♯3. 推しの子と小さな嫉妬心
「おー!!君いつじゃん!!何、十六夜って少女漫画とか読むタイプなん!?」
「へー、なんか意外だなぁ。どっちかっつーとスポーツ漫画とか読んでそうなのに」
「おい何勝手に人の本棚見とんだ。先始めてろっつったろ」
陸斗と二人で部屋に戻ると、二人は先に準備してくれたであろう折り畳み式のテーブルからは離れ、やや大きめの本棚の前に座り込んでいた。
広瀬なんか数冊漫画抜き取ってるし。
「お、なぁ十六夜―!!これって十六夜の?少女漫画とか読むんだなお前―!!」
ぷぷー!!と可笑しそうに笑いながらそう茶化す広瀬に、陸斗は小さく溜息をつきながら説明…返答しようと口を開く陸斗。
多分だけどそれ、凛都ちゃんのだと思うけどなぁ…。
…あ、皆はそもそも知らないのかも。
「違ぇよ、それは妹んだ。美沙が読みてぇっつーからこっちの棚置いてただけだっつの」
あぁ、ほらね。やっぱりそうだった。
陸斗には、少し歳の離れた妹が居るのだ。名前は十六夜凛都ちゃん。
陸斗と仲良くなってからは、彼女も含め三人で一緒に遊ぶ事も少なくなかった為か、俺にとってもまるで妹かのような存在である。
とても優しくて、素直で…って、凛都ちゃんの話は今良いか。
「へぇー、妹居んのか!!良いなぁ、俺一人っ子だからさー…」
「あそ、んな事よりもさっさと勉強始めんぞ。何の為にわざわざウチ集まったと思ってんだよ…」
「なんか十六夜、俺にだけ冷たくね…?」
ぶー…、と子供のようにむすくれる広瀬を陸斗は完全に無視し、持ってきた飲み物やお菓子をテーブルに並べ始める。
っと、俺も準備しなくちゃ…。えぇと…、確かコーラは…。
「はい、コーラは確か広瀬だったよね」
「おー!!ありがとうな!!」
さっきまでの拗ねたような表情から一変、ぱっと明るい笑みを浮かべ、広瀬は俺から飲み物を受け取った。
くっっ…、陽キャの笑顔まぶしすぎ…。ツラ…。
そう広瀬の陽キャパワーから若干のダメージを受けつつも、陸斗の隣へ腰掛ける。
…え?いや流石に冴島の向かいは緊張する、っていうか、軽く三回は死寝るっていうか…。
「んじゃ早速始めんべ~!!十六夜も紫暮もよろしくなー!!」
一番やる気の無かった癖に仕切り、既に俺等に頼る気満々の広瀬に若干呆れつつも、はいはいと雑に返事をする陸斗。
俺もとりあえず、うんと短く、小さくだが頷いておく。
…こうして、俺等四人の謎の勉強会は幕を開いたのだった。
はじめの一言_というか嘆き_により急遽企画され、始まってしまったこの勉強会。
まぁ…、今回は俺も苦手科目あるからなぁ、と流れるまま俺も参加することになってしまった。
(…まぁ、理由はそれだけじゃねーけど)
ちらり、と俺の斜め前に座っている男_紫暮瑠伊の方へ視線を向けてみる。
教室じゃ俺の方が後ろだから、いつもは見る事の出来ない彼の、真剣な表情。
格好良いなぁ、とぼんやり彼の事を見つめる。
…そう、俺_冴島湊は、紫暮瑠伊に恋をしている。
…いや、まだこれがちゃんとした“恋心”であるのかは自分でもあまり分かっていないけれど、
なんかしらの感情を相手に抱いてしまっているのは確かだ。
可愛いし、格好良いし…。
「…い、…てんのか?…い、…じま。おい、冴島ッ!!」
「ぅわッ…!?」
ぽけー…と紫暮の方を見つめ、そんなことを考えていたからか、俺を呼んでいる陸斗の声が全くもって俺の耳に届いていなかった。
