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第95話 最終試験の日

 かくして流れるように過ぎ去る日々――。

 不甲斐ない結果から自身を顧みた志久真は、甘えていた期間の遅れを取り戻すようにがむしゃらに机に向かい続け、一方でホルンの最終試験日は着実にその気配をにじり寄せてくる。


 ひたすらに、最後の追い込みの期間だった。


「通達だ。スクルド様がこちらへ来られる日程が決まった」


 伝令使・レギンレイヴからの伝令により、向こうの都合で最終試験日がようやく定められる。

 とうとう迎えることになったその日程は、奇しくも、志久真の大学受験のB日程選抜が控える日と大きく重なることになってしまった。


「二人とも、とっても怖い顔をしているわよ?」


 当日の早朝。それぞれの課題を目前にして顔を固く強張らせる少年少女を前に、同じく当事者でありながらも、慈愛の籠もった眼差しで優しく語りかけるオリヴィアがいる。

 彼女は二人の緊張を解きほぐそうと穏やかに微笑みながら肩に手を置いた。


「………」


 それでも、志久真の表情はなかなか晴れない。

 一度の不合格のせいで、ホルンの大事な試験に付き添うことができなくなってしまったことを彼自身深く自責してしまっているからだ。


 燻る思いを抱える志久真は、ぽつぽつと呟くように後悔を述べる。


「ごめんな。俺がもっとしっかりしていたら、今日も最初から最後まで一緒にいることができたはずだったんだけど」

「……! そんなこと、言わないでください。しぐまこそ、私のせいで本来のやり方で十分な勉強ができなかったわけなんですから……」


 どうにも幸先の悪さを感じてしまうナイーブな心境で互いに言葉を掛け合う二人を、オリヴィアは困ったように苦笑して見つめる。


 どうにも〝勝ちに行く〟メンタルではない。


 隣にいる旦那のシグルドを見上げて助けを乞うてみるが、彼は特に何かしてくれる様子もなく。

 むっと来たのでぽかぽかと殴りつけて怒りを発散したあと、改めて正面に向き直ったオリヴィアは、一度深呼吸をしてから手をパンと打ち鳴らした。


 澱んでいたこの場の空気を打破するため、二人の注目を自身に寄せる。


「はい、マイナスなことを考えるのはもう終わり! 今日は絶対に晴れ日にするんだから!」

「っ……」

「!」


 二人はぴくりと反応する。


「いい? シグマちゃんも、ホルンちゃんも、自分が勝つ〝勝利〟の光景だけを思い浮かべるの。そうすれば、私たちには全能なる父の加護があって、それはきっと物事が上手くいく〝力〟になってくれるはずだわ」


 オリヴィアは、純粋なおまじないとしてルーン文字の加護を二人に与え、祈る。

 敬虔なるホルンはその祈りを受けてようやくリラックスした表情を浮かべた。志久真は、まだ気難しい顔こそ晴れなかったが、前へ進む覚悟を固めることはできたようだった。


「……大丈夫。今度は邪魔が入らない。精神統一をして、挑みます」


 それは、決心のついた男の言葉。

 その宣言を最後に、ゲートを潜って仙台の会場を目指す志久真を三人は見送る。やはりこの時になると、ホルンはどうしても心配そうな顔を隠せないでいた。


 それは志久真の成功を案じているというよりも、純粋に心細さから来る感情のほうが近い。


 現に、彼が頑張っている姿を間近で見てきた一人として、彼が最終的に合格することはホルンはまるで疑っていない。

 これは自身の心の強さの話だ。

 その責任を、志久真が言っていたように志久真のせいにすることもしない。


 これは自力で乗り越えてみせる。


「私も、誰にも私の邪魔をさせないために」


 ホルンは、心を奮い立たさせるようにそう呟いた。

 志久真の受験はホルンのほうの試験が終了する前にはこちらへ駆け付けられるスケジュールとなっている。

 終わり際のそのとき、彼を悲しませるような失態を見せることにはならないためにも――。


「ええ、全力を見せつけましょう」

「はい!」


 ホルンとオリヴィアは頷き合って、最終試験へと乗り出すことにした。



 ――――――


 ――――


 ――


 午前十一時。スクルドの訪問時刻。

 三人は彼女を出迎えるため、一度目の来訪時と同じように屋敷の門にまで足を運ぶ。

 今回の訪問では、改めてこの一ヶ月間の総合評価と、最終試験として……恐らくゲルとの決闘が向こうの手で企てられていることだろう。


 最後まで何をしてくるか分からない連中だ。

 気を引き締め、足を掬われないように注意する。


 極度の緊張感を持ってホルンは歩みを進めていった。


 門の向こうには、すでにレギンレイヴとゲルが待機している。

 そのほか、以前はいなかった人物の影も。


「……ラーズグリーズ姉様」

「久しいな」


 そのワルキューレは異界警備隊の戦術顧問かつ、ゲルを推薦した当人として、この試験の場にラーズグリーズが招待されることとなったようだった。

 ラーズグリーズにとっては数百年ぶりの地上か。


 密かに連絡を取り合ってきた関係ではあるが、レギンレイヴやゲルの前では再会の喜びを分かち合うこともできず、ホルンは極力目を合わせないように努力する。


 しばらくして。


「スクルド様がお見えだ」


 空間に切り裂かれたゲートから――悠然とした態度で姿を現したスクルドは、日傘を差した姿でふわりと着地して門の向こう側の三人に目を向けた。


「おや?」

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