギルドではなく現場から一番近い場所にあった東黎魔法高校に討伐依頼が出された。
だが実際に彼女らが目にしたのは到底難易度Dには見えないサイズの魔物狭間。
当初は躊躇わず協力要請をする程には脅威に思えたが実際出現した魔物はクラスDに相当するゴブリンやシープ。遠距離攻撃の弓を持ったゴブリンも出現したが大した問題では無い。
「氷花ちゃん協力要請を撤回しても良いんじゃないかな?」
協力要請を受けたのは民間ギルドだ。彼らは成果報酬で動いているため到着したのに魔物が討伐されていれば何も得ることができない。完全に無駄足になってしまう。
「・・・そうね。どのくらいで到着するか分からないけどこの調子で行けば十分もあれば殲滅できるわね」
──────パキッ
ガラスが砕ける不快な音。厄災が降りかかるのはいつだってこの音の直後だ。
期待外れの緊張感からの落差が招いた油断。
刀を納刀し腕を組んでいた勇次の右肩を雷の矢が貫く。
「くそっ、痛えな・・・!」
「勇次さん!大丈夫ですか?!」
「あぁなんとかな。風の防御魔法がなかったらヤバかったかもな」
戦闘中は常に風の魔素を吸収し続けて防御魔法を展開していたお陰で致命打にはならなかった。
「ちょっと待ってね。すぐに治癒するから『聖華』」
「悪いな。助かるぜ心美」
ホワイトブロンドの髪を腰まで伸ばした治癒師の心美が握っていた錫杖を勇次の右肩にかざすと暖かな光に包まれる。
破れた服の隙間から覗く痛々しい傷跡が徐々に塞がる。流血は止まり、雷によって焦がされた皮膚も再生する。
「避けて次の攻撃が来る!」
氷花の合図と同時に再度放たれた雷の矢は命中することなく、後方の歩道橋に激突する。歩道橋は崩落はしなかったが硬いはずのコンクリートとがえぐれている。
「この魔物は・・・ゴブリンロード?まさかそんなはずは」
雷の矢を放った魔物はゴブリンロードと呼ばれるゴブリン系統の中で二番目の脅威。ゴブリンロードが出現するような魔物狭間は最低でもBクラス、個体によってはAクラスの場合だってある。
少なくとも四人の魔法学生が派遣されるような難易度ではない。
「協力要請を出したのは正解だったようですね」
「あぁ、流石にゴブリンロードは荷が重いぜ」
普段は恐れ知らずで油断することが多々ある勇次だがそんな彼でも正面から戦おうとは思わない。
「救援が来るまで時間を稼ぎましょう。ゴブリンロードの攻撃に注意しつつ周囲の魔物を討伐しましょう」
「「「了解」」」