び、びっくりしたぁ…。つか、流石に見すぎた…。誰も気付いてねぇと良いけど…。
「悪い、ぼーっとしてた…。何?」
「や、良いけど…。珍しいな、お前がんな気ぃ抜いてんの」
ここ間違えてる、と俺の解いている途中の問題集を指差しながら陸斗が教えてくれた。
どこが間違えているのか、自分では分からず、一人首を傾げていると、丁寧に説明までしてくれる。
うわ…、滅茶苦茶分かりやす…。俺には絶対真似できねー…。
「…で、答えがこうなんの」
「ほー…、成程なぁ…。こういうタイプの問題苦手だったから助かるわ」
ありがとうな、と笑みを浮かべつつ陸斗にお礼を言った。
…つか、今改めて思ったけど大変だな陸斗。俺にもはじめに教えて…。
自分のあんまり手付けられてないんじゃねぇの…?もしそうだとしたら流石に申し訳ねぇな…。
そう思い、ちらりと陸斗の手元に視線を向ける、とそこには既に閉じられ恥に追いやられた問題集と、きちんと全ての項目を埋められていそうな、完璧な状態のテスト対策用プリントのみがぽつんと置かれていた。
…え、もしかしてもう終わってたんか…?俺まだ半分くらいしか終わってねぇのに…。
「…なんか、やっぱ凄ぇな。陸斗って」
「なんだよ急に…」
ぽつりと溢れてしまったその小さな声に、やや怪訝な表情を浮かべ短く返事をする陸斗。
…ん、んだよ。別に何も企んでねぇって…。はじめじゃあるまいし…。
「あー!!そっからそうなんのな!!すげ、俺でも解けた…!!ありがとうな、紫暮―!!」
俺が陸斗とくだらない会話を続けていると、突然そんな声が聞こえてきた。はじめの声だ。
はじめ、紫暮に教えてもらってたのか。向かい側に座ってるもんな…。
良いなぁ、俺も…なんて、ついそう思ってしまう。
勉強なんて、誰に教えてもらったってきっと一緒なのに。
どうせなら紫暮にー…なんて、これは陸斗に失礼か。ごめんな陸斗。
「いや…、大丈夫だよ。化学ならちょっとだけ得意だし…気にしないで」
そう柔らかい笑みを浮かべながら首を横にゆっくりと振る紫暮。…可愛い。
陸斗や枢木みたいに、心を許した人に対してしかきっと見せないであろう、そんなふんわりとした表情。
…俺には、一度も向けられたことのない、そんな表情。
…当たり前だ。俺は今日まで、そんなに紫暮とはかかわりのなかった、“友人ですらなかった”のだから。
俺が一方的に知っていて、好意を寄せているだけ、だから。だから…。
「…?おーいみな、今日はやけにぼーっとしてんな」
そのはじめの声に、はっと我に返る。
…やべ、また考え込んでた…。俺の悪い癖だなぁ、考え事すると他の事に手ぇ付かなくなんの…。
俺ははじめに“なんでもね、気にすんな”と簡単に胡誤魔化した。
そうすると、はじめはこれ以上、俺の中に踏み込んで来ないから。
そのまま話題が次々逸れに逸れ、時間だけが刻一刻と過ぎ去っていった。
「りくにぃただいまー!!…あれ、居ないのー??」
「…ああ、もうそんな時間か…。わり、ちょっと行ってくる」
会話も続けつつ、課題を各々こなしていると突然、下の階から女の子の様なやや高めの、聞き慣れない声が聞こえてきた。
“もしかしてさっき言ってた妹ちゃんか?”とはじめが聞くと、陸斗はこくりと小さく頷いた後、ゆっくりその場から立ち上がる。
きっと一階に様子を見に行くのだろう。
妹ちゃん帰ってきたのか。流石に長居し過ぎたかもなぁ…。
