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プロローグ

「緊急速報です。台東区浅草三丁目で魔物狭間(モンスターゲート)が発生しました。近隣にお住まいの方や現場周辺にいらっしゃる方は、直ちに安全な場所へ避難してください」


 一人暮らしの静寂を紛らわす為に垂れ流しにしていたバラエティー番組が突然切り替わると緊迫感のある警報音が部屋中に鳴り響き、場慣れしたニュースキャスターが冷静に避難を促す。


「浅草か、まぁまぁ近いけど大丈夫だろ」


 ──────チンッ


 電子レンジで温めていたのり弁当を取り出し、割り箸を使って口に運ぶ。

 僕はのり弁が大好物だ。ご飯、海苔、おかかに昆布と素朴ながらも満足感のある構成。おかずの白身フライとちくわ天ぷらが白米と最高に合う。


 テレビを眺めながら一口一口噛み締めながら食べ進める。

 そんな日常風景に溶け込み当たり前のように放たれる魔物狭間(モンスターゲート)という聞き慣れるはずのないワード。


「今日で三回目か、最近やたら数が多いな」


 だけど現実として魔物狭間(モンスターゲート)は台風や地震などの自然災害と同様に扱われ、地球に住まう人類ならば誰もが知る事実で、僕もその中の一人。


 ニュース番組へと切り替わったテレビ画面には現場上空からの中継映像が流れている。

 四車線道路の中央、大気に亀裂が走るようにできた巨大な裂け目。

 現実世界から隔絶された別次元、太陽の光でさえ通さない深淵の入口。

 覗いたものは決して正気を保つことができないと言われる恐怖の象徴。


 避難警報から十五分ほど経過すると禍々しい裂け目がひび割れたガラスのように大気を裂いて広がり始める。

 絶えず避難誘導するニュースキャスターはより一層声を張り上げ、カメラを構える映像スタッフの緊張も画面の些細な揺れから伝わってくる。


 魔物狭間(モンスターゲート)を鮮明に捉えるためにズームされたカメラに映るのは異形の怪物。地球上に存在する生物とはまるで異なる生命体。幽霊、UMA、地球外生命体など噂の範疇に留まるそれらと同様のはずの魔物。異世界冒険小説に登場する妄想の産物であるはずの存在が人々の、僕の現実を壊した。


 列を成し現れた複数体の魔物。

 緑がかった体色に湾曲した鼻、ギョロリと光る黄色い目が特徴的でゴブリンと呼ばれ漫画やアニメで見慣れた魔物もいれば、ヤギのような頭部に二本足で立つ闘牛のような胴体をした奇怪な魔物もいる。

