第90話 バレる。
それは夫妻やホルンたちと別れ、仙台市の試験会場へ向かう道程のことだった。
「や、ここにいれば会えると思っていたよ」
ひらひらと枯れ枝のような手を振りながらこちらを出迎えるのは、やさぐれたスーツ姿の男性――警視庁公安部・特異現象対策課所属の宮内さん。
彼は、ニヒルな笑みを浮かべながら得意げになってそう語る。
退院以来、久々の対面だった。どうしても向こうがこちらに探りを入れてくる刑事なだけあって、予期していない再会に自然と身が強張り警戒してしまう。
「……俺を待っていたんですか? なんで」
「君なら《《こっちにまで》》現れると思って」
含蓄のある物言いだった。
試験会場には数多の学生が流入する。その流れのなかで足を止めて向かい合う俺と宮内さんは集団のなかで浮き立っており、妙な睨み合いが発生していた。
「ま、これから大事なオジュケンでしょ。邪魔するつもりはないんだ。話は、その後から」
「話?」
「うん。時間がないとは言わせないよ?」
ハハハと軽く笑い飛ばしながら、宮内さんはそんな約束を取り付けてくる。「がんばれ〜」と気の抜けた応援で見送るその態度に特段の悪意は見られない。
聞きたいことは山ほどあったし、そうでなくてもろくでもない内容だろうから〝お話〟など勘弁願いたかったが……。
あまり時間が残されていない俺は、そのまま周囲の流れに混ざって会場内部へ移動することにした。
背中に宮内さんのねばつく熱視線を感じた。
「ふぅ……」
いったいなんだったんだ……。
呟きながら訝しむ。どうしてわざわざこんな場所で、俺を待つ? 最近は大人しくしていたつもりだが、何かが疑われるようなことでもあっただろうか……。
余計な心配が湧き出したことに早くも気苦労を感じてしまいつつ、試験に集中できるように深呼吸を繰り返す。
開始時刻は午前九時から、昼前には終了する試験。
自己採点の結果は………ベストとは言えなかった。
「おつかれさまだね」
「本当になんなんですか」
会場から出ると、すぐに来たとき同様、待ち構えていた宮内さんに連れ出され、適当な人の少ない喫茶店で二人お茶をすることになった。
夫妻には合流が遅れる旨のメッセージをスマホでこそこそと連絡しつつ、心の込もってない労いの言葉をかけてくる宮内さんには苦笑いを浮かべて受け応える。
俺はテーブルに伏して項垂れた。
「大事な話がしたくてね」
「取り調べは終わったんじゃないんですか?」
「ああいや、あれからも色々あったんだよ。君、やっぱり何か隠しているデショ」
水の入ったグラスをぶら下げるように持ち上げて、喉を潤す宮内さん。しかしその瞳はこちらの反応を正確に窺っており、眼光の鋭さには思わず息を呑む。
だけど、答えられない質問だ。
おずおずと身を起こした俺は、どこか開き直るように、あるいは不貞腐れるように、投げやりな返答をした。
「いったい何が言いたいんですか?」
「白を切るのはやめておいたほうがいいと思うよ〜? 僕らは敵じゃないんだしさ」
ニコニコと胡散臭い笑顔で宮内さんは語る。話の展開が読めなくて俺は居心地が悪い。
「ここしばらく、君の動向を監視させてもらっていたんだけども」
「え」
「君、不自然な行動記録が目立つね」
「どういう意味ですか?」
俺は警戒した態度を取る。
宮内さんは、順序立てて説明を始めた。
「まずなんだけど。君の車っていまどこにあるの?」
「それは……」
開幕から、非常に答えにくい質問だった。
俺の車は現在、認識阻害の幻影を張るルーン魔術でオリヴィアさんに隠匿してもらっている。
認識阻害というのは、実は夫妻の屋敷の敷地にも張り巡らされている結界と同質の効果のもので、『そこにあると認識できるし入ろうと思えば入ることもできるが、深く記憶には残らないし手を出す気にもなれない』というもの。
この軽度の認識阻害魔術は夫妻が表舞台から影を消したいときにもよく使用される。
特に、長年しっかりと管理されていたわけでもない屋敷が東京都内の地で取り壊しの話もなく現存できているのは、この魔術の影響も大きいらしい。
「沈黙、か。まァいいよ。僕も話を進めたいからネ」
「………」
身構えて臨む。
今度の宮内さんは、手心がないのがよく分かる。
心臓の鼓動が早まってしまう。逸る胸の警鐘を必死に撫で下ろして制御した。
