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1.引きこもり帰還者の日常

「お別れの前に最後に一つだけ、貴方にとって異世界での経験は大きな力となるでしょう。どうか使い方を間違えないでください・・・いえ、ここに居る皆さんには心配要りませんね」 



 ──────バサッ


 深く被っていた一枚の毛布を勢いよく押し除ける。

 ギリギリまで息を止めていたときのように無我夢中で酸素を取り込む。


「ハァ・・・ハァ・・・・・・夢か」


 冷や汗が頬をつたる。

 異世界から帰還して一年と七ヶ月が経過しているがいまだに忘れられない記憶。

 いや、どれだけの年月が過ぎようと忘れることはできないだろう。

 五月中旬の暖かい気候にも関わらず毛布をかけていたせいか、はたまた悪夢にうなされたせいか全身汗まみれだ。


 暗闇の中、手探りでスマートフォンを見つけ日付を確認すると2030年5月13日を表示していた。

 奇しくも異世界転移に巻き込まれたあの日からちょうど六年が経っていた。


 時刻は十九時を指している。

 生活リズムを整える必要のない僕にとって何時に寝ようがあまり関係ない。寝たい時に寝れるのが今の僕の生活なのだ。


「風呂入るか。はー、洗濯もしないとだよな」


 一人暮らしはやることが多すぎる。

 一日中、家でダラダラしているだけなのに何故か洗濯カゴに山が形成されてしまう。

 文句を羅列しつつも洗剤を入れ洗濯機を回しその間にシャワーを浴びる。



 ──────ピンポーン


 風呂場を出て身体を拭いていると玄関のインターホンが鳴った。

 慌てて服を着てドアスコープを覗くと見慣れた人物が立っていた。

 鍵を開錠しドアノブをひねる。


「こんばんわ。あれ、お風呂上がりだった?」


「まあね、こんばんわ結月。お仕事お疲れ様」


 夜風になびき淡く波打つプラチナブロンドの髪、くすみ一つ見当たらない透明感のある肌。穏やかで全てを包み込むような慈愛に満ちた声。

 スタイリッシュでクールな印象を与えるスーツがギャップになって目が離せない。

 軽く挨拶を交わすと慣れた様子でリビングに向かった。


「暗い!まだ電球変えてなかったの?」


「いゃぁ、買いに行こうとはしたんだよ。行動に移せなかっただけで」


「はぁ、そんな事だろうと思って買ってきたよ」


 僕が全力で感謝すると「やれやれ」と言いやがらも少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべる。

 安っぽいソファーを少しずらし乗り上げると受け取った新品の電球を古い物と交換する。

 バチバチと音を鳴らすと数日ぶりに部屋全体が電気の明かりに包まれた。


「律くんは夜ご飯はもう食べたの?」


「食べてないよ。さっきまで寝てたし」


「もう、また変な時間に寝てる。ちゃんと生活リズム整えてって言ったよね」


「ちょっと寝落ちしちゃっただけだよ。最近は夜更かししてないし」


「それならいいんだけど」


 結月はソファーに座ることなく直接台所に向かった。


「キッチン借りるね。あと冷蔵庫の中も」


「自由に使ってよ。そこはもう僕の立ち入る領域じゃない」


 僕がキッチンに入るのなんて食料を漁るときだけだ。収納されている調理道具も選んだのは結月だし購入後僕はほとんど触っていない。それこそ洗い物の時くらいなものだ。


「食材買ってきといてよかった。ほとんど何も入ってない」


「いや〜すんません」


「カレーかシチューどっちがいい?」


「うーん。シチューがいいかな」


「わかった。ちょっと待っててね」


 完全にお母さんである。僕は結月に最大限甘えた生活している。ちなみにお母さんと呼ぶとなんとも言えない表情になるので滅多に言わない。



 三十分ほど経つと背の低いテーブルに熱々のシチューが置かれた。

 僕はシチューは米ではなくパンで食べる派なのでカリカリに焼かれた食パンと共にいただく。


「お、美味しい!やっぱり結月のご飯は絶品だよ」


「ふふっ。喜んでもらえたなら嬉しい!」


 一人の時はコンビニ弁当かカップラーメンしか食べない僕にとって手作り料理は体に染み渡る。


「おかわりもあるから沢山食べてね」


「うん。無限に食べれる、ほんとに」


 暗い日常に差す明るい光。結月には異世界でも帰還した後も世話になりっぱなしだ。


「でさ、真面目な話があるんだけど」


「ん?どうしたの改まって」


 他愛ない世間話をしながら食卓を囲んでいると結月が真剣な表情に変わった。


「異世界から帰還してもう一年半くらい経つでしょ。そろそろ将来のこと考えない?」


「・・・?急なプロポーズだな」


 突然ぶっこまれた将来の展望。

 いや、付き合ってすらないんだよ僕たち。結月が頻繁に家を出入りしてるから否定しにくいけど。


「そういうことは段階を踏んでだな、うん」


「・・・え?」

「・・・ん?」


 お互い意図が理解できず引き起こされる膠着状態(こうちゃくじょうたい)


