第六話:俺が君を守りたいのに。
瑠伊君と湊君のちょっとした過去のお話です。
※若干いじめ表記がございます。
苦手な方はご注意くださいませ。
「っあ…。お、おはよう…!如月君…」
「あ…?…ああ、紫暮か。はよ」
…気付けばつい、目で追ってしまう。
紫暮と、気付けばいつの間にか仲良くなっていた、名前すら知らぬ他校の生徒。
…俺は、紫暮とまともに会話が出来るようになるまでに半年以上も掛かったのに、なんて…。
君の隣に並ぶ男にさえ醜くも嫉妬してしまう。
…今までまともにアピールも、行動もしてこなかった自分が全部悪いのに、なんて。
…それに、
【_好きなら別に下心あっても良いんじゃないっすか?俺だってそれ位普通に思いますし…。別に変な事ないと思いますよ】
【ちょっ…。確かに俺は■■には少なからず好意…好きだけど!それは_…】
…紫暮のその言葉を、どうしても思い出してしまう。
つい、この間、本当にたまたま、聞いてしまった、紫暮と、仲良さげな後輩らしき男との会話。
…紫暮の、好きな奴についての話。
「…はは、伝える前に振られるとか…。だっせぇ…」
なんて、そんな事を思い俺はその時、逃げるように教室へ戻ったのだった。
…そんな事もあったから、つい…、本当、無意識に、紫暮が誰かと会話している所を見掛けると、何話してるんだろうと気になってそっちを見てしまう。
「…?どしたん、みな。今日ずーっと怖い顔してるべ」
「…なんでもね。気の所為だろ」
…こんな感情、いっそ無くなっちまえば良いのに、なんて思う事もあったけれど、数十年と長く抱え続けてしまったこの思いは、そう簡単に消せないし消えてはくれないのだ。
俺が初めて紫暮に出会ったのは、今よりもずーっと前…。俺がまだ小学校に通っていた時の事だった。
「っっぜぇな…!!そのうじうじした態度がイラつくっつってんだろ…!!」
「っっぐ…ぅ…」
その時俺は確か、委員会の仕事で、飼育小屋のうさちゃんに餌をあげていた。
その時急に聞こえてきた、子供ながらの拙い声だが、当時俺だって子供だったのだから恐怖を覚えた、怒号をあげる声と、どこか苦しいような、辛いような声が聞こえてきた。
びっくりしてつい、声のしたように向かうと、一人の児童を取り囲んでいる、男子の集団が視界へ入ってきた。
…囲まれてるのも、男子みたい…。洋服や顔が、すごくぼろぼろになっちゃってる…。
もしかして…いじめ…?
この時の俺は、今とは真逆で、引っ込み思案、弱い、格好悪いなんて言葉が似合ってしまうような奴だった。
だから…先生を呼んで来ようにも、“もしチクったのが俺だってバレたら…”なんて思うと、目の前の彼を助ける事すらも出来なかった。
ただ…、気付かれないように、見つからないように、隠れながらただ、見ている事しか出来なかった。
…でも、そのぼろぼろの男の子_るいくんは違った。
「っ…。お、お前らがりっくん達の悪口…言うのが悪いんだもん…っ!!」
ぼろぼろ涙を流してしまうほど、苦しくて辛い筈なのに…。
それでも尚、集団らに言い返していた。自分の方が数的にも、力量的にも絶対に下なのに。
るいくんは、自分の言っている事の方が正しいと、真っ直ぐ己の意見を貫いていた。
…格好良い。…なのに、俺は?ずっと物陰に隠れて…、自分の保身にばかり入って…。
クソダサいじゃん…。俺…。ダメダメじゃん…。すげぇ格好悪い…。
…こんな俺、大っ嫌い。
「っせ…せんせ…。早く来て…。誰かケンカ…してる…っ…!」
気付いたら俺は、物陰から飛び出して、そんな事を口走っていた。
勿論、そんなのは大嘘だ。その時、そこには俺しかいなかったし、多分、近くに先生も居なかった。
居たら流石に止めているだろうし、俺は一人で餌やりしてたから。
…正直、怖かった。
今直ぐ逃げ出してしまいたい。俺も…彼の様にいじめられてしまうかもしれない。殴られるかも。
その時の俺は、そんな事をうじうじうじうじ、考えてしまうようなどうしようもなく弱っちい奴だった。
だけど…。あんなぼろぼろになりながらも自分の言葉を必死に伝えている彼を見たら急に…自分が恥ずかしくなった。
この頃の俺は、ずっとずっと逃げてばかりだった。
そんな自分が、心の内ではずっと大嫌いだった。
行動した後も、ずっと震えてたけど…。
内心、“お願い。何事もなく、このまま終わってくれ”なんてクソダサい事考えてた。
「…チ…。おい、もう行こーぜ…」
“先生”。その単語が効いたのか、集団の中の一人が、親分らしき人にそう言うと、軽く舌打ちをし、るいくんだけを置いてその場から去っていった。
(た、助かった…。って、今はそんな事よりも…!!)
