第7話 仙台へ
巨獣災害から一夜が明け、SNS上ではそれらのトピックに関連して一つの奇妙な投稿が上がっていた。
『ねえ、庭にツチノコが出たんだけど!?!?』
そんな一文と共に掲載された動画は、宮城県と岩手県の県境近くに在住する女性が自宅一軒家の庭を窓ガラス越しに撮影した映像で、手入れのよく行き届いた芝生の上をシャクトリムシのように体を屈伸させながら進む――胴の平たい蛇のような姿をした、未確認生物(UMA)ツチノコの姿が綺麗に収められている。
あまりにも出来すぎた動画だ。
しかし、平時であれば作り物のフェイク映像だとすぐに決め付けられてしまいそうなこの動画も、それ以上の巨大生物の出現を誰もが経験してしまったから、事実として広く受け入れられていく。
怪生物の目撃情報は、巨獣出現以来、東北を中心にぽつぽつと増え始めていた。
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方針を決めた俺たちはその後、一時間ほど車を走らせ、仙台市には無事に到着することができた。
遊びに行くときは電車を使うから道路上の土地勘がないことが一つ不安だったが、自力での運転でここまで来られた感動はひとしおだ。
目的地に向かう道すがら、お財布に優しい大手アパレルチェーン店を発見したので一度立ち寄ることにする。
いい加減ジャケットを返してもらわないと俺が風邪を引くことになってしまいそうだった。
どうも体が丈夫なホルンには防寒具など必要ないみたいだが、だからといって冬場にワンピース一枚は悪目立ちするだけなので着替えを用意する。
そんなわけで。
「……ど、どうしたら」
「いや、好きなものを選んでもらえたらそれでいいんだが」
おろおろ、たじたじ、右往左往。
レディース服のラックの前に連れていくと、救いを求めるような眼差しでこちらを見上げてくるホルンの自主性のなさに呆れた。
仕方ないから、俺も気に入る服探しに協力する。
「あー、これとかいいんじゃないか?」
そうして試しに手に取ってみたのは、ややオーバーサイズのシンプルなトレーナーだ。
ホルンは背が低いし体の線が細いので、こういうだぼっとした服で体型を誤魔化せば姉が相手でも正体を気付かれにくいのではないだろうか?
一度想像を膨らませるためにも、ホルンの体に服を当てがうと、彼女はよりいっそう困り眉を浮かべる。
「どうだ?」
「〜〜〜、分からないです」
困ったように首を振られてしまう。ハッキリしないなあ。
俺もあまりセンスがあるほうではないから、服に関しての決定権は正直持ちたくないのだが……。
「じゃあそうだな、好きな色は?」
「好きな、色……」
何気ない質問のつもりだったのだが、そこからホルンの長考は始まってしまった。
好きな色なんて簡単な質問、よほど奇を衒おうとしなければスパッと答えられるだろうに、真剣な顔をして悩んでしまうホルンに俺は心底困惑する。
よっぽど自分に自信がないのだろうか? 自己肯定感の低さは、端々に感じているけれど……。
「い、いや、その、好きな色だぞ? ホルン?」
「えと、白……」
「いや、今の格好が目立つから服を買うんだ。白以外がいい」
「白以外、ですか」
「あるだろ?」
顎に手を当てて考え込むホルン。
……んん、どうしてこんなに迷宮入りしなきゃならないんだ……。
埒が明かなくて、早々に質問したことを後悔する。
グッと堪えながら彼女の回答を待っていると。
「その。好きな色って、なんでしょう?」
「あー、そうだな……」
哲学一歩手前のような質問だった。
考えたこともなくて解答に悩む。
目的はホルンが気にいる服探しなのだから、多少の詭弁も織り交ぜて、ホルンが好きな色を見つけやすい
筋道を立ててやることを意識する。
「例えば俺は緑が好きなんだけど、それは子供の頃から見てきた森や、山のイメージから来る。だからホルンも、好きな場所やものや人から連想した色を、好きな色って考えてみるのはどうだ?」
「好きな場所やものや人……」
そう呟いて俯くホルンは、また長くなりそうだな、とうんざりしかけていた俺の予想に反して、意外にもすぐにその答えを見つけた。
「黄色、とか」
「ほう。その心は?」
「私に優しかった姉が、その色だった」
いや、なんてコメントしてやればいいか分かんねえよ……。
仄かに姉妹関係の闇をチラつかせないでほしい。
ホルンにとって優しい姉がいたことはいいことではあるが、でもいまは対立関係にあるわけだろ……?
