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第92話 成長

 ゲルが左手のドラウプニルを操作して投影した、近未来的なホログラフィック性の立体映像のなかには、奇妙な人型の外見をしたクリーチャーが堂々映し出されている。


「な、なんだこいつ……」


 それは筋骨隆々の逞しい体格に、白いペンキで塗りつぶしたような体色。五指に三角錐でも取り付けたようなほど誇張された爪は鋭利に尖っており、体に浮き出た入れ墨のような赤色の二重線は、大きな幾何学図形の紋様を描く。

 それはいままで見てきたどの魔物に比べても一線を画す不気味さを醸し出していて、俺は思わず息を呑んだ。


「今回は特殊個体を相手にしてもらうことになるため、こちらから情報の共有を行う。特殊個体の名はチャネラー。さる異界においては魂を捕食する者として知られる魔物の――変異種、と言えるものだろうか……」

「た、魂の捕食者……」


 物々しい呼び名だ。鵺のような中型の魔物とはまた訳が違う、極めて人に近い姿形をしている魔物だからこそ生まれる忌避感や悍ましさ。解説するレギンレイヴも、情報が少ないのか、心なしか言葉尻に迷いが見える。


 ……しかし、魔物とは不思議なものだ。


 ツチノコから始まりカマイタチや鵺など、日本という土地らしい、風土に根ざした魔物が出現しやすいのかと思って日本妖怪を重点的に調べようとすれば、唐突に、こうしてどこの資料にも見たことがないような『THE異世界の魔物』を出現させてくる。

 今回はレギンレイヴが素直に情報の提示をしてくれたからいいが、初見だったら判別のしようもない。


「何にせよ、この世界に存在してはならない魔物であることに疑いはない。こちらを見るがいい」


 そう言ってレギンレイヴが振り上げた右手を大きく払うと、空間に切れ込みが生じ、その隙間は綺麗な円形に広がっていって一つの大きな鏡面のようなものになる。


 その鏡は、当初レギンレイヴの姿を瓜二つに反射していたが、水面の波紋のようなものが立つと、次第に遙か遠くの光景を俯瞰視点で映し出した。


「本討伐対象は、現在進行形で担当のワルキューレ二名が追跡・監視をしている」


 その言葉の通り、鏡面に浮かぶリアルタイム映像は恐らくカーラと所属を同じにする異界警備隊第三分隊の面々を追う形で映し出されているようだった。


「ッ……」


 そこにあるのは、悍ましい光景だった。人里から離れた山の奥深くだろうか、チャネラーという名前の異形は巣穴から引きずり出した冬眠中の熊の骸を這いつくばって文字通りに貪る。

 あまりにもグロテスクなその光景は、ゾンビ映画に登場するゾンビそのものに近く、生理的な嫌悪感を強く覚えた。


 ……やがて、返り血に塗れた人型の異形はのっそりと起き上がる。


 奇怪に、奇妙に、小刻みに首を振りながら、ずっと佇むその存在。

 それはしばらく佇んでいたが、おもむろに何かを目指すような形で、導かれるように突然歩き出した。


 その姿は、次の獲物を求めて彷徨う幽鬼のような危うさがあった。


「すでに話は通した。現地で直接担当を引き継ぎ、対象がこれ以上の影響を及ぼす前に討伐するのが今度の試験だ。それで異論はないな?」


 確かめるようなレギンレイヴの言葉に、顔を見合わせたオリヴィアさんとホルンが力強く頷く。

 覚悟はとうに固めていたようで、たったいまから始まる討伐任務に対しての気の迷いなどは、まるで見受けられなかった。


「行けます」


 ホルンが端的に答える。

 その瞬間、彼女は全身から眩く光り輝く魔力を解放した。そうして頭上に現れる光輪と羽根。あれから十分な期間が置かれたことにより、一度は害されたはずの光の羽根もこのように元通りとなったみたいだ。

 なんだったら、以前よりも羽根が大きくなったように見える。


 ……それに加えて。


(俺、やっぱり魔力が見えるようになってる……)


 実態のない鵺を結界に閉じ込めて封殺するとき、オリヴィアさんが行う儀式魔術を至近距離で目の当たりにしてからというもの、俺の目は少しだけ様子が変わった。

 いままでは見えていなかったもの――それこそ、魔力と形容するのが相応しい奇妙なエネルギーをこの目で感じ取れるようになった。



「あ"ーっ! もうっ、早いっす!! 置いてかないでください!!」



 新幹線にも勝るような速度で上空へと軽く飛び去っていくホルン。そんな彼女が巻き起こす突風に煽られたゲルは癇癪を起こしたように地団駄を踏み、同じように光輪と羽根を展開させて必死に追いかけるよう飛翔する。