俺は慌てて、るいくんに駆け寄ったんだったっけ。
滅茶苦茶怪我してて、凄く心配だったから。
「っだ、大丈夫…!?っあ…、血が…!!ぇと…、これ…。ハンカチ…!!止血しなきゃ…」
わたわたと慌てる、幼い頃の俺に、るいくんはきょとん…とした後、ぷっ…と小さく笑みを零したのだった。
え、えぇ…っ…?
「傷はまぁ…。慣れてるし大丈夫。ありがとう、助けてくれて」
「っぇ…」
この時、俺はるいくんの言葉に滅茶苦茶驚いた。
何でそんな事に慣れてるの…?そうそう慣れる事…無いでしょ…。
…もしかして、いつも、こんな事…されて…?なんて。
こんな、格好良い人、なのにさ。
「っるい!!!」
俺がせっせと止血していた時だった。そんな大きな、彼の名を呼ぶ声が聞こえてきたのは。
びっくりしてつい、ぱっと顔を上げると、当時俺達の通っていた学校のネームプレートを胸元につけた男の子と、女の子がこちらへ向かってきていた。
…今思えば、あの男の子が“陸斗”だったんだろうな。どことなく似ている様な気がするし。
…女の子の方は分からないけれど。
「っぁ…。りっくん、あやちゃん…。どぉしたの、そんなに慌てて…」
「どうしたの、じゃねぇよ!!お前こそどうしたんだよ、んなボロボロで…!!」
慌てた様子でるいくんに駆け寄る男の子と、まるでその子を安心させる様に微笑みを浮かべる、るいくん。
(…てかりっくんて確か…、さっきあの子が言ってた…?じゃあ、彼はこの子のせいでこんな事に…?)
この時の俺はなぜだか、そう思ったらどうにも居られなくて、
「っ大体…、この子はお前の_…」
「っだ、大丈夫大丈夫!!ちょっと転んで…怪我しちゃった」
「なっ…」
るいくんはその時、俺の言葉_訴えに被せるように、少し大きめの声で目の前の男の子に返事をした。
…まるで俺の発した言葉を、真実を、その男の子に利かせないように、隠してしまうかのように。
(…何で…?)
当時の俺は、素直にそんな疑問を浮かべていた。
「なんだ、転んだだけかよ…。相変わらずドジだな、るいは…。気ぃ付けろよ。後…ちゃんと保健室行けよ!!良いな!!」
そういうと、男の子はもと来た道へ戻り言ってしまった。
女の子は未だ心配そうにるいくんの方を見ていたけれど、
「っあ、あやちゃん…。俺、本当に大丈夫だから…気にしないで…?」
そう、るいくんが女の子に言うと“…ごめんね”と小さく呟いた後、先程の男の子の向かった方へ掛けて行った。
(…え、何だった…の…?)
「っい、言わなくて良かったの…?だって…だって君は、あの男の子の為に…!!」
…あの男の子の名誉と、心を守る為に、戦ってたのに…?なんて。
だって、こんなぼろぼろに、傷付いちゃってるのに…。君の身体と…心が…。
当時、俺はそんな事を思っていたような気がする。
「…?だって…、りっくんは俺を守ってくれた…、大事なお友達だもん。だからさ、今度は俺がまあもってあげたいんだ。その、りっくんの笑顔を!」
「っ…え、がお…?」
「うん、笑顔!!」
…その時の、るいくんの格好良い台詞と、その時の笑顔が、当時の俺にはすっごく眩しく感じて。
気付いたら…、俺の心は、るいくんに奪われていた。
…あれから俺は、両親とのいざこざ…まぁ、家庭の事情っていえば良いんか…。
色々あって転校しちゃったから、これ以降、二度とだって会話らしい会話は出来なかった。
…それでも、もしかしたらまた会えるかも。
お話、出来るかもと思ってしまって。
だから…、あの頃よりももっと強く、格好良い男になってさ、大事なお友達を守るって頑張ってたあの子…るいくんを、俺が守るんだ、って。
…なのに。
「き…。如月君てさ、薄着になると一層体格が目立つね。格好良い…」
「あー…。まぁ…、下手な鍛え方してねぇからな…。色々あんだよ。俺にも事情ってもんが」
「へ、へぇ…。深くは、聞かないでおくね…」
「…?おう…」
…こんなさ、強そうで、格好良い人が一緒ならさ、俺なんて、必要無い…よな。
…折角、昔よりも…、心も、身体も、あの頃より強くなったのにさ。
折角…再会…出来たのに。
「…運命かも、なんて思ってたのに…。俺だけかよ…」
俺のそんな独り言は、誰にも聞こえる事無く空へ消えて行った。
…それでもまだ、お前の事が好きだなんてさ、俺も結構重症…なのかもな。
るいくん…いや、“紫暮”。
今の俺にはきっと、お前をそう呼ぶ資格はないだろうから。