「君の地元、宮城県登米市から東京都心まで、道路距離で言えば約四〇〇キロがある。鉄道移動時間は二時間三十八分。学生なら移動費もバカにならないだろう。僕はここが気になっていてね」
「………」
「君、あっちで目撃されたかと思えば、毎日のようにこっちの学校へ通う。この件、論理的に説明してもらえる?」
「……できません」
「『できません』? それは君、ちょっと虫が良すぎるんじゃないかなァ〜」
宮内さんの蛇のような眼が鈍く光る。懐からタブレットを取り出した彼は、続けざまに資料を画面に映し出しながら俺を更に問い詰めていった。
「先月。東北自動車道で起きた《《テンシ》》たちの交戦。あ、便宜上、正体不明の彼女らのことはその見目からなぞらえてコードネームを天使としているよ。で、ここ、君の車が確認されてる」
映像には、当時のホルンが俺の車上に跨ってベイタからの逃走を図る姿が確認できる。同時に映り込むナンバープレートからも言い逃れはできないだろう。
「その日のサービスエリアでは、車から降りて公衆トイレに駆け込む君たちの姿もある。君、ここで会話をした女性がいるよね? 彼女、交差点で起きた事件を見て、関連があるんじゃないかと警察に情報提供してくれていた」
「そんなところから……」
思わず声に出してしまった。確かに覚えはある。
トイレの個室で立ち上がれなくなっていたホルンの様子を俺の代わりに見に行ってもらった。深夜のサービスエリアの寒空で一人孤独に待つのに耐えかねた記憶は、鮮明だ。
「横浜でも、君たちは天使との接触例があるね。実際に調査するまで紐付けはできていなかったが、要所要所に君の姿は必ずあると言っても過言じゃなかった」
じりじりと、立つ背がなくなるほど精神的に追い詰められているのを自覚する。張り付いた喉を潤すためにグラスを傾けて、水分補給を頻繁に行った。
「あと、君の親戚のお姉さんとも話したよ」
「えっ」
「約束もしてきた。それがどんな内容かは、言えないけれどもだ」
綾姉まで、繋がりがバレてしまっている……。
その事実に本格的な調査対象となってしまったことを痛感して、俺はますます息が苦しくなる感覚を覚えた。
……怖い。
「そして君は、スクランブル交差点の現場に現れた謎の外国人カップルとも、尚も接点を持ち続けている」
言い逃れの余地は、とうに無いようだった。
「ここまでの情報を前提として、結論を言うね。君はこの一連の事件の最重要参考人だ。もう嘘は通じない。何か情報を知っているのなら、洗いざらい全てを我々を打ち明けないといけない」
「………仮に、拒んだら? 言えない内容だったり、したら?」
「ふむ」
苦し紛れにそう打ち返してみると、一考の余地を感じたのか宮内さんは背もたれに身を倒しながら深々と考え込んだ。自身が持つ情報と俺の様子、予測に予想。様々な観点から複合的に判断しようとしているようだった。
すると。
「時間が、ないかもしれない」
彼はそんな言葉を呟いて、力なく苦笑した。
「米国が、事件究明に躍起になっていてね。昨年秋の選挙戦後、新大統領は、急下落する支持率の回復どころに注目度の高い巨獣災害を利用しようとしている。介入が激しい。我々は日本国憲法に則って人道的な範囲で重要参考人の身柄を取り扱うが、上が決めれば、向こうに明け渡す事態となりかねないのが裏の話だ」
「………」
「その後は一切保証できない」
なので、あくまでこの時間は公的な取り調べというわけでなく、ただの喫茶店で、一般的な会話として宮内さんは俺に接触しているらしい。
こんな重要な話が署の安全な場所でできないのは、そういった駆け引きがあるからだそうだ。
「いいかい。普通に考えて本件は《《人智に解決できるものではない》》。なのに向こうは支持率回復の道具にするつもりだ。捏造される。君が犯人にされる。うちの上層部だって手に負えないから丸投げしたがっている。だけどそれは、許しちゃいけないんだよ」
宮内さんは、本当にこの事件の真相に迫り、再発防止に努め、人々の安全を約束したいと考えているようだった。
「変にSNSや週刊誌に君のことがリークされても困るんだ。改めて言う、もう君の嘘は通じない。君がもし真実を知っているのなら、我々の捜査に協力してほしい」
宮内さんは俺の心に訴えかけようとしてくる。
だけど、すぐには頷くことができない。
「頼む。僕を信用してくれ」
正しい選択が、分からない……。
俺は依然として、苦しい立場に身を置いていることを自覚する一幕だった。