なんてコメントしたらいいのか分からなかった。
気を取り直し、ひとまず色は決まったのであとは在庫のなかから選ぶ。
といっても、色の派手さは変わらないなコレ。
よりにもよって発色のいい黄色だ。それが好きと言うならもはや別にいいけどさ。
「うん、似合う似合う。これでいいんじゃないか?」
立ち鏡の前に彼女を連れていき、自分でも姿を確認させる。
今回は間に合わせの一着ということで、パステルカラーのパーカーを選んでみた。
胸のところに小さく熊の刺繍がある。
少し子どもっぽすぎるが、このパーカーならフードを被ることでホルンの髪色を完全に隠すこともできるし、黄色の服なので気に入ってもらえることだろう。
「せっかくだから着てみなよ」
「は、はい……」
試着室が空いているのをいいことにホルンを押し込めてみる。すると、そう長い時間を掛けずに出てきたホルンは、言われた通りにパーカーを上に重ねた状態でやや恥じらったような表情が印象的だった。
「かわいいじゃん」
からかい半分にそう言ってみると、顔を赤くしたホルンはぷるぷると小刻みに震えて抗議の眼差しを向けてくる。
「悪い悪い」と軽率に謝りながら。
手招きで近くに呼び寄せ、後ろを向いてみてとお願いする。
やはりオーバーサイズの上着を選んで正解だった。
手元の袖が少し余るから目立つバングルを隠すことができるし、丈の短いワンピースゆえ寒々しかった素足の露出も、これだけ上半身を着込んでいるのならそういうコーデであるように見せられる。
少なくとも、この服装なら悪め立ちはしない。
続けて、クルっと回ってみてとお願いしてみる。
素直に一回転するホルン。
その行動に特に意味はないのだが、素直にターンしてくれるホルンがあまりにも純粋で可愛く思えた。
「それじゃ、これで決めていいか?」
「は、はい……。大丈夫です」
んん、大丈夫ってなんだよ?
言葉選びに思わずムカッとしながらも、さっと会計を済ませて店外へ。
何はともあれ、今後しばらくの間はホルンはこの服装で出歩くことになる。
潜伏としては上々の出来だろう。
「ありがとうございます……」
染みついた癖だろうから仕方がないのかもしれないが、前向きに考えようとして上機嫌な俺がいる一方で、ホルンは先ほどから暗い顔をしている。
おそらく、身銭を切る俺に対して申し訳ないという感情を働かせているのだろう。
この上下関係がこの先も続くのはよくない。
そう思って、いい加減にしろと俺は勢いよく振り返る。
「お前なあ、いい加減その暗い顔直せ! 気持ちよくないぞ」
喜ぶことを求めるのはひどく浅ましい話だが、ホルンの優柔不断でうじうじした子どもっぽさと付き合っていくことを考えると、いまのうちにハッキリ面と向かって口で伝えるのは大事なことのように感じる。
俺がからかっているときや飯を食べているときなんかは素に近い反応で可愛らしいのに、遠慮なのか自己防衛なのかは知らないが、こういう場面では感情を前面に押し出そうとしないホルン。
本音では俺のことを迷惑と思ってるならそれでいいが、もしもありがたいと少しでも思ってくれているのなら素直に喜んでほしい。
そんなことを思う。
「嬉しいならちゃんと嬉しそうにすること。そうじゃないなら別にその態度でもいいけど、俺はお前に少しでも気を取り戻してほしいから色々やってるんだ。可哀想だなって思うから。まずそこを分かってくれ」
俺だって器用じゃない。不器用な人間だ。
だけど上手く付き合っていきたいと思うからこそ、想いが伝わるように誠心誠意言葉にする。
ホルンは、ハッとしたような顔をしてくれる。
その反応を見て、俺も安心しながら。
「……お前の立場じゃ気を遣うのも無理ないけど、もうちょっと正直でいてくれていいから。いいか? これはこれから俺と過ごすなかでの絶対の約束だ」
「っ、は、はいっ!」
顔を近付けて約束を迫ると、声を上擦らせながらコクコクと必死に頷くホルンを見る。
怪しい。本当に分かっているのかぁー? コイツは……。
なんて疑っていても仕方ないから、気難しい話はこのくらいにしておく。
水に流すように気を取り直して、再び歩き出そうとすると。
「あ、ありがとうございます!」
と、精一杯の張り上げた声で深々とお礼されてしまって戸惑った。そこまで大胆になれとも思っていなかったから、苦笑する。
しかも大声を出し慣れていなくて、カスカスだったし……。
「う、うむ。苦しゅうない」
思わず俺も変なキャラを被って返答してしまう。
なんだかやけにむず痒い時間が流れていた。
こちらの顔色を伺うように、不安そうな表情で俺を上目遣いするホルンに対し、大丈夫だよと安心させてやるためにその頭にぽんと手を乗せる。
ほっとしたように彼女ははにかむ。
「〜〜〜っ、なんか気恥ずかしいな……!」
「ごっ、ごめんなさい……!」
「いやちが、別に怒ってるわけじゃなくて!」
くぅ。コミュニケーションが難しい。
ただ、以前よりはさらに打ち解けた距離感で俺たちは車へ戻ることになった。
旅は順調だ。