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未完了

作者: 泉田清

 スマートフォンの音量はいつもOFFにしている。電話に煩わされたくない。

 気づくと、見覚えのない着信が入っていた。090でも、080でも、050から始まる番号ですらない。番号を検索すると、何かのセールスだという。こういう具合だ。着信が入った所でサギが殆どである。ご丁寧にメールまで来ていた。「支払いの済んでない請求書があります」と。


 水道料金、各種税金、等を、毎月コンビニで支払っている。先月の水道料金を今月の頭に払った。支払期限を5日過ぎていたが、コンビニのバーコードリーダーで読める限り、支払いに間に合った事になる。それがどれぐらいの期間まで許されるのかは不明であるが。

 今月は繁忙期に当り、予定していた友人との旅行も重なり、とても忙しかった。口唇ヘルペスも出来た。中年になった辺りから、疲労やストレスが溜まると口唇ヘルペスが出来る体になってしまった。季節の変わり目の折、胃腸の調子も悪い。仕事中でも腹を下してしまう。どうもおかしい。


 旅行の前日。仕事で「トラブル」があり、ようやく社屋を出たのが21:00過ぎだった。夕方あたりにまた不審な着信があった気がする。スマートフォンを取り出す、画面には「SIMが無効です」と表示されていた。全くこんな時に!私は旅行に行く事も許されないのか?友人と連絡が取れないのは致命的だ。待ち合わせの時間と場所は決まっている。そこに行けばいいだけだ。いやいや、スマートフォンが使えないなんて、旅行どころか日常生活もままならない。

 暗闇に包まれた駐車場の隅で、しばしスマートフォンと格闘する。再起動、電源OFF、設定変更、何をやっても「SIMが無効です」だ。カッとなって物理的にな刺激を与える。SIMが外れてしまったのかもしれない。ならば、再びSIMがセットされると思われる方向にスマートフォンを叩けばいいのだ。ほどなくして、スマートフォンは通信を始めた。昔から機械は叩けば直る、と伝えられている。


 旅行は順調に進んだ。最大の楽しみである、ディナーを始めようという時、電話が来た。上司からだ。「昨日の話だけど」と、「トラブル」について説明させられ、その解決を迫られた。その場にいない自分に何が出来るというのか。たっぷり30分電話に付き合わされた挙句、私が責任を取らされるハメになった。この上司はいつもそうだ、責任逃れをさせたら彼の右に出る者はいない。

 ようやく友人とのディナーが始まった。しかしあの電話の後では、どんな美味い物でも味がしないし、いくら酒を飲んでも楽しくはならない。その日の夜、崖から飛び降りる夢をみた。昼間見た景勝地である崖から。まったく、これまでで最も酷い旅行になってしまった。何か気づいていない原因があるとしか思えない。


 ようやく繁忙期が収束し、月も変わり、一息ついたある日。再び不審な着信とメールが来た。メールを開くと、見覚えのある、払い込み請求のハガキの写真が添付されていた。それは年一度、アパートの家賃支払いに係る、支払い代行料金の請求だ。コンビニ決済の。私には支払いの済んでない払い込みがあった!

 慌てて払い込み請求のハガキを探す。無数にあるハガキや封筒の束、そられらをいくら漁っても出てこない。カバン、書類ケースのどこにもない。このままいくと財産を差し押さえられるのか、裁判所から通知が来たり。頭がクラクラしてきた。ふと、アパートの契約更新の書類が頭に浮かんだ。書類の入った封筒を引っ張り出す。その中に見事、払い込み請求のハガキが入っていた。同じ案件として一括りにしてしまったのだ。ああ、裁判沙汰にならずに済んだ。


 外へ出ると夜だった。コンビニへ向かう車中、先月この身に降りかかった、厄災ともいえる出来事を振り返る。繁忙期、口唇ヘルペス、体調不良、「トラブル」、酷い旅行、どうりで次々と災いが降りかかるわけだ、支払うべきものを支払っていなかったのだから。忙しさにかまけ、義務を怠っていたのだ。

 コンビニのレジに払い込み請求のハガキを渡す。それも今終わる。明日から新たな気持ちでがんばろう。「バーコードが読めないです」、「えっ」。店員に何をいわれたかよく分からなかった。戻されたハガキをよく見る。支払期限が先月の中旬までになっていた。とっくに期限が過ぎ、もはやコンビニでは受け付けられない。


 コンビニを出る。車に戻る事も出来ず、どこに向かうべきかもわからず、呆然と立ち尽くした。未だ支払いを完了していない、ハガキを握りしめたまま。

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