♯1. かわいいあのこ。
突然だけれど俺__紫暮 瑠伊には、「…あ、可愛い」なんてついつい無意識に思ってしまうような子がいる。
ただのクラスメイトってだけの関係で、友達ですらない。たったそれだけの関係の筈なのに。
何をしていても…、いや、何もしていなくても可愛いって、何となくそう思ってしまう…なんて。
けれど別に、その子が好きな訳じゃない。
…いやまぁ、少なからず好意は抱いているけれど。その…、所謂”恋愛対象”じゃない。
可愛いと、そう思ってしまうだけ。そう、感じてしまうだけ。
なぜなら、それは…。
「うっわぁ~…、それやべぇやつじゃねぇの…?大丈夫だったんか…?」
俺が可愛いと思っているその少年は、冴島 湊。正真正銘”男子高校生”である。
故に、そういう好きじゃあない。可愛いって、不意にそう思ってしまうことがしばしば…、いや、多々あるし、冴島の行動一つ一つに萌えを感じてしまうけれど、それだけ。
だって、俺の恋愛対象は女の子だし。
長々と説明したけれども、つまり何が言いたいのかというと…、彼は俺にとって”推し”の様な存在なのだ。きっと。
因みに、先程も言った通りリアコではないです、うん。
…あ、ほっぺたいっぱいに詰め込んでもぐもぐしてる。幸せそうな、可愛らしい笑顔を浮かべている。好きなお菓子でも食べてるのかな。
「は~…、今日もぐうかわ。許せねぇ~…。無理…、今日も君が大優勝だよぉ…」
「…まぁた冴島んこと見てんのか。瑠衣」
いつも通り、冴島の事を盗み見…じゃなかった、観察をしていると、急に頭上から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺はその声に驚いてつい、ぴくりと小さく肩を跳ねらせてしまう。「わぎゃっ」と小さく変な声を上げながら。
どくどくと脈の早まってしまった心臓の辺りを暫く手で押さえる。その鼓動が落ち着いてから、恐る恐ると声のした方を振り返った。
するとそこには、水色の猫ちゃんが描かれた、男が持つには随分と可愛らしいお弁当の包みを買った絵に、じと…と憐れむような鋭い視線を向けている俺の昔からの友人の姿があった。ほっと安堵し、俺は相手からの言葉に返事をする。
「ん。まぁ~…。…あれ、陸斗今日は一人なの?美沙は?」
彼は十六夜 陸斗。俺と幼稚園の頃からずっと一緒で、仲良くしてくれている幼馴染み。可愛い彼女が居るにも関わらず、同級生からも先輩からも、何なら卒業生からも好き好きアピールや一世一代の告白等呼び出しの声が絶える事を知らない、とてつもなくモテるような男だ。…まぁ、俺にとっては、だけれど。
まぁ兎に角、彼は俺の自慢の親友なのだ。
「あ?あー…。今日は友達と久しぶりに、ゆっくり話したいって言われたんだよ、あいつに。だから今日は一人」
俺からの問いにこくりと頷いてから、陸斗はそう教えてくれた。
…ふぅん?自分よりも友達の方を優先してくれるんだ…?きっとこういう、何気なく優しくて気遣いの出来る所が陸斗のモテる秘訣だったりするんだろうな。流石、陸斗…。
そんなことをぽけーっと頭の中で考えつつ、陸斗と他愛も無い会話を続ける。お弁当の包みを解きながら。
因みに、俺のお弁当は自作…なんて事はなく、料理は全くもって出来ない俺の代わりに母が毎日作ってくれている。
いつもありがとう、母さん。とっても美味しいよ。
「…ん。やっぱおばさん、料理上手だよな。いつ食っても完璧に美味い。つか前より上達してねぇか?」
俺の席の向かいに置かれた椅子に腰掛けた陸斗が、ふとそうぽつりと小さく述べた。
もぐもぐと咀嚼しながら。
そうそう、母さんの料理って何食べても美味しいんだよねぇ…。本人自体、料理好きらしいいし。
…ん?あれ…。でも何でそんなことを今…?
