第10話 調査結果
調査は複数の班に分かれて行う。
チームの方々には妙子さんに話をつけてもらい、俺たちは三人で一つの班として行動することになった。
余りのベストを別の先輩猟師から譲ってもらい、俺とホルンは安全のために着用する。
「罠を設置させてもらうには行政の許可が必要だから、一日目の今日は本当に調査だけ。対象が謎の生物だということで、判定することを優先。安全を第一に回っていくよ」
「はい!」
俺とホルンは声を揃えて頷いた。
魔物は開けた広場のほうで目撃され、その後山深い散策路の奥地へ消えていってしまったのだそうだ。
散策路の脇道、『クマ出没注意!』の看板で警告された山のなかへ足を踏み入れる。
妙子さんはトランシーバーを持って各班と連携を取り合いながら、合間合間、俺たちが緊張しすぎないように世間話を振ってくれていた。
「ホルンちゃんは、どうして猟に興味を持つようになったの?」
山道を歩き慣れていないホルンのために振り返っては手を引いて丁寧にエスコートしてやっていると、先に進む妙子さんからそんな質問が投げかけられて凍り付く。
まずい。口裏合わせをしているわけではないからヒヤヒヤする。
ホルンに上手い嘘がつけるとは思えないし……。
「……し、しぐま」
「っあ、ああ、えっと、俺がちょっと詳しいから、それでホルンも興味を持ったんだと思います、タブン」
案の定助けを求められて咄嗟にフォローを入れる。
妙子さんはそれで納得してくれたから、俺たちは顔を見合わせてほっと胸を撫で下ろした。
「二人はどういうカンケーなの?」
「……後輩です。転校生。帰国子女的な」
「あ、だから名前がかわいいんだ! なんだか納得。ホルンちゃんはどこの国にいたのかな?
「北欧とかです。たぶん。北欧」
「へぇ〜! すご、行ったことないよ」
俺が適当な言葉を言えば、どんどんと鵜呑みにしていく妙子さん。
俺はなんだかドツボにハマっていくのを感じる。
嘘をつくのは子どもの頃からわりと苦手なのだ。
「――で、そんな先輩後輩の二人っきりで冬休みに旅行?」
ニンマリと悪魔のような笑みを浮かべながら、訳知り顔をした妙子さんが俺を茶化してくる。
ぐ……。げ、下世話すぎる……。
「……お、俺が免許、取ったんで」
「きゃ〜!」
なんとか嘘にならない範囲で誤魔化した回答をしたら、なおさら妙子さんは恋バナに萌える女子のようにはしゃぎ回った。
穴があったら入りたい! 絶対勘違いされてる!!
幸いにもホルンは世情に疎いみたいで、妙子さんの反応の意味がよく分かっていなかったのが、唯一救いだった。
「じゃあかっこいいところを見せたいねえ! このこのぉ!」
妙子さんが肘で突いてくる。
違う。本当に違う。
徐々に俺の目は死んだ魚のようになってくる。
「でも、それならますます気を付けないとね。だって相手は、正体不明……。そういえば、志久真くんは登米市の人だったっけ」
「は、はい。そうです」
やっと話題が俺たちの話から謎の生物や巨獣についての話に移り、心の底から安堵した。
俺があからさまに疲れた態度を見せていると、後方のホルンがそっと俺の背中に手を当ててくる。
やり取りの意味は分からなくても心境を察してそっと労ってくれているみたいだ。
思ったよりホルンは優しい。
「今回の件もあれと関連あるのかしら……。志久真くんのところは被害なかった?」
「はい。今朝も祖父とは電話で話して、無事そうでした」
「そっか。それならよかった。最近おかしなことが続いてるみたいだから、用心しないとね」
ふと、違和感を拾った。
……これが二件目ではないのか?
「そんなに多いんですか?」
「うん。どうやら一関市のほうでは、ツチノコが現れたみたいよ? だから今回の生物も、UMAだったりして」
一関市というと、登米市と隣接する岩手県最南端の街だ。
まさか、巨獣が出現した登米市を起点に各地で『魔物』が発生している? いまはまだ実害が出ていないからいいが、もしも状況が悪化したとしたら相当まずいんじゃないか……?
