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第93話 信用するため

「―――ッ」


 俺は息を呑んだ。この展開はあまり望ましいものではない。

 どうする、どうする……。


 宮内さんの突撃は、想定外だ。


 舞うように戦うホルンだが、とは言えど楽に戦えているわけではない。当然のようにチャネラーは熊をも凌ぐ怪力を有しており、一打も受け付けられないからこそのヒット&アウェイ戦法をホルンは取ることにしているのだろう。


 事実、ホルンを相手取るチャネラーは呼応するようにその力を増幅させており、戦場にはいくつものクレーターが生まれ、木々も無残に薙ぎ倒されている。


 静と動の差が激しい異形。荒ぶる姿は、暴走機関車に等しいものだった。


「まずい……」

「何がまずい? 貴様はなんの話をしている?」

「黙っててくれ」


 そのような状況下で、もしこの戦場に邪魔が入り、ホルンの意識が逸れたその隙を突かれるような事態になってしまったとしたら――彼女の努力が浮かばれなくなる。


 ぎりっと歯軋りした俺は弾かれるように顔を上げた。


「宮内さんのっ、電話っ……」


 苛立ちを露わにするレギンレイヴの姿を視界の端に収めながらも、咄嗟に俺はスマホを懐から取り出す。


 特異課の宮内さんが陣頭指揮を執る警察部隊。

 彼らがホルンたちのもとへと突入してしまう前に、逸る気持ちのまま、どうにか連絡が取れないかとひたすら電話をかけ続けることにした。


「頼む頼む頼む……!」


 祈るように鏡の奥の宮内さんを見つめる。小型のリボルバーを構え、周囲の警察官に指示を飛ばして包囲しながら森へと踏み込んでいく宮内さん。

 さすがに事件対応中は個人の電話に応じてもらえる気配がない。このままでは、戦場に武装した警察部隊が突入し、チャネラーだけでなく、ホルンをも攻撃するだろう。


 喫茶店では、彼女が敵ではないとは、俺は弁明できなかった。


 ただ歯痒くて、拳を握る。

 何か他にできることはないか……っと逡巡していれば、しかし――。


『もしもし? 手早く要件だけ伝えて』


 ……繋がった! 俺は張り付いていた喉を湿らせてすぐに応じる。

 重要参考人である俺からの個人連絡は、彼のなかで優先度が高かったようだ。このチャンスは逃せない。


「ッ宮内さん! いますぐ突入をやめてください!」

『!?』


 俺がそう呼びかけると、宮内さんは非常に驚いた様子で周囲をきょろきょろと見渡した。

 その後、再度指示を飛ばして警官らに突入を一時中断させると、彼は姿勢を屈めて草木に忍びながら、一段とトーンを低くした声で電話越しの俺に問い詰める。


『どういう意味かな。君、どこかから見てるっていうのかい?』

「はい……! さっき、協力してくれって俺に言いましたよね」


 止める手立ては、この他に思いつかなかった。

 幸いにも宮内さんと俺の着く交渉のテーブルでは、俺のほうが有利なカードを握っている状況だ。

 これを言えば自分の立場を確定させ、更なる問題事に首を突っ込むことになると自覚しながらも、いま彼女の実力の証明試験に邪魔が入ることは認めたくなかった。


「―――白い天使は、人間の味方です! 彼女はいま、魔物と戦ってくれてる……!」

『!』

「邪魔になるので、突入はやめてください!」


 叫ぶように訴えかけると、返答にはしばらくの間が空くことになった。

 期待と不安。俺に〝僕を信用してくれ〟と言ってきた宮内さんだからこそ、ここでの自身の選択は今後の関係に関わることがよく理解しているはず。


 ダメ押しするように、俺も同じ言葉を吐く。


「俺を――信用してください」

『……っ、分かった。分かった、下がるよ』


 電話が途切れた。鏡のなかに注視すると、宮内さんは俺との約束通りに撤退命令を周囲の警官たちに飛ばす。

 警官はみな困惑した様子だったが、すごすごとその集団は引き下がっていった。

 俺は、ほぅっと息を吐く。


「ふん。勝手にさせればよかったものを」


 と、ふいに状況を察したレギンレイヴが水を刺すようなことを口にしてくる。

 俺はじとっと睨みつけた。


「ワルキューレ的に、人間にバレないことには越したことないんじゃなかったのかよ」

「………」


 そのシカトにはケッと悪態をつく。つくづくホルンが転けてくれたらそれでいいと思っているみたいだ。ワルキューレはどいつもこいつも卑怯で胸くそが悪い。

 警察撤退後は、鏡の映像の主役はホルンとチャネラーに再び切り替わり、激化していく戦いの様子を派手やかな映画のように映し出していた。


 しみじみと呟く。


「……成長したな、ホルン」

「まだまだだ」


 どっか行ってほしいなコイツ……。

 やれやれと首を振りながら、レギンレイヴのことは無視を決め込むことにする。そうして観戦を続けていると、しばらくして宮内さんから折り返しの電話がスマホに届いた。


『言われた通りにしたよ』

「見てました。ありがとうございます」


 俺がそうやって言うと、宮内さんはくたびれた様子で深くため息を吐いた。その場のどこにもいない人間に、見てましたと言われるのは不気味な心地だろう。


『まったく君ってやつは……。詳しいことはまたあとで聞かせてもらうからね。君が何者なのか、君の周りではいったい何が起きているのか』

「俺は普通の一般人ですよ。今も昔も。でも……はい。ちゃんとお伝えします」


 そう、俺は一般人のままだ。ただ巻き込まれ、自分から力になりたいと思って協力を続けているだけの。


『いやはやしかし……君がいるところには、トラブルが付き物だね』


 率直な感想に苦笑いをする。ぐうの音も出ない。

 そうして宮内さんとの通話は切り上げる。


「……倒したか」

「すごいな、ホルンは……」


 驚嘆する。

 鏡のなかのホルンは、戦乙女という肩書きが相応しい威光を見せつけて、見事にチャネラーを討ち倒していた。

 その実力は、他のワルキューレにも引けを取らない――十分な力の持ち主であるように感じられた。

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