表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/103

第96話 ゲルVSホルン

 さながらメリーポピンズのようにして地に降り立ったスクルドは、オリヴィア、ホルン、シグルドの順に一瞥する。


「………」


 その中から、姿を消している人間――志久真の行方に僅かに関心を寄せたようだったが、すぐに瑣末なことだと意識から振り払えば、彼女はオリヴィアへ向き直ることにした。


「ふむ」


 その口元には非常に満足げな微笑がたたえられており、まずはこの日を無事に迎えられた二人のことを称賛してみせる。


「お元気に過ごしておられましたか? ブリュンヒルデ。それに、ホルン」

「……ええ、おかげさまで。余裕綽々の一ヶ月だったわよ」

「そうですか」


 強がる長姉の言葉を受けて、面白くないと感じたスクルドはその口角を下げた。

 実につまらないリアクションだった。


 ――意図的な〝不測の事態〟を多く用意した。

 鵺に始まり、各所でだ。


 しかし、実際に長姉とこの末妹は一ヶ月間を見事に切り抜けてきており、誇張こそあれど嘘のない言葉であることは無論、スクルドも既知している。

 だからこそ面白くはない。


 特に末妹の活躍は、本来知ることのなかった逃した魚の大きさを思い知らされるようで不快だった。


「約一ヶ月間の警備隊の穴埋め……。ホルンの実力の証明試験も併せて行われてきたこちらですが、期間内に倒した魔物は二十一体。多いとも、少ないとも言えませんね」

「そうかしら? 私たちは与えられた数の任務を正確にこなしてきたわ」

「与えられた仕事しかできないようでは穴埋めとは言えません。ああいったいなんのための脳なのでしょう」

「あ、貴女ね……」


 オリヴィアは疲れたように額に手を当てて唸る。

 あからさまな挑発につい辟易とするが、舐めた態度を取るスクルドを相手に、オリヴィアの護衛たるシグルドは威圧感を醸し出して対抗してみせることにした。


「ッ」


 彼の真価は報告にも上がっているのだろう、どこか怯んだ様子でスクルドは口の端を歪め、勢いを落とす。


「ま、まあ、冗談はこのくらいにしまして」


 こほん、と咳払いを挟んで仕切り直された。

 スクルドは、またも微笑も浮かべながら、改めて二人の実力を評価する。


「ブリュンヒルデ、並びにホルン。正直に言えば、貴女方は実のところ、申し分のない働きをしてくださいました。おかげでこちらもようやく異界の海に潜伏し続けていた巨獣を追い込むに至ったというもの。まだ討伐には先が長いですが、ひと段落です。貴女方の穴埋めとしての働きには、嘘偽りなく感謝をしています」


 ホルンは、ほっと胸を撫で下ろした。

 感触は悪くない。これならばそう無碍にされることはひとまずないだろう。少なくとも、オリヴィアの扱いに関しては今後も許されていくのだろうと思える。


「しかしホルン、貴女の実力を認めるにはまだ一つの障壁があります」

「……!」


 そして、予想通りの話の切り出し。

 予め覚悟をしていたホルンは、内心で(来た!)とさえ思った。息を呑み、拳をぎゅっと握り締め、言葉の続きを伺う。


「ゲル、前へ」


 自信満々な表情で、前へと歩み出してくるのは同期であり一つ違いの姉妹のワルキューレ。


「彼女との決闘。それを最終試験の内容とします」

「そーゆーことっす」


 志久真に聞かされていた通りの話だ。動揺はないが、疑問はある。ホルンは慎重に彼女たちの出方を伺う。


「仮に、ホルンが勝てれば引き続き我々は貴女の生活を見逃しましょう。しかしゲルが勝てば、貴女は実力不足の〝掟破り〟として天穹陸へ連行されることとなります」

「うちなんかに負けるようでは〝有望株のホルン〟もなかった話っすからね!!」


 意気揚々と、ゲルはそんなことを宣う。

 有望株のホルン。生まれて間もない頃に学舎で言われていた言葉だ。ホルンはあの頃の記憶が掠めるように脳裏に蘇り、後ろめたさに苦い表情をする。


「この一ヶ月間の活躍が見事であろうと、貴女は所詮、我々の足手纏いのまま……」


 ――決闘の舞台には、屋敷の広々とした土地が採用されることとなった。ここは幸いにも木々に囲われているため人目につかず、また軽度の認識阻害魔術で覆われているため外部へその影響が漏れることもない。