「いや、その将来って律くんのだよ?このままお家に引きこもってちゃ生活費も尽きちゃうでしょ?」


 結月はちょっぴり頬を赤らめながらも互いの間で起きた齟齬(そご)を訂正する。


「そ、そうだよなうん。確かにこのままだと生きていけないよな」


 異世界から帰還して一年と七ヶ月、全く働かずにアパートで一人暮らしできていたのは帰還者に対して特別な給付金があったからだ。

 額にして一人当たり1000万円。

 数字だけ見れば大きいと感じるが僕らが異世界にいた期間は約四年五ヶ月だ。

 それだけの長期間、地球を離れていれば勤めていた職場も当然失う。僕を含め学生生活の四年半を代償にした者も多くいる。

 1000万円で到底釣り合いが取れるわけがない。


「ちなみに、結月が養ってくれるという選択肢は・・・?」


「え、そうだな。う〜〜〜ん」


「冗談だよ冗談。そこ悩むとこじゃないでしょ」


 流石に堕落を極めつつある僕でも男としてのプライドを捨てたわけではない。限りなくゼロに等しいとしてもあるにはあるのだ。


「まぁ、取り敢えずバイトでも探すかな。近くのコンビニかファミレスかな」


「律くん接客できるの?」


「知ってるだろ。僕はやる時はやる男なんだ」


「あーそうだったね」


 返事が棒読みなことが少々気になるがまあいいだろう。

 実際問題、1000万円をどれだけ節約して使っても数年も経てば底をつく。だが人生は何十年と続くわけでこのまま働かないわけにもいかない。


「そこで悩める律くんにいい話があります!」


 顎に片手を当てわかりやすく思考中のポーズをとるとここぞとばかりに詰め寄ってきた。結月の綺麗な顔が目と鼻の先だ。


「一応聞こうか」


 ここに至るまでの話の流れを誘導され術中にはまっている気がしたが一旦話を聞くことにした。


「魔法高校の先生にならない?」


「ならない」


「え〜即答。なんでよ」


「なんでってあのね、僕は高校どころか中学すら卒業していないんだ。そんな奴が教壇に立って始める授業を誰が聞くと思う?」


「でも私も高校二年ちょっとしか通ってないけど先生やってるよ」


「結月が教えてるのは魔法演習でしょ。それに結月は頭いいでしょ」


 地球、日本では魔物狭間(モンスターゲート)に対抗すべく魔法関連の座学、演習が行われている魔法高校が三校、魔法大学が二校存在する。


 魔物が発生するのと同時に現れた特異な力を操れる人類。日本だけに留まらず世界中を震撼させた異形の生物の襲来から数ヶ月が経った頃、若者を中心に不可解な現象が報告された。


「木の枝を拾ったら突然発火した」

「100メートル走を7秒で走れた」


 報告されるのはどれも子供の妄想のようなものばかりで真面目に聞く人は少なかったが次第にそれらが真実であることが証明されていった。

 そんなファンタジーの世界でしか存在しなかった魔法使いとなった若者を育成すべく取り入れられた制度。

 実際のところ彼ら彼女らの成長は凄まじく、魔物狭間(モンスターゲート)の発生のたびに痛手を負っていた人類だがここ最近は犠牲者がかなり減少している。日本の安全と未来には魔法教育が必要不可欠。


「もちろん魔法関連の授業だけを専門にだからさ。律くん魔素操作とか得意でしょ?」


 魔法は大気に漂う魔素を「吸収」「変換」「操作」の三つの手順を踏むことで放つことできる。

 魔素操作は体内に取り込んだ魔素を体外に放つ際に重要になってくる魔法発動の最終工程。

 一応僕が得意とする分野ではある。


「まぁ、勉強教えるよりはできるだろうけど。そもそもそんな推薦みたいな形でなれるもんなの?」


 帰還者が取る選択肢は学生であれば学生として生活をするか、職を失った大人や僕のように卒業出来ず学生が終わってしまっていた帰還者は国家ギルドに所属するか自ら民間ギルドを設立、所属するかだ。そのどちらも魔物狭間(モンスターゲート)から出現した魔物を討伐することが目的だ。

 魔法高校か魔法大学で教師の道に進む者は少ない。

 単純に給料がギルドに所属するのに比べると魅力的ではないからだ。


「そこは大丈夫だよ。私が律くんを推薦します!」


 すっごい真っ直ぐな瞳で言ってるけど普通にコネ入社じゃないですか。


「私たち帰還者には魔物から人々を守れる力があるの。それに異世界で学んだことを活かして未来のために教育を進めなくてはいけないのです!」


「まぁ、考えてはみるよ。すぐに答えは出せない」


「うん、いい返事を期待してる」


 その後はいつも通りの日常に戻った。


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