 もはやここが異世界だと言われた方が納得がいく。

 だけど異世界と違うのは魔物に対抗できる冒険者も魔法使いもいないことだ。対抗手段と言ったら自衛隊が保有する兵器ぐらいだろう。


 いや、それは違うか。僕が知らなかっただけで人類が対抗する手段は他にある。

 魔物が侵攻する正面に堂々と並び立つ三人の少年少女。カメラのズーム越しではあるがその手には剣、盾、杖などの多種の武器が握られている。

 コスプレ会場なら理解できるが到底模造刀には見えないし重厚感、リアリティが伝わってくる。

 普通なら浮いてしまうであろうそれらの武器も魔物が対面にいるおかげか違和感が仕事をしない。


 立ち塞ぐ少年らに構わず進行する魔物が接近すると激しい戦闘が火蓋を切った。

 人智を超えた目にも止まらぬ機敏な動き、切れ味の良い剣を振り下ろすと野菜でも切るように容易く両断される魔物。

 後方に立つ杖を持つ少女はその先端から眩い光を発すると球状に集合した炎の塊を飛ばし、魔物を焼き焦がす。

 テレビに映る中継では詳細な戦況を把握することはできないが三人の人類が異形の魔物を圧倒していることは映像越しでも分かった。


「なんでこんなことになってるんだよ・・・」


 テレビを消すと明かりを失ったワンルームの部屋が暗闇に包まれる。

 電球の買い替えが面倒でここ数日はテレビの明かりに頼ってばかりだった。

 そんな頼りの綱であるテレビは興味のない魔物狭間(モンスターゲート)の緊急速報ニュースでどの局も占領されている。

 毎週楽しみにしているクイズ番組がすでに始まっているはずなのに映し出されない。最悪だ、本当に最悪な気分だ。


「やっと帰って来れたと思ったのに・・・。何一つ変わりやしない・・・異世界と」


 どれだけ待っていてもクイズ番組が放送されることはないだろう。諦めてベットに寝転がり不貞腐れたように目を瞑る。



 * * *



 2024年5月13日


 当時、中学三年生だった僕は漠然と将来のこと考えながら暗い夜の町を散歩していた。

 街灯が点々と並び、真っ直ぐと続く一本道を挟むように田んぼが広がる。

 自動車はもちろん、トラクターも人の気配すら一切ない。

 住宅よりも田んぼの方が面積が広いしたまに猪に遭遇するが"ド"がつくほどの田舎ではない・・・と思っている。コンビニも業務用スーパーも近くにあるのだから間違いない。

 田舎ならではの開放感は人の多い都会では味わえないだろう。まるでこの世界に自分一人だけが存在している、なんて感覚を味わうことができる。


 中学三年生は高校進学のため受験勉強で忙しかった。

 志望校は家から一番近くの通いやすい公立高校。

 偏差値も中の下と言ったところでその時の学力があれば余裕だった。

 加えて中学は一度も欠席しておらず部活に励んでいたおかげで内申点も稼げていた。

 まぁ正直、受験勉強は必要ないのだが念には念だ。余裕かましてたら受験に落ちましたなんてマジで笑えない、何年経っても笑い話にならない。

 その年の夏は外に出て遊ぶ暇はないだろうと思っていた。果たしてそれを休暇と呼べるのだろうか。

 何かと進路の話ばかり、クラスメイトも担任教師もソワソワしていた。

 中学三年の受験を控えた時期は、息が詰まって仕方がなかった。

 まぁ、受験の他にもストレスの原因はあったが。


 そんな時に編み出したストレス発散方法が夜の町の散歩だった。

 中学生は警察に補導される時間帯だから決して褒められたことではないけど、なんせ田舎だ補導する警察も巡回なんかしていない。

 良い子のみんなは真似しちゃいけない非行なんだけどそんなことがしたい年頃だったんだ、許して欲しい。


 実家を出て十五分ほど歩くと小高い山の麓に石段がポツンと現れる。街灯は一切なく夜空に輝く月明かりだけが頼り。

 周囲は木々で囲まれ、鈴虫の羽音と夜風が葉を揺らし不気味な音を奏でる。

 初めこそ恐怖心が強くて躊躇したが次第に好奇心が上回っていた。

 数ヶ月も通い続ければ慣れるもので自然が奏でる穏やかな交奏曲に聞こえるようなった。


 一段一段登っていくと開けた場所に行き着く。石段の上、ポツンと立っているのは廃れた神社だ。

 管理は一応されている半年、いや一年に一回ほどだろうか。

 石造の鳥居に記された神社の名前は文字が掠れて読めない。神社の名前さえ分かればどの神を祀っているのか調べることができただろうが叶いそうにない。


 そんなご利益の分からない神社に参拝することもルーティンの一つになっていた。

 夜の神社にお参りはしない方がいいことは知っていたがなんとなく徳を積んでるようで気分が良くなるんだ。勝手な話だが要は気の持ちよう、心の持ちようがその時の僕には必要だった。


 その日もいつもと変わらず参拝していたと思う。

 時代を感じる老朽化した小さな社殿に両手を合わせる。

 お賽銭をしたいところだけどバイトのできないお小遣いだけで生活している中学生にとって毎日の数円は決して安くなかった。だから良い事が起きた時にはお礼を込めてお賽銭することにしていた。


