第91話 将来像
その後。
返答を保留にして(宮内さんも受験活動が終わるまでは待ってくれる気があるようだった)一度喫茶店で別れ、俺はホルンたちとの待ち合わせ場所に指定されていたジビエカフェ『むらくも』へ急ぐことにした。
すでに夫妻とホルンは到着していて、店内で過ごしているらしく、遅れて俺は合流する。
扉を開ければカランコロンと鈴が鳴った。
「お待たせしました」
「あっ、志久真くん遅かったねえ!」
「おつかれさまよ〜、シグマちゃん〜」
と、それまで続いていた談笑を切り上げてこちらを振り向き、穏やかな笑顔で二人揃って俺を迎え入れてくれるのは妙子さんとオリヴィアさん。
どうやらすでに仲が打ち解け、親しげな間柄となっているらしい。
カウンター席には夫妻の他に、提供されたホットドリンクを手にしながらちんまりと座るホルンの姿もあり、彼女と目が合った俺はその隣の席に着くことにする。
「で、どうだったの? 志久真くん」
「あー……それ聞きます?」
荷物を置いて腰を落ち着ければ、ニヤニヤと。
好奇な眼差しをした妙子さんに、カウンター越しに肘を突きながら受験の調子を聞かれて、俺はうんざりとした表情を浮かべながら不満げに応対した。
深々とため息を吐くと、その姿を見てケラケラと笑い飛ばされてしまう。
やはりデリカシーが足りていない。
「調子、乗りすぎてたんだなって思いました。正直、俺ならできるって過信しすぎてた……」
宮内さんとの偶発的な会話が終わり、リラックスできる人たちの前に移動したからか、張り詰めていた緊張の糸もようやく弛緩したらしい。
ドッと試験後の疲れが肩にのし掛かり、俺はまたもテーブルに居眠りをするように突っ伏した。
「ありゃま」
正直、思考はかなりバッドだ。
いまできる最善を尽くしたとは思うが、いかんせん舐めすぎていたなと思うようなことが多く……。同じ大学を志した多くの学生たちを横目に見て、俺は思っていたよりも覚悟が足りなかったんだなと痛感した。
言い訳をしたいわけじゃない。
こんないい加減な環境で、人生の大きな選択を甘くみて、俺なら大丈夫だろうと適当にこなそうとして、他の学生に顔向けが立たないなと思う。
やることはやったからあとは結果次第だが、落ちても文句は言えない。……というのがいまの本音だ。
「まぁ大丈夫だよ。うちの旦那も高卒だし」
フォローになっていないフォローを妙子さんにされて、ますます俺は落ち込む。項垂れていると、ホルンが憐れんだように丸くなった俺の背を何度も優しくさすってくれた。
「そういえば聞いていなかったけれど、志久真ちゃんはどこを志望していたの?」
「文系の学部で、地域創生科があるところです。上京したいのは俺個人の希望で、でも学びは地元に持ち帰れるところにしたくて」
猟師としての生き方も、何もなくて閉塞的だった地元のことも、決して嫌っているわけではない。
あくまで、ずっとじっちゃんと二人暮らしだった分の、自分の見識など世界を広げるための上京。
だから進学はしたいし、やはり期待もする。
……願わくば、妙子さんのような生き方がもっとも素晴らしいんじゃないかと思う心が俺にはあるのだ。
高齢化し担い手の減少する地方の猟師業に目を向け、自身も地域に根ざして活動しながら、傍らで広く若者向けに情報発信する姿。俺に妙子さんのようなタレント性はもちろんないが、その活動にはリスペクトの念が強くある。
と、この際なので初めて伝えてみた。
「――!?!?」
はちゃめちゃに顔を赤くする妙子さんがいた。
大人の女性の赤面を見るってなかなかない気がする。
「や〜んっ、妙子ちゃんったらとってもかわいいわね〜!」
「ヤメテヤメテ! 茶化さないでよー! はーっ、へ、へぇえ? そ、そんなこと思ってくれてたのー……?」
カウンターの裏で屈み、隠れるように顔の上半分だけをにょきっと覗かせながら、もじもじと気恥ずかしそうな態度の妙子さんが俺を聞いてくる。
「そうですよ。動画だって見たことありますし。この前はご協力、本当にありがとうございました」
「それはいいけど……。そう、かぁ。そっかぁ……!」
妙子さんは噛み締めるように、何度もそう言葉を繰り返す。
――以前、交差点での戦いで拡散力として協力してもらった件については、すでに解決済みだ。
やはりあの直後、報道されたニュースの内容を見て長らく心配かけていたようだが、スマホを新調したときに無事に連絡先を復旧させてお詫びの電話を入れていたりしていた。
直に会って感謝を伝えるのは今日が初めてだったが、いまの妙子さんはそんなことなど右耳から左耳へ聞き流し、充足感のある表情をしている。
「若い子にそう思ってもらえるのはホント喜びだなぁー。続けててよかったよぅ」
「あはは……。はい、まぁはい」
「大学受かるよ絶対!」
「さっきと言ってることがチガウ」
いや嬉しいのだが。どちらかと言うと一言目に欲しかったその慰めは。
「よぉ〜し、旦那に頼んでちょっと豪華にしちゃろ! オリヴィアさんもシグルドさんも楽しみにしててね!」
メニューの注文は完全お任せでオーダーしていたらしく、コースってわけじゃないが、俺の到着に合わせてそのおもてなしは本格化していくようだった。
ウキウキと上機嫌な妙子さんは暖簾裏の厨房へとすっ込み、すばらくすると豪勢な料理を手に意気揚々と姿を現す。
腕によりを掛けて作ってもらえる特製のジビエ料理はやはりどれも美味しそうで、特にオリヴィアさんは大きく感動し、自慢のカメラで何度も撮影をしていた。
食事会は最後まで滞りなく和気藹々と進行し、美味しい鹿のステーキ肉に舌鼓を打ったりなどして、円満のうちに別れが訪れる。
「んもーっ、とっても美味しかったわ! ぜひまた来させてもらうわねっ、妙子ちゃん!」
「ええ! ぜひいらっしゃってくださいお二人とも! もちろん、志久真くんもホルンちゃんもね」
仲の良い友達同然といったような関係性になった二人がハグをして、満腹になった俺たちは退店する。
気付けば一泊二日の小旅行となっていたので、このあとは予定されたホテルに向かう形なのだが――。
その瞬間の出来事だった。
「やけに楽しんでいるようだな」
人目がないタイミングを見計らって、空からレギンレイヴとゲルが共に降りてくる。
浮かれ心地はどこへやら、一瞬で嫌な予感がした。
「希望通り、この地でちょうどいい個体を見つけることができたぞ。喜ぶがいい」
「っ……」
「只今より、魔物の討伐任務を要請する」




