第5話 カップラーメン
かくして、二軒目のコンビニへ。
今度は俺が誘って二人で入店した。片や財布とエコバッグ、片やカゴを持った状態で夕食の品を吟味する。
「何が食べたい?」
「えっと……。どれでも」
遠慮なのかどうかは知らないが、投げやりな返答をするホルンを俺はつい半目で睨む。お前、奢るってときになんでもいいって答えちゃうのは一定数の人間に嫌われるやつだぞー……? 別にいいけどさ。
そんな俺の責めるような視線を感じ取り、
「わ、分からないんです。どれがいいのか」
「ああ、そういうこと?」
慌てて弁明するホルンに納得。
結局、彼女の正体については何も聞けずじまいなのだが、やはり現代社会に生きる通常の人間とは出自が異なるという理解でよさそうだった。
純粋にコンビニのフード類が分からないって話でもなさそうだし、謎は深まるばかりだ。
「じゃあ、適当に選ぶぞ」
「はい……」
後ろ髪を引くような肯定の仕方をする……。
ベースが気弱で内向的、人見知りで何も言い返してこない性格だから、いちいち顔色を窺ってやるのが少し大変だ。
これは大きなお世話なのかもしれないが、状況的に甘えにくいのも分かる話なので余計に気にする。どうせなら好きな味を食べてほしいし。
この先親しくなれば、これらの面倒もいずれは解消されていくだろうか?
ともかく、俺が手に取ったのはシーフード味のカップラーメンと塩むすびを二つ、梅おにぎりを二つだった。
余分に買ったおにぎりは明日の朝食分で、ドリンクは前回買っているから不要。箸とスプーンを人数分付けてもらい、イートインコーナー備え付きのポットでカップラーメンにお湯を注ぐ。
ホルンに手渡す。
「熱いからな? こぼすなよ?」
さすがに子ども扱いをしすぎたせいか、少しだけ不服そうな表情で、手渡されたカップラーメンを大切に抱え込んで持ち運ぶホルンの姿があった。
二人で車に乗り込んで、ヒーターをつける。
「すぅー、外は冷えるな……」
ジャケットをホルンに与えているのもあるが、東北の冬空の寒さは堪える。
この一瞬の間にかじかんだ指を何度も握り込んで温めていると、そんな俺の姿とは対照的に全く肌寒くしている素振りのないホルンが気になった。
「寒くないの?」
「はい」
なんだよそれ。ずるい。
襲撃者といいホルンといい、何かと頑丈すぎて人の体には思えない。
まさか食事もいらないなんてこと言わないよな?
そう思って咄嗟に尋ねてみると、「……お腹は、減ってます」と乙女のような恥じらいを見せながらそっけなく言われてしまった。
思わず肩を竦める。
――ピピピピピッ、と電子音が鳴り響く。
「あ、ごめん。アラーム」
ビクッと肩を震わせて驚くホルンに苦笑する。カップラーメンに湯を注いだタイミングで、スマホのアラーム設定をオンにしていたのを伝えそびれていた。
「悪い悪い……」とあまり悪気なく平謝りしながら。
蒸気で湿気った蓋を開けると、ふわっと車内に充満するシーフードの香り。箸をビニールから開けてラーメンをかき混ぜると、湯気が視界いっぱいに広がる。
一通りの俺の工程を参照するように、ホルンも蓋を開けて目を輝かせた。
「わぁ」
思わず笑ってしまいそうになるリアクションだった。おそらく本人は声が出ていることに無自覚だ。
その素直な反応に破顔しそうになるのをぐっと堪え、感動した様子の彼女が黙々と麺をかき混ぜてほぐす様子を見守る。
そのまま先に食べてもらってよかったのだが、やがて、食べどきを伺うように俺のほうを振り向くホルン。
こういうところが遠慮しいな性格だなと思う。
肩をすくめてから、先に戴くことにした。
「いただきます」
うん、安定した美味しさだ。魚介風味と豚のコクがあるスープに、つるみのある麺。汁が白濁色なだけに、彩りのある具材が浮かぶ。たまご、かまぼこ、イカ、キャベツ……。
慣れ親しんだベーシックな味わいが、冷え切った心身に染み込む。
「……い、いただきます」
と、見よう見まねでぽつりとそう呟いたホルンが、俺のあとに続いた。
思わずじっと見つめてしまう。
信じられないくらい一口が小さいのは、猫舌なのかそもそも口が小さいのか? ともかく、つるっと一口麺を啜った彼女は、姿勢をやや仰け反らせて感動する。
「……!」
言葉には出ないが、感想が分かりやすいリアクションだった。
咀嚼するとき、口元に手を当てて感心するみたいに味わうものだから、つい微笑ましくなる。
なんというか、こう見ると可愛いやつだなホルン。
「美味いか?」
「はいっ」
少しだけ機嫌が良くなったようでホッとした。
しばらく追い詰められっぱなしだったろうし、温かくほっとするものを食べて、気分を明るくすることができたならそれで何よりだ。
ずる、ずるずる、としばらく麺の啜る音だけが続く。
やはりラーメンは美味しい。店で食うものも即席麺も等しく大好物だ。
そういえば宮城県の仙台市では、仙台ラーメンというB級グルメがあったり、行列必至の人気ラーメン店もあったりして、いつか行ってみたいという欲望があったことをふいに思い出した。
いっそのこと行ってみるか?