「なぁ、そろそろ帰ろうぜ?はじめ。邪魔しちゃ悪いだろうし」
「ん、だな。久々頭使い過ぎて疲れたし…。帰んべ帰んべ」
そう思い、はじめに帰ろうと申し出ると、すぐに同意してくれた。
相変わらず、決断の早ぇやつ…。良い事だけど…。
まぁ、それはさておき、俺とはじめはそのままさっさと机に広げていた教材やら、筆記具…ペンケースやらを片付け、リュックに突っ込んだ。
…どうせ、家帰ってからもするだろうし、適当で良いか…。
そのまま三人で他愛も無い会話をしながら一階へ降りようと部屋を出ると、丁度陸斗も部屋へ戻って来る所だった。
「…お、もう帰んのか?」
「おう、あんまり長居すんのも悪ぃしな」
そう陸斗にそろそろ帰る事を伝えると、“…あ。”と紫暮が何か思い出したかのように口を開いた。
「ごめん陸斗。今日母さん達帰り遅くなるらしいから泊めてくれない?」
「…ぇ。」
その紫暮から発せられた言葉に、つい足を止めてしまう。
…え、泊め…、は…?
その言葉に、陸斗は“もう少し早く言えっての…”と呆れたような表情でぼやいた。
…え、気にしてすらねぇの…?んな気軽に家に泊まれる関係って何…。
あ、でも男同士だったら普通だったりすんのか…?二人、幼馴染みって言ってたしな…。うぬん…。
「…?どしたん?みなー?」
「っあ、わり。今行くわ」
俺はどこか複雑な、悶々とした感情を浮かべたまま、はじめと十六夜家を後にした。
「…なぁ、みな」
「んー?どうした?はじめ」
帰路、いつもと変わらず冗談交じりの、他愛もない会話をしていると突然、はじめが少し、いや、やけに真剣な声色で俺の名前を呼んだ。
…いつも、アホみたいな性格してっから、こいつのこんな声聞くとびびるっつーか…、緊張すんだよな。
…しかし、俺はこういった“堅い雰囲気”が苦手な為、敢えて普段と変わらぬ態度で返答をするのだけれど。
…まさかそんな、
「…みなってさ、もしかしてだけど…。紫暮の事好きだったりする…?」
「…は。」
そんな、爆弾発言されると思ってなかったから、はじめからの突然の言葉に、思わず言葉にならない声が漏れる。
“っあ、俺の勘違いなら良いんだけどさ…”なんてはじめは言葉を続けた。
…いや、勘違いじゃないから困ってんだろ…。つか、こいついつから…!?なんでこういう時だけ勘が鋭いんだよ…!!
いつもなら簡単に逸らすことの出来たであろうこの話題に、俺は咄嗟に返答をすることが出来なかった。
違うと否定し、気にすんなと言ってしまえば、はじめはこれ以上俺に踏み込んで来ないのに。
なのに、
「…やっぱそうなんか。好きなんだな、紫暮ん事」
「はっ…?あ、いや…」
どうにか誤魔化そうとするも、はじめはどこか呆れているような表情を浮かべこちらを真っ直ぐ見詰めるばかりだった。
はぁ…と小さく溜息も。…え、溜息つかれた。はじめに…。
「んな顔真っ赤にして、説得力全然ねぇべ」
「なっ…!!だ、誰にも言うんじゃねぇぞッ!!」
そう相手に強く忠告する。
はじめは笑いながら“わーったわーった!!”と言うばかりだ。
本当に分かってんのか…?
つか、マジバレてると思ってなかったわ…。しかもはじめに…
うーんうーん…とそんなことをずっと考えていたからだろうか。
「…何で、だよ。みなはずっと俺が一番だったのに…」
はじめのその言葉は、俺には届いていなかった。
ようやく青春って感じですね…!
湊君初々しくてかわいい…。