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初夏の川原

「あ、すみません。同じスマホカバーだったので」

「おや、本当だね。若干色違いかな?」


 私、理沙は本日仕事が早めに終わり、何となく飲みたい気分だったので家のそばのカジュアルなバーのカウンターで一人飲みしていました。

少しスマホを見ようと手に取ったら、隣の人の色違いのスマホでした。


「一人飲みかい?そんな日もあるよね」

「ええ。いきなり友達を誘うのも気が引けて」


隣のおじさんは気さくな方で、ついおしゃべりとお酒が進んでしまいました。


「おじさんは怖い話とか持ってますか?私怖い話の動画とか大好きで、その話家さん達が飲み屋やタクシーでネタを仕入れるって聞いたんです。おじさんも怪談話持っていたりしますか?」

「若い子は好きだよね。そうだなぁ不思議な話はあるな」

「教えて下さい!」

「そんなに凄い話じゃないんだが⋯⋯⋯⋯」


そしておじさんは話してくれました。


 「俺は釣りが趣味で週末は釣りへ行っていた。あの日もいつも通り遅番の仕事が終わってから、いつもの川へ釣りへ向かった」


 初夏の土曜日の夜だった。いつもは大勢の夜釣りの連中がいるんだが、その日は何故か誰もいなかった。


しかもその日は新月で辺りは真っ暗。いつもご飯をねだりに来る野良犬すら来なかった。完全に一人だった。


俺は釣りを始めた。辺りはしんとして生き物の気配が一切ない。流れる水の音とたまに光る水面を眺めていた。光源は手持ちのランプ一つ。本当に真っ暗だったんだ。


しばらくすると風に運ばれて焦げ臭い臭いがし始めた。後ろを振り返ると大きく焦げた跡があった。俺は誰かここでバーベキューでもしたのかと思った。


「暗闇で一人は怖いですね」

「ああ、夏の土曜の夜だ。大雨が降っていたわけでもない。普通なら釣り客がいるもんだ。普通ならな」





しばらくするとスマホが鳴った。 友人からだった。


「よ!何してんの?」

「もしもし?今日お前釣りに来ないの?俺一人なんだよ。」

「え?お前どこ?」

「いつもの場所だよ。誰もいないんだよな」

「そりゃそうだろうよ。お前すげぇな」

「はぁ?何が?」

「お前ニュース見てなかったのか?そこら辺に焦げた跡ないか?」

「あぁ、あるよ?俺の後ろにな」


「そこでつい先日ガソリン被った焼身自殺があったんだよ」


焼身自殺。その言葉を聞いた瞬間、全身から鳥肌が立った。一瞬で周りの空気が重くなり、元々暗かった辺りがより一層暗くなった様にも見える。


「お前も早く帰れよ?水場は怖いぞ?じゃーな」

「あ、ちょっと――」


通話を切られた瞬間からより周りの空気が重くなった。初夏の生暖かい風に含まれる焦げ臭い臭い。その匂いの原因は⋯⋯考えると体が震えていた。


俺は震える手で釣り道具をなんとか片付け、車へ戻る事が出来た。


「車のエンジンがかかった時はほっとしたよ」

「そうでしょうね。私だったら怖くて釣り道具を放り出して逃げちゃいますよ」




その後は普通に家にたどり着き、就寝した。だから何も問題ないと思ったんだ。


俺は運送業者で働いている。あの土曜日の後から運転中何故か――


「ここのカーブを曲がらなけば死ねるよな」とか「このままアクセル踏んで壁に突っ込めば楽に死ねるかな」とかそんな事ばかり考えるようになった。

仕事以外の時間も「ここから飛び降りれば」とか「このまま道に飛び出せば」など考え続けていた。


怖いのはそれが普通の事だと思っていた所だ。そして常に暑い。初夏だから暑いのは普通だが猛暑並みだ。そして常に喉が渇く。


家庭でも異変が起きた。霊感持ちの長男は俺が帰宅すると部屋へ籠った。


「ねぇお母さん~今度の日曜日友達と出かけるからお金ちょうだい?」

「えー?また?うーんいくらよ?」


それは娘と妻のよくある何気ないやり取りだった。なのに俺は――


「おい勉強も大して出来ないくせに金ばかりかかりやがって!お前なんか生きてる価値ねぇぞ!」


そんな言葉が俺の口から出た。当たり前だが娘はその場からいなくなり、嫁は俺を睨み無言で洗い物を続けた。家庭の空気は最悪だった。でも俺は気にしなかった。だって俺はもうすぐ死ぬんだから。




おれはふと死ぬ前、最後におふくろと友人に会わなくちゃなと思った。

それほど遠くない実家へ行きおふくろの顔を見てきた。次は友人だ。


「おう!いきなり訪ねてきてどうしたよ?」

「いや、俺死ぬから死ぬ前に友人の顔を見に来たんだ」

「⋯⋯⋯⋯?お前何言ってんだよ?」





「あれ?俺マジで何言ってた?」

「はぁ?お前大丈夫かよ?」

「すまん!よくわかんない。仕事中ごめんな!」


友人に会った瞬間頭が晴れた様な感覚がした。今まで死ぬなど考えていたなんて信じられない。俺は百歳まで生きるつもりなのだから。


それから数日後――


「おい!お前俺に最悪な置き土産しただろ!」

「何だ?」

「お前に憑いてた霊を俺に移しただろ?」

「はぁ?」


俺の友人は自動車解体業をしている。もう車として販売出来ない古い車や廃車になった事故車からパーツを取ったり、金属部分をスクラップしたりしている。


当たり前だがその事故車で人身事故により亡くなった人もいる。友人はこの仕事を始めてから時々霊に憑りつかれる様になった。


「これはかなり危険だと思ってすぐにいつものお寺でお祓いしてもらったよ。お前生きててよかったな。危なかったぞ?憑りつかれやすい俺に会いに来たからよかったものの、もし俺の元に来てなかったら⋯⋯」


俺は霊なんて見た事ないが今回の件で信じる様になった。


家族には事情を説明して平謝りした。家の雰囲気も元に戻った。だが


「俺の釣り竿が壊されてたよ。子供だろうね。俺の変化の原因が川釣りだと気づいてなのかわからないが」

「へぇーそんな事があったんですね。でも何で娘さんを罵倒してしまったんでしょうか?」

「多分その霊が言われていた事なんだと思う。家族に罵倒されてたのも自殺の原因だったかもしれない。

それとも酷い罵倒をして、もう一人あちらへ側へ引きずり込みたかったのか⋯⋯その焼身自殺の焦げ跡さ、川へ向かって焼けた跡が続いてたんだよ。多分途中で後悔したのか、熱くて水を求めたのか⋯⋯強い思いはその場に残る。それが水場なら尚更だ」




「でもそれから俺も少し霊感に目覚めてしまってね」

「本当ですか?!」

「水場は危険だよ。もう川へは行けない。海も怖いんだ。こんな年したおっさんが恥ずかしいけどね」

「やっぱり水は怖いんですね」

「ああ。今日は久しぶりに飲みに来たけど、もう帰るよ」

「え~?もう少しいいじゃないですか!」


「はぁ。やっぱり飲み屋は水商売だよ」

「え?」

「テーブルの上、店の中を見てごらん?水だらけじゃないか。水を扱う商売だ」

「でも川の水とは違うでしょ?!」

「一緒だよ。じゃあなお嬢さん。君も長居はしない方がいい」

「えぇぇぇ?!か、帰ります!!」


何だか怖くなってしまった私はすぐに店を出て当分の間、水に怯えて暮らしました。

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