ホルンのほうをチラリと振り返ると、彼女が気難しそうに眉を寄せたのを確認する。
「それにしてもツチノコ……。ツチノコか」
「捕まえたら一攫千金だね」
「道理で野次馬が多いわけですね。化け物の可能性だって全然あって、あんな放送も流れたのに、まだ外を出歩いている人が多かった」
「そうだと思う。やりづらいから勘弁してって感じ」
猟が盛んな地域でそんな行動をする人は出ないと思いたいのだが、山や森への不法侵入者が増えると、銃を扱うことが非常に困難になる。
そもそも、冬場が猟期と定められているのも葉が落ちて見通しがいいこと。山を登る人や山で作業をする人がいなくなり、誤射の危険性を極めて低くできるからだ。
「………」
もしも今後、この勢いでよく分からない生物が巷に出現するようになり、それ目当てで山に入るような人が増えたとしたら……。
ゾッとした。
「――なんだろう、硫黄の匂いがするね」
ふいに、すんすん、と鼻を鳴らしながら妙子さんはそんなことを言った。
「あ、あの、もしかしたら、これは魔物の痕跡かもしれないです……! 普通のことじゃないことが、起きているのなら」
「そうなの?」
「そうなのか?」
「はい」
俺と妙子さんの疑問の声に、ホルンが確信を持って頷く。
……確かに、硫黄のような匂いがする。この辺りで漂うとは思えない香りだ。
「固まって動こうか」
「ホルン、魔物の正体は分かるか?」
「いえ、この特徴だけではなんとも……。わ、私は記録書への権限がないんです、そういうのは、姉が全てやってくれていて……」
役立てないことを悪いと思ったのか、咄嗟にホルンが早口で言い訳っぽいことを捲し立てる。
別に責めているわけではないのだから堂々としてくれればいいのに、ビクビクされると気が悪い。
とはいえ、こういう反応をしてしまうのはホルンの染み付いた性分なのだろう。
ひとまず、周囲の警戒を優先。真剣な顔つきとなった妙子さんの指示のもと、俺たちは固まって行動する。
「止まって」
おもむろに妙子さんはしゃがみ込み、足元の土を確認した。
「これは……、犬の足跡だね。野犬という話は本当だったのかな」
「でも、この匂いの理由は?」
「銭湯帰りの犬だったのかも」
「あの……」
「嘘嘘、もうちょっと調べよう」
つまらないジョークに苦笑していたら、ふいにホルンが片手を上げて報告する。
「……煤っぽいような匂いもします」
「確かに。ホルンちゃん、嗅覚がいいね」
妙子さんに頭を撫でられ、役立てたことに嬉しそうにはにかむ彼女を見て、俺もなんだか安心した。
それから。
犬のような足跡と、強まる硫黄の香り、仄かに感じる煤焦げた匂い……。
キャンプ場施設は冬季休園だし、風上から匂いは流れてきている。散策路は火気厳禁だし、猟師が火を燃すことはない。
まさか火を吐く魔物がいるとでも?
思わずホルンに耳打ちで確認してみると、彼女は重苦しく頷き、その存在を認めた。
「――あ。ここで引き返そう」
「えっ?」
妙子さんがぴたりと足を止める。
躓きそうになりつつ、彼女が一点に見つめる先が気になって、俺も追って視線を向けた。
息を呑む。
本職の猟師は、気が付くのがいつも早い。
「ッ、これは……」
いくつかの木々を超えた先、そこには煤焦げた匂いを発生させる元が確認できた。
「……本当に、火を扱う魔物なのか?」
まるで落雷でも落ちたかのように、ただ一本だけ、燃焼しきった姿の木をそこに発見する。
いまにでも朽ち果てそうなボロボロの木だ。
俺たちは明確な『異常』を発見し、それ以上の調査は危険だとして一度、森を引き返すことにした。