 ゆっくりと目を瞑る、お願いは・・・あぁそうだなあれがいい。



  ほんの数秒だった。手を合わせて目を瞑りお願いをする。それだけのはずなのに。次に目を開けたとき僕は夜の神社にはいなかった。


「うぅ、・・・は?ここは・・・」


 目を開けた瞬間、視界全体を強い光が差し反射的に腕で目を覆い隠す。

 徐々に明順応に移行した視界に広がるのは見覚えのない荘厳で神秘的な大聖堂。知らぬうちに座っていた椅子はイメージ通りの木製の長椅子。

 煌びやかで繊細な装飾が施され、天窓から差し込む陽光がそれらを黄金色に輝かせる。

 現実離れした美しさの大聖堂に気味悪さを感じるほどだ。


「なんで日が昇ってるんだ?」


 色鮮やかなステンドグラスを照らしているのは間違いなく太陽光。

 数秒前に神社に参拝していたときは真夜中だ。日が昇っているなんて考えられない、明らかに異常事態。


「なんだここ?」

「え、さっきまで夜ご飯食べてたよね私・・・」

「外が明るい?何が起こってるんだ?」


 僕と同様に長椅子に座っていた人達が慌てふためいている。

 ざっと数えて三百人程だろうか。年齢は十代から四十代、男女比は若干男性が多いだろうか。友人どころか知ってる顔も一人もいない。

 この場にいる全員混乱している様子で誰もこの状況を理解し、説明できるようには見えない。


「あの、ここがどこだか分かりますか?」


 意外にも冷静に状況を分析していた僕の隣に座っていた女性が話しかけてきた。


「いえ、僕も何が何だかさっぱりで」


「そう・・・ですよね。私も同じです」


「「・・・・・・」」


「えっと、永坂(ながさか)(りつ)です。中三です」


 会話を通して何か情報を得られるかもしれないという考えもありはしたがそれ以上になんでもいいから喋っていないと落ち着かなくて自己紹介を通して平静を装う。


秋暮(あきぐれ)結月(ゆづき)です。高校二年生です」


 あ、やべっ、年上だった。がっつりタメ口で喋ってたよな・・・。



 ──────キィィィ


 混乱渦巻く中、後方に位置する重厚な木製の扉が軋む音と共に両開きされる。

 大聖堂内にいるすべての視線を集める先に立っているのは現実離れした美貌の女性。純白のドレスに黄金の装飾が施され、腰まで伸びた艶のある頭髪は黄金の装飾を陰らせるほどの美しい金髪。この大聖堂が彼女を引き立たせるために作られたようにさえ感じさせる。


 先程までの大騒ぎが嘘だったように静まり返り彼女の進むであろう祭壇までの中央通路を塞ぐものはいない。

 コツコツとヒールが地面を蹴る音だけが響く。

 聞きたいことが山ほどあるはずなのに口が全く開かない。まるで催眠術でも掛けられたみたいに。


「皆様、お集まりいただきまして感謝申し上げます」


 ん?集まる?自主的に集まった覚えはないけど。

 僕に限った話じゃなくここにいる全員が思ったことだろう。


「このようなことは私も初めての経験ゆえどこから説明すれば良いか悩むところですが・・・まずはそうですね、簡潔に申し上げますとこの場にいらっしゃる計324名の皆様方は地球から異世界に"転移"されました」


 え?は?この人今なんて言った?異世界に転移?

 聞き間違いではないだろう。その美しい声でハッキリと聞き取れた。

 そう易々と信じられる内容では無いが、今ここにいることが答えなのだろう。


「異世界?どういうこと?」

「は?意味わかんねーよ。何言ってんだ?」

「転移っていきなり言われても・・・」


 錠が掛かられ動かなかった口が解放されたかと思えばその場にいた多くが疑問を投げる。ひたすら混乱するものもいれば、理解し難い発言に怒りをあらわにするものもいる。当然のことだこんな状況で落ち着いていろという方が無理ある。