「シグマちゃんは先にホテルに向かってていいからね! 任せて!」

「え? あっ、はい……!」


 そしてオリヴィアさんたちもまた、彼女たちを追おうと準備をする。時間経過で治る傷だったホルンに対して、オリヴィアさんは数百年に契約の代償として羽根を失ったきりその力は戻ってきていない。

 そのため、シグルドさんにお姫様のように抱き抱えられたオリヴィアさんは、シグルドさんがでたらめのような怪力で大地を蹴りつけると、高く素早く跳躍して現場への到着を目指していった。


「……っ、やばすぎっ――」


 思わず苦笑する。一瞬の間に夫妻は彼方へ消え、俺はなぜかレギンレイヴと取り残される。

 ふと目を向けると、監視者であるレギンレイヴもまた俺を置いてどこかへ去っていきそうな気配がしたため――咄嗟の思いつきだが、すかさず呼び止めた俺はレギンレイヴが作り出した鏡に興味を持った。


「なあ! それ、向こうの動向が見られるんだろ? 俺にも観戦させてくれないか?」

「………」


 すごい嫌そうな顔を向けられる。レギンレイヴはバイザーを常に目元に装着しているため顔の上半分があまり見えず表情が限定されているのだが、それでも、ここまで不愉快そうに歪んだ口元は初めて見た。

 だけど俺もこのままではつまらないので、食い下がって頼み込む。


 監視者としての責務に対してここで揉める時間は無駄だと考えたのか、レギンレイヴは諦めたように頭を振って俺の観戦を許してくれた。


「私には近付いてくるな人間。もしも触れれば即刻殺す」

「はいはい……」


 鏡のなかの映像はホルンを追うように動く。日没近く、徐々に暗くなり出したマジックアワーの空に彼女の存在は美しく映え、すぐに別部隊のワルキューレと合流すると予定通り役割を引き継いで任務に当たった。

 最初の頃のカーラと遭遇したときのホルンを思えば、堂々とした接触で、最近はきちんと技術を教われる場でワルキューレとしての責務にも仮だが全うできるようになり、自信が伴い出しているのを素直に感じ取ることができた。


 山から降り、人里を目指す人型の異形。

 滞空していたホルンはちらりと後方から追いかけてくるゲルを目撃すると、待たずに身を翻し、急降下してチャネラーと接敵する。


 その戦う姿は圧巻で―――とても、美しいものだった。


「す、すごい……」


 成長したホルンの姿を、こうして正確に観測するのはこれが初めてだ。いつもは車の操縦を任されていたり彼女たちの激しい戦闘を一般人の俺の目で追うことができない。

 だけど、こうして彼女の戦い様を見てみると、見るからに〝強くなっている〟のを感じた。それは夫妻の指導もあってこそなのだろうが、彼女にとって一番いいスタイルでのびのびと戦えているのが画面越しに伝わる。

 誰に気遣うこともなく、誰に遠慮することもなく、実力のある彼女が正しく主役となれる環境。


 戦闘には実際に関わらないゲルは置いて、ようやく追いついた夫妻も、彼女の邪魔はしないように後方支援に努めていた。

 舞うように戦い、臨機応変に武器の形状を変え、適宜ルーン魔術を行使しながら的確に相手の弱点を攻め続ける。


 不気味な異形であるチャネラーはそれでも手強いようだったが、不思議とホルンが圧されている……という印象はまるでなかった。

 安定感のある、戦いだ。


「……ん?」

「どうした」

「わ、悪いレギンレイヴ、ちょっと映像の位置を変えてほしい」

「どうしてだ」

「いいから」


 この明かりって……。

 嫌な予感がした。騒ぎを聞きつけてなのだろうか、木々の隙間から赤色と青色の光が交互に入れ替わって照らされる。強情なレギンレイヴをなんとか説得して映像の中心をホルンから麓の光源に移してもらった。


 そこには仙台市の地元警察パトカーが数台と、緊急時のためパトランプを取り付けた黒い覆面パトカーが一台。そこからは、慌ただしそうに拳銃を手にした宮内さんの姿が降車する。

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