第94話 発表
――久しぶりにホルンの試験の様子を覗き見して、その成長っぷりを伺った翌日。
仙台二日目の日中は、夫妻と別れて行動することになり、俺とホルンは空いた時間を使って仙台観光と洒落込むことにした。
その最たる目的はもちろん、念願だった仙台ラーメンを食すこと。
前回、逃避行先として仙台市に来たときはトラブル続きでそんな暇がなかったが、一介のラーメン好きとしては、一度仙台市にある超人気店のソレを食べてみたくて仕方がなかった。
「付き合ってもらって悪いな」
「いいえ! 私だって楽しんでいます、しぐま」
店舗入り口の長蛇の列に並びながら。
華が咲いたような笑顔でこちらを見上げて、そう言ってくれるホルンにはどこか胸が温かい気持ちになる。
ラーメンは俺とホルンの思い出の味でもある。
真昼のピーク時だったため、ずいぶんと待たされることにはなったが、充実した時間を過ごすことができた。
仙台市はラーメン激戦区と言われるほどの街だ。たまらないほど美味しくて、その感動もひとしおだった。
「やぁん〜名残惜しいわぁ」
まだ遊び足りないと未練がましそうに体をくねくねとさせるオリヴィアさんをシグルドさんが連れて、昼過ぎには新幹線に乗って東京へと帰る。
そして、翌日からはまた再び日常を再開。
大学受験の合格発表は近々に予定されており、そわそわと落ち着かない日々を過ごす間……。
「――ようこそ、特異現象対策課へ」
仙台旅行から間もなく、俺は警視庁公安部の特異課室に招かれ、信頼性の高い重要な情報提供者として、正式に継続的な協力を求められることになった。
その部署の人数はたったの十一名。
宮内さんが課長を務め、十二月二十四日に起きた巨獣災害以来、日本中で巻き起こるUMA被害と〝天使〟の動向をチェックする。
「あ」
その圧倒されるような本職の大人たちを前に、ただ一人だけ、異色の存在感を放つ《《テレビで見たことのある》》人物の姿もあった。
その顔立ちはとても出役とは思えない、普通の冴えない中年男性ながら、ハイカラでキテレツな衣装を身に纏う特徴的な身なりの人物。
「ほぉー! 君だね!? 唯一UMAの秘密を知る人物と宮内クンがもてはやす少年は!」
「こちら、UMA研究家の山本光一さん。年末のオカルト特別番組にも出演していたから、志久真くんも当然知っているね? 我々は彼に協力してもらって、UMAの特定と解析、紐付けを行っているんだ」
山本光一。またの名を歩くサイケデリックおじさん。インパクトのある奇抜なファッションを普段着にしており、SNSで街の変な人として紹介されてから広く認知された、エンタメ性の強いUMA研究家の方だ。
やはりその出立ちは印象強いから、すぐに思い出すことができた。
年末のオカルト特番。
彼は、綾姉の家に泊まっていた頃視聴したその番組で、確か『認知が魔物の出現を加速させる』という仮説を立てるに至っていた人物だ。
いまとなっては、それは大正解だったということになる。
「巨獣を始め、未確認生命体は全て彼に協力してもらってデータベース化してもらっている。まず、その照合を君とお仲間の天使にも依頼したい、の、と……」
タブレットで資料を確認しながら、宮内さんは次々と俺にタスクを押し付けてくる。途端に背中が重苦しくなって、やっぱりこんなところに来るんじゃなかった! と思うようになっていった。
辟易してしまっていると、山本光一氏は俺に友好の握手を求めてくる。
「これからよろしく、少年」
「よろしくお願いします」
澄んだ目をしている子どものような人だなと思った。UMAに詳しい専門家。いままでは都市伝説であったり眉唾な、まさしく〝未確認生命体〟でしかなかったが、いまの時代にもっともロマンを感じているのは彼のような人なのかもしれない。
「……俺、UMAのことは明るくなくて。だからいままで性質が分からなくて苦労してたので、頼もしいです」
「ふふん、そう言ってくれると助かるよ。おじさん、いっぱい力になっちゃうからネ!」
思いのほかがっしりと握手することになって、握力の強さに少しだけ手を痛めた。
――そのような一幕もありながら、順調に日々は経過する。
ホルンの試験最終日よりも、俺の合格発表のほうがすぐに訪れることとなった。
「いまどき、スマホで確認できちゃうのね」
「………ドキドキする……」
屋敷の団欒室の椅子に腰掛けて、まだ中身を確認していないスマホの黒画面に向き合う。先に声を掛けておいたため、夫妻とホルンが親身になって見守ってくれていた。
俺と同じように不安そうな顔をして息を呑むホルンと、特に表情は普段通りながら気にかけてくれているのが伝わるシグルドさん。そして、当事者よりもハラハラとした様子で食い入るように見守ってくれるオリヴィアさんは、俺の肩に手を置いていて、その手がどんどん強張っていくものだから俺は更なる緊張を感じた。
自然と、喉がカラカラになるのを感じながら、大学の公式サイトの合否確認一覧に目を通す。
俺の受験番号は……。
「な、ない……」
深く沈み込むような沈黙があった。
嘘かと思って何度もサイトのページを確認するが、俺の番号はどこにもない。記載されていない。受験合格していない。
「っ……」
打ちひしがれるようだった。
何も言葉が出てこない。ホルンたちに顔向けできない。ここで俺が軽く合格しておくことで、彼女の実力証明試験まで良い流れを作ってやりたいと思っていたからこそ、不甲斐ない。情けない、と思う。
「………」
夫妻も、ホルンも、掛ける言葉を悩んでいるようだった。
「……まだ」
俺は呟く。
「まだ、ある。まだ、大丈夫です。二週間後に二度目の試験がある」
可能性は捨てきれない。志望大学の一般入試枠はA日程選抜とB日程選抜として、二度の機会が設けられている。本来は一方のスケジュールが合わない人のためのものではあるが、落ちた場合、B日程選抜に駆け込むことが認められていた。
「絶対にやり遂げます」
グッと溢れそうな気持ちを堪えて決意を固める。良い発表とならなくて情けないばかりだが、夫妻もホルンも応援してくれているのは背中越しに十分感じられた。
お通夜ムードにしてしまった犯人であるのに、勉強を理由にどこか逃げるように二階の自室へと向かってしまう。
見送る彼らの視線を感じていると、階段下までぱたぱたと追いかけてくれたホルンが――。
「しぐまなら、きっと大丈夫です……!」
そんな言葉をかけてくれた。
弱る心には目を背け、俺は追い込むように、受験勉強を重ねていく。