何だか嫌な予感がし、ぱっと視線を自身のお弁当箱へ向けると、箸をこちらへ近づけている陸斗の手が見えた。
「ちょっと何で俺の食べてんの!?お前、美沙が作ってくれたのあんでしょ!!そっち食べなよ!!」
そう言いながら自身の手のひらで壁を作るようにお弁当ガードをする。
そっと陸斗の方へ視線を向けると、やはり、袋と同じくどこか可愛らしい猫ちゃん柄のお弁当が置かれていた。蓋は閉じられたままで。
ぱっと再び、自身のお弁当箱に視線を戻すと、オムレツが一つ無くなっているようだった。
何で、母さん特製のふわふわオムレツ…。俺の一番のお気に入りなのに…。自分の食べたら良いだろ~…?折角美沙が一生懸命、愛情を込めて作ってくれたんだろうしさ。
そう陸斗とお話__というかほとんど言い合いだったけれど__をしていると、後ろの方から何やら視線を感じるような気がした。恐る恐る、とゆっくり振り返ると、冴島がこちらをじーっと真っ直ぐ見詰めていた。俺の視線に気が付くと、すぐに目を逸らされてしまったけれど。
…ん、あれ夢?それとも俺の勘違い…?なのかな。
…え、推しに見られてた?もしかして、認知…ですか…?ゑ…?
「…おい、クッソ顔蕩けてんぞ。お前」
そういわれ、冴島から陸斗へ視線を戻すと、すんとした真顔…というよりも、どこか呆れているような、そんな表情で俺の方をじとりと見ていた。
…え、本当に?俺、今どんな顔してたんだろ。寄りにもよって推しの前で…?
「嗚呼…。でれっでれの気持ちわり…、情けない顔だったな」
「ねぇ、いつも言ってるけど人の心勝手に読まないでくれるかな陸斗。後さ、今気持ち悪いって言おうとした?したよね、流石に傷付くかな、俺」
陸斗とはかれこれ、15年ととても長い付き合いに、気付いたらなっていた。
陸斗曰く、それだけ長く一緒にいて、生活のほとんどを共にしていると、相手の思考や感情、行動とかが段々と分かるようになってしまったんだとか。
流石、幼馴染みというか。…いや、これは陸斗が異常に凄いだけだと思う。俺には全く分からないしなぁ…。うぅん…。
「…つか、まだ話し掛けてなかったのかお前…。俺ずっと言ってっけど、何で話してみねぇんだ?んな尊いとか可愛いとか言う位好きで、気になってんなら、本人にまず伝えてみりゃ良いのに」
まるで”それ位出来んだろ普通に”とでも言いたげな、当たり前だろとでも思っているような、そんな表情で俺に、陸斗が言う。
…どんな表情か分かんない?表現力が無くてごめん。頑張って想像して。
…それはともあれ、簡単に言ってくれるよね。陸斗…。推しに、話し掛ける…?
「…何言ってるの、陸斗。てか、本気で言ってるの?可愛くて尊くて、優しくて…。最早神というか女神というか…。そんな推しだからこそ話し掛けられないんだよ分かる?あれだよ、例えるならアイドルとか声優さんとか…、有名人の握手会とかで頭真っ白になっちゃって上手く話せなくなっちゃうあの感じ。どちゃくそ可愛い推しに話し掛けられた暁には緊張と興奮ででろんでろんに溶けちゃうよ、俺が。そもそも俺如きが推しに話し掛けるとか認知されるとか、烏滸がましいしさぁ…」
偶に某SNSとかで見掛ける__最近めっきり見なくなったけど__オタク特有の早口で陸斗に捲し立てる勢いでそう言った。俺こんなに早く話せたんだって、自分でも驚く程の早口で。
「…そう、か…」
陸斗は若干…いや、ドン引きしているのだろう。怪訝な表情を浮かべて、そう短く返事をした。
気の所為じゃ無ければ、物理的にも一歩引いてしまっている。…いや、気の所為だ。そういうことにしておこう。
だってさぁ、推しを目の前にしてつらつら、緊張せず普通に話なんか出来ると思う?