「……何をしているんですか?」
「ん? いや、塩むすびを入れてスープご飯に……」
〆の用意をしているとホルンに気付かれる。
カップラーメンを食べるとき、自分なりのアレンジとして残り汁のなかに海苔なしの塩むすびをぶち込むことを楽しみとしている。
祖父との二人暮らしでは食事量が合わず、成長期のときに腹が減って仕方ない思いをよくしていたから、こういう食べ方が染み付いていたりした。
「やりたいなら自分でどうぞ?」
顔に『私も食べたい』と書きながら物欲しそうに見られて、いやいや……と呆れながらそう促してやる。塩むすびはもう一つ買ってあるし、食べたいのなら自分で用意しなさい。
その旨を伝えると、納得した彼女はまたつるつると大人しく麺を啜り出した。
そんなわけで、先に完飲。食べるペースには結構な差がある。
別に急かすつもりはないので、この間に一度情報収集をしてみようと思う。
スマホを取り出してSNSをチェック。
ちなみに一度、祖父に電話を掛けようとも考えたが、不在着信となったので諦めた。正直心配だが、俺個人の不安がすでに抱えるものの多いホルンに伝わっても悪いので、ここでは何事もないように振る舞う。
「トレンド……巨獣災害……」
あれから四時間が経過し、世間の反応や現時点で判明している情報をまとめた記事が出回っている。
要約すると、内容は以下の通りだった。
未知の巨大生物の体高は推定六十メートルほどと判定。体長は推定八十メートル。体重は計測不明。
外見は小熊やウリ坊、ウォンバットなどと好き好きに言われており、その生物種を断定することはできていない。
また、幼獣ではないか? という見解も多いみたいだ。
深々とした体毛に覆われていたり、頭部が大きく、頭身のバランスが妙なことからそういった印象に影響を及ぼしているのかもしれない。
出現から二十秒後にはどこかへ消失。消失目前に見せた謎の予備動作が問題視されている。また、出現から消失までの間、巨獣の周囲には宙に浮かぶ人間のような謎の飛翔物体も複数確認されていたらしい……。
これ、確実にホルンや襲撃者のことじゃないか?
撮影された映像や写真はいずれも巨獣を撮ることを目的としているから、映り込むものはどれも解像度が粗くてまともに確認できたものじゃない。
そのため、ホルンや襲撃者の特徴と飛翔物体を照らし合わせることはできないのだが、その影は少なくとも二十体近く確認されている。
つまり、ホルンや襲撃者のような存在は二十人以上いると言える。
「多すぎだろ……」
その全てが敵なのか味方なのか……。
俺はまだホルンに完全には信用されていないから、これを聞いたところで、自身の正体にまつわる情報をあけすけに話してもらえるとは思えない。
ここからは俺の話だが。
現状、もっとも真相に近いのはこの世界で俺だけだと言い切っていい。『巨獣を追っていた』と言うホルンと、協力関係にあるのは重要なことだ。
この先の俺たちの安全な暮らしのためにも、この状況はうまく利用したほうがいいのではないか――。
そんなことをふと考えたりした。
「ごちそうさまでした」
「食べ終わった?」
「はい」
空の容器を受け取り、二つ重ねてコンビニのゴミ箱へ。この瞬間まで彼女はドアに手を掛けて一緒に来ようとしたから、それはさすがに手間だろ、と思って待たせることにした。
しかし、下車の寸前にまたも袖をきゅっと引っ張られて食い止められてしまう。
今度はなんだと呆れながら振り返った。
「……あの、ありがとうございました」
突然そんなお礼を言われて、俺は目をパチクリとさせた。
感謝される身に覚えがありすぎて、正直どれのことだか分からない。
彼女は俺の目を一点に見つめながら。
「おかげで、安心、できました。しぐま」
―――。
ふいを突かれてしまった。
「お、おう……」
……思い詰めたような顔で、いったい何を言い出すのかと思えば。そんな感謝の言葉とともに、どこか舌足らずな発音で名前を呼ばれて、心臓がドギマギとする。
必死にカッコつけて軽く受け流す。
「そりゃよかったよ」
「はい」
言いたいことを終えたホルンは、つまんでいた袖をやっと離してくれた。
……と、とりあえず、ゴミを捨てに行くか……。
「………なんだかなぁ」
課題はある。問題も山積みだ。
静かな夜空を見上げながらそう独り言ちる。
考えがまとまらなくて、俺は後頭部を掻いた。