 うってつけの場所だと言えよう。


「もしうちが勝ったら、うちは警備小隊第三分隊に配属されるっす。ラズ姉様に約束してもらいました」


 ホルンは静観を続けるラーズグリーズに目を向ける。やはり彼女はこちらとコミュニケーションを取るつもりはないらしい。目が合わない。


「でも、もしも万が一、ホルンが勝つようなら、ホルンは今後もブリュンヒルデ御姉様と現地での魔物退治活動を続けてもらうことにきっとなるっすね」

「それは分かってる」


 ホルンは思う。ワルキューレそのものは一度も嫌っていない。異界警備隊としての活動は尊敬に値するもの。

 過酷ないじめがあったのは事実だが、結果的に巨獣討伐隊の足を引っ張ることになり、掟破りになり、あまつさえカーラをも掟破りにして処分させた事実に、異界警備隊としての活動を停滞させたという責任は感じている。


 追放されたからと言って、どれだけ嫌いな人たちがいるからと言って、世界や人がどうなってもいいと、人と星を護る使命の邪魔になることは本望だと、そう思ったことは一度たりとないのだ。

 異界警備隊の本来の理念には、準じた行動をこれからも取りたい。

 これからも、人と星を護るための力になりたい。


「うちは、絶対に勝ちたいっす。負けるつもりは、これっぽっちもないっす。今日までホルンの活躍をずぅーっと近くで見てきたっすけど、正直、それでもうちは楽勝っすから」


 ゲルは堂々と威張るように口にした。

 思わず、ホルンは怪訝そうに眉間に皺を寄せる。


「……本気で言っているの? あなたが?」

「へっ! ホルンはうちのこと、なぁーんも知らないっすね!! だから足元掬われちゃうんだ」


 ゲルは唾を吐くように啖呵を切った。

 周囲から人がいなくなり、決闘の位置についている二人に、開始の合図をわざわざ出すものはいない。

 ゲルが攻め手で、ホルンが守り手。

 その構図が明確となっているからこそ、開始の瞬間は全てゲルに仕掛けるタイミングに委ねられていた。


 空気がぱつっと入れ替わるのを感じ取り、ホルンはいっそう気を引き締めて身構える。



「うち、常々思ってたんすよ。いじめられる側には、いじめられるだけの理由があるんだって――!!!」



 その瞬間だった。


 中腰に屈んでへそに力を溜めるように構えたゲルは、両手のドラウプニルを腕輪の形状から一気に解放した。

 徐々に流体金属の姿になり、展開していくソレは、他のワルキューレが実践するときほどスピーディに変化していくものでは決してない。


 なぜだか、それは非常にどろりとした、ヘドロのような粘性の動き方だ。


「っっっ……!」


 ゲルは苦悶の色に表情を染める。

 奇妙に歪んで広がっていくドラウプニルの有り様。額に脂汗を浮かべるゲルの苦しそうな顔は、到底ワルキューレの初歩的な技術として身につけるドラウプニルの変化術とは思えない。

 どうにも苦戦しているようだ。


「いったい何を……」


 ホルンは唖然として呟く。

 だけれど彼女はその行為を中断することはなく、長い時間をかけて見事に完遂してみせた。

 ホルンは、思わず絶句することになった。


「!?」

「へ、へへっ……どう、っすかぁ? うち、うちだって……もう、ドラウプニルを武器にできるんっすから……!!」


 彼女が作り出した〝モノ〟は、混沌(カオス)そのものであった。


 生まれつき、脳の一部の機能に欠陥があり、超発散型の思考回路をするゲルは不定形液体金属であるドラウプニルの形を正確に定めることができない。


 故に、基本の形である腕輪からその型を変えることがどうにもままならず、半人前のワルキューレとして大半の時間をゲルは過ごしてきたわけだが、ある日のこと。


 彼女は不定形のまま《《一応の武器》》とする発想の転換を得た。


 すなわちそれは、剣であり。槍であり。銃であり。弓であり。槌であり。鎌であり。斧であり。針であり。棘であり。鋏であり。錘であり。鞭であり。鏈であり。鉤であり。鉞であり。鉾であり。銛であり。扠であり。棒であり。石であり、死を齎すもののあらゆるイメージ。


 それは、千変万化の武器。

 暴力。あるいは戦争の具現。


 生きているように蠢き、奇妙に脈動する。

 流動的なイメージをそのままに、無数の武器の輪郭が表面に現れては消える巨大な〝帯〟だと言えようか。


 その地獄を前にして狼狽えたホルンは、思わず周囲のワルキューレに目を向けるが、夫妻を除いて困惑している様子は見られない。


 特にラーズグリーズは、ホルンの助けを求めるような視線に気付いてくれることもなく、淡々と凍てついた表情で事の成り行きを見守っていた。

 彼女はなおも、ホルンの戸惑いを意図的に無視し続いていた。


「こ、これが……武器と言えるんですか!?」

「文句は言わせないっす……ッッ!!!」


 ゲルの思い描く武器を、形にしたような巨大な帯。

 渦巻く台風のようなそれをゲルは高々と持ち上げると、全身を使って薙ぎ払うように、力任せにその武器を振り払った。


 ホルンは、いつも通りの武器を携え、困惑しつつも対応に当たる――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