第11話 図書館
「はぁー、そんなことが。おっかねぇなぁ。とりあえず役所さ電話して、どう対策すっぺか聞いてみるよおらが。んで、今日はこれで解散。ほれじゃあね」
二つの証拠を写真に収めたあと、広場にまで戻った俺たちは先輩猟師と落ち合い、発見したものを全て報告した。
なかでも足跡が犬種らしいという意見は満場一致のようで、次手をどうするかは行政の判断に任せることになったようだ。
イノシシであれば市から捕獲許可が、クマであれば県から捕獲許可が下されるのが常。
ならば今回のケースでは……となると、そうすぐ動けるものでもないみたいだった。
「今日はありがとうね、二人とも」
大した働きはできていないが、妙子さんがそんな言葉を俺たちに掛けてくれる。素直に受け取れず俺が曖昧な態度を取る一方、調査を切り上げて解散することに納得のいっていないホルンが、
「今日はもう調べないのですか」
と、ぽつりと呟いた。その諦めきれない態度を見て、あちゃーと俺は後頭部をさする。
妙子さんに悟られたような気がする。
「そうね。深入りは危険だし……まだ具体的な許可が降りたわけでもないから」
「………」
「勝手に入っちゃダメだからね?」
やはり、釘を刺されてしまう。
普通に考えて、調査の見学を申し込む高校生二人組(※片方は設定)などいるわけがないし、俺たちは未知の魔物に対して理解ある素振りを見せてきた。
怪しまれるのは当然だ。
弱ったな、と思いながら、「大丈夫です」と言葉では取り繕う。すると妙子さんは、思いついたように口にする。
「じゃあ、連絡先を交換しとこうよ。何か情報が分かったら教えてあげるしさ」
「あっ、はい。それはぜひ」
「うん。それで、明日とか予定ある? よかったらうちに来てよ」
「へ? うち?」
「うちがやってるカフェ。知ってくれているでしょ?」
妙子さんとその旦那さんが二人で経営するジビエ料理店『ジビエカフェ むらくも』。
当然存じている。
中心街から外れた自然豊かな場所で、抜群のロケーションと映えを意識した料理を取り扱い、観光客から密かな人気を集めている名店だ。
いつか行きたいとは思っていたが……。
「……スミマセン。いま、金欠で」
「なはは。それくらいご馳走するよ。それに、」
ずいっと顔を近付けてきた妙子さんが、俺にだけ聞こえるように囁いてくる。
「(彼女との思い出増やしたいんでしょ?)」
……それに関してはかなり余計なお節介である。
思わず引き攣った顔をしてしまいながら。
「それに、聞きたい話もまだあるしね。これも何かの縁!」
「あ、は、はい……」
問答無用で押し切られてしまい、そんなこんなで明日の昼は妙子さんのジビエカフェでご馳走してもらうことになった。
その後、解散の時間になり、妙子さんたちを見送って俺たちも車に乗り込む。
助手席に座るホルンはホルンで、まだ釈然としていない様子だ。
うぅんと後頭部を掻いて悩んだ俺は、ふと思いつきでこんなことを提案してみる。
「図書館に行ってみないか?」
「……図書館? ですか?」
うん、と頷いて答える。調査を再開したいホルンの気持ちも分からなくはないが、妙子さんに明日合わす顔がなくなるので今日は大人しくしておきたい。
それならば、調査のアプローチを変えてみるのだ。
「魔物の正体、まだ断定できないんだろ? なら本に情報が載っているかもしれない」
ついでに、北欧神話のことを調べるチャンスだ。
それでもやや渋るホルンを俺はなんとか説得し、かくして仙台市の図書館へ一度足を運んでみることになった。
……――世界の幻獣、幻想生物図鑑、世界の未確認生物……。それから、妖・妖怪大辞典、へんてこ珍獣まとめ本などなど……。
いったいどこまでの範囲をカバーして魔物の情報を探ればいいか分からなかったから、目に付くタイトルを片っ端から抜き出し、ホルンと協力してテーブル席に持ち運ぶ。
ドサッと音を立てる重みが、この調べ物の苦労を物語っているようだった。
不安そうな顔をしたホルンが俺を見上げて問うてくる。
「あの、本当にこのなかに魔物の情報があるのですか? それだと、こう……記録書と同じになってしまうのでは?」
「記録書がなんだか分からないけど、俺たちにとって魔物っていうと、こういうのだから」
もちろん、その枕詞には『空想上の』というお断りが入るのだが。
現に、ツチノコはいたのだ。
公園で発見された例の魔物についても既にいくつかの特徴は掴めている。その正体を考察する上で手がかりの一つがこれらの書籍のなかにあれば、それだけでいまは価値があると言っていい。
どうせ、駄目で元々だ。
閉館まではいまから約三時間ほど。ホルンと俺は隣り合って座り、それぞれ積み重ねた書籍の一番上から該当する『魔物』を探していくことにした。
次第に、「どうして……?」と食い入るようにページを読み込みながら、不思議そうに呟くホルンの姿があった。
「ん? 何かあったのか?」
「い、いえ、その……」
パタンと本を閉じて口籠もるホルン。その態度を不審がっていると、ホルンは観念したように、目線を下に落としながら言う。
「その、どこまでしぐまに打ち明けていいものなのか、私には分からなくて。でも、その……」
「教えてもらえると嬉しい」
「は、はい……。その、これらの書物に書かれている内容は、私の知っている異界の魔物と、多くが一致しています」
「なに?」
異界、異界……。その言葉の意味も気になるところだが、ホルンから確証を得られて俄然として本を読み込むやる気が出てくる。
やはり図書館に来たのは間違いでなかった。
ホルンが開いていたのは幻想生物図鑑。古今東西あらゆる伝承・神話のなかの超常生物が、まことしやかに記載されている書物だ。
異界という言葉が字面通りの、すなわち異世界のような場所を指し、それが巨獣やホルンが元いた時代・場所のことを示すのならば……。
「ホルン、ちょっとこれを見てみてくれないか?」
しれっと隠し持っていた一冊、北欧神話の解説書を思い切ってホルンに見せてみる。
これではお前の正体を探っていると言っているようなものだが、北欧神話といえばの気がかりなワードを見つけられた。
それこそ――『戦乙女』。
ドラウプニルという腕輪が、その能力こそ違えどホルンが身に付けるものとしてある通り、もしも魔物を追う彼女が北欧神話で広く知られる戦の女神だとしたら?
いや、女神当人でなくてもいい。
重要なのはこれを知っているか否かだ。
白を切られる可能性もあるが、固唾を呑み込んでその反応を神妙に伺う。
「え――」
と、ホルンは大きく目を見開きながら、分かりやすく狼狽えた反応を見せてくれた。
「ど、どうして、このことが……。私たちのことが……?」
俺は確信する。
そうか……。ホルンはこの世界に何が伝わっていて、何が伝わっていないのかを知らないんだ。
偶然にも俺が浅学だからホルンの情報の秘匿はいままで通用していたが、秘密にしたところで人間界にはその情報があると知ってしまえば、彼女は彼女の秘密を隠しきれないとじきに気付く。
「……しぐま。話したいことがあります」
改まってそう口にするホルンに、俺は内心でガッツポーズをした。
「………。分かった」
周囲に配慮し、俺たちはあまりひと気のない館内端のスペースに移動する。ここなら通行人もいないし会話が誰かに聞き取られるような心配がない。
ここなら安心して会話ができるだろう。
ホルンは胸元に手を当て、深呼吸ののち、こんなことを口にする。
「私は、異界警備隊ワルキューレに所属していたんです」
……い、異界警備隊だって?