俺は無理、絶対に無理。
そもそも人見知りで、クラスメイト相手にだって中々話し掛けられないのにさ。…あ、陸斗と美沙は別ね。
「はー…。わっかんねぇなぁ…。オタクの心情はよ…」
「…いやいやいや…。オタクでは無いよ。多分…、まだ…」
すん、と冷め切ったひえっひえの瞳で真っ直ぐに俺の方を見つめながらそう言う陸斗にそれを慌てて否定する俺。
そうだよ、俺はオタクでは無い…筈。だって俺の推しは冴島ただ一人。彼は芸能人でも、アニメキャラでも、アイドルでも無い。同い年で、一般人で、ただのクラスメイト。
どちらかというと”ファン”の方に近い…と思っている。それをオタクと言うのなら、もう何も弁論しないけれど。
…まぁ、ゲームもアニメも、人並みにはやるし観るけれど、やり込んでいるゲームはHOL位だし、ルオが可愛いのが悪いんだし。
「…まぁ、良いやなんでも。それより話変えっけど、この間美沙が_…」
そう俺と話をしてくれている陸斗の声を、まるで上書きしていくように、俺の耳は冴島の声までも拾い上げてしまう。陸斗の方がずっと俺の近くに居て、俺と向き合って声を発しているのに。
…変、なんだ。大好きな親友と話をしていても、姿が見えればつい目で追ってしまう。それはずっと、彼が俺の推しになってから続いていた。
一瞬、”俺は冴島が好きなんだろうか?”なんて思った事もあったけれど、やっぱり彼は俺の推しで、それ以上でも以下でも無い。だから、可愛いと思ってしまうのも当然なことで、自然なこと…でしょ?
しかも、俺たちは”男同士”だ。だから、恋愛感情なんてお互い持つ事はない。その証拠に、今まで好きになった子は皆女の子だったし、本当に偶にだけれど…、所謂”ソウイウ本”だって読むし、…抜く。これでも一応、思春期真っ盛りの男子高校生だからね。俺も。
「はぁ…、まぁたあいつの事見てんのな。どこがそんなに良いんだか」
お弁当のおかずをもぐもぐ頬張りながら、陸斗が俺にそう聞いてきた。
どこが良いか、かぁ…。
「…あああ、聞く?一時間位掛かると思うけど」
そんなの、一言じゃあ絶対に言えない。一時間だって足りる気がしない。五時間位は余裕で語れそう。
なんてそう思いながら相手からの返答を待つ。
「…いや、やっぱ良い。話すな」
お弁当を食べている手を一旦止め、先程よりもガッチガチで引いているような、冷え切った瞳で俺の方を見ている。
…えぇ、そんなあからさまに引く…?
「そ、そんな目で見ないでよ陸斗…」
「無理」
「何で!?」
そんなこんな、くだらない話題でわーわーぎゃーぎゃー騒ぎながらご飯を食べる俺たち。なんだかんだ、この時間が一番心地良かったりする。いつもと変わらない。陸斗との、親友とのお昼休みが。
「…ところで、陸斗こそ最近どうなのさ。美沙とは」
ふと気になった質問を、そのまま陸斗に投げかける。因みに先程から何度か名前の出てくる女の子__枢木 美沙は俺たちの幼馴染みで、陸斗の彼女だ。…っと、これはさっきも言ったか。
俺はその子相手に恋愛感情は一切抱いていないけれど、それでもまぁ…、可愛いよなとは思う。てか多分そんな感情抱いたりしたら陸斗に殺されそう。
「…聞くか?三時間くらいは絶対ェ掛かるけど」
さ、三時間って…。俺の三倍じゃん…。相変わらずの溺愛っぷりだなぁ…、とついつい苦笑いを浮かべてしまう。まぁ、俺も人の事言えないけどさ。
そうこう二人で暫く話をしていると、昼休み終了間近を告げる、予鈴の音が聞こえてきた。
「…ん、もう授業か。じゃあまた、帰りにな」
「うん、またね。陸斗」
そう言いながら席を立ち、そのまま教室を出ようとする陸斗を、手を振りつつ見送る。
…授業か、嫌だなぁ。まぁ、勉強が好きな人なんてそうそう居ないだろうけど。
少しすれば、本鈴のお音が鳴り響く。
「おい、早く席座れ。授業始めんぞ」
それと同時に教室に現れた、ジャージ姿の先生に声を聞き、慌てて必要なものを鞄から取り出した。
自分はここまで仲良しな幼馴染みは残念ながらいませんでした。
今でもずっと仲の良い相棒ならいますが。(超小声)