「皆様に転移していただいたのはこの世界を侵蝕している魔物の軍勢から救っていただくためでございます」


 僕は異世界冒険小説も読むしアニメだってよく見ていた。この展開は言わば王道中の王道。最近だともっと凝ってるし変わった設定してるけど。

 とはいえ魔物から世界を救って欲しいなんていう王道な状況に陥るとは想像はしても現実になるとは思わなかった。

 実際に体験して分かる、頭おかしいくらい理不尽だ。


「この世界を救っていただけた(あかつき)にはこの地で得たすべての知識を保有した状態で地球へ帰還できることをお約束いたします」


 何となく予想してました条件を達成することで元の世界に戻れる展開。行動の指針を示してくれるのは結構なことだが普通に考えたらやっぱり頭おかしいくらい理不尽だ。

 しかも従わないと一生元の世界には帰還できないという強制的な縛り。

 この理不尽を堂々語る彼女に素直に感服する。

 もちろん皮肉だ。


 それにこの地で得た知識を地球でどう活かせというのだ。魔物に対抗する術を手に入れて地球に戻ったところで精々、山中で熊と遭遇しても怖く無くなるくらいだろ。あまりにも釣り合っていない。


 どこで僕の人生の歯車は狂い始めたのだろうか。

 代わり映えのない生活だったが満足していた。

 受験のストレスも乗り越えられそうだった。

 このまま"普通"の人生が続いていくのだと思っていた。


 いや、違うな。


 全ては神社で手を合わせ願ったあの時から始まっていたのかもしれない。


「この退屈な日常に"変化"を」



 * * *



 2024年5月13日


 この日の夜から翌日にかけて警察消防への行方不明者の通報が後を絶たなかった。

 突如として300人以上もの人々が日本各地から姿を消した。

 年単位で見れば何万人もの人々が行方不明になっている。300人が一日でというのは確かに多い件数ではあるが決してあり得ないことではない。偶然その一日が多かっただけとも言える。


 だが異常なのは通報の件数ではなく通報の内容だった。


「晩御飯を食べていたら突然娘が消えた」

「瞬きをしたその一瞬の間に隣でテレビを見ていた父が居なくなった」

「交際していた彼女と手を繋いで街を歩いていたはずなのにいつの間にか消えていた」


 そんな現実味の薄い内容が他にも幾つも報告された。

 事態を重く捉えた警察が本格的に調査を始める。

 得られた情報にはある共通点があった。失踪した日付とおおよその時刻が不気味なほどに一致していた。年齢も十代前半から四十代後半まで幅広く、男女比はやや男性が多め。

 その多くの人々は何も言わずに突然失踪するような動機が見当たらなかった。


 あまりにも不可解で見当もつかないこの一連の事件を表沙汰にすれば間違いなく世間に混乱が渦巻く。

 政府はニュースでの報道を規制、情報漏洩がないよう徹底した。

 しかし、ネットが普及した現代社会においてここまで大規模な事件を完全に隠蔽することなどできるわけもなく、たちまち話題の中心となる。


 集団失踪、神隠し、他国の陰謀論、中には”異世界転移”というワードすらネット記事の見出しにされた。


 だが、そんな不可思議な現象はほんの予兆に過ぎなかった。

 最初に異変が現れたのは東京都 板橋区の細い川を跨ぐ橋の上、空中に謎のひび割れがあるという一本の通報だった。

 現実味の無い通報内容、半信半疑ではあるが現場を確認しなければ断定はできない。


「なんなんだ?これ?」


「通報にあった通り空中にヒビがありますね」


「そんなのは見れば分かる。これが一体何なんだって聞いてるんだ」


 例えばそれが地面にあったとしたなら地震などの自然災害で起こった亀裂だと判断できただろう。だが、大気を裂くようにできた亀裂をどう考えても説明できない。


「おい!無闇に触れるな」


 後輩警官が謎の裂け目を自らの素手で触れる。その手が裂け目に触れると何事も無かったようにすり抜ける。


「でもこれ触れませんよ。先輩も試してみてくださいよ」


「はー。まぁこのままじゃ埒が開かないか」


 怖いもの知らずな後輩警官に誘導されたからか、あるいは好奇心からか先輩警官も謎の裂け目に触れようとする。


「ちょっと待ってください。先輩これ広がってませんか?」


「ん?あぁ確かに最初に見た時より大きくなってるな」


 ────────バリバリッパキッ


 ガラスが砕けるような不快な音。深淵から現れた異形がこちらを覗いていた。

 この音を始まりに当たり前だったはずの常識が徐々に崩壊していった。


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