出発
部活棟の一室。
薄暗い照明の中、二機のガンプラが戦場に立つ。
ツバサのプロトタイプのガンプラはまだバランスが悪く、動きもぎこちない。
対するリュウヤのプロトタイプのガンプラも、すでに格闘主体で組まれているが、粗削りな部分が少し目立った。
「よしっ!いくぜツバサ!」
「う、うん!手加減してよ、リュウヤ!」
開始の合図とともにリュウヤの機体が飛び出した。
まるで野生の獣が獲物に飛びかかるように、拳を振り下ろす。
「くっ……!」
ツバサは慌ててシールドで防ぐ。だが重さに耐えきれず、機体は後退。
(やっぱり僕の動きはぎこちない……!マコトとの時と同じだ……!)
リュウヤは追撃の拳を叩き込む。ツバサは必死に横へ回避するが、姿勢を立て直すのに精一杯。
「おいおいツバサ、もっと前に出ろって!当てるんだよ!」
「わかってる、けど……!」
焦るツバサの視界の端で、モニターの通知が小さく光る。
ちらりと視界の隅に浮かんだチャットウィンドウ。
《動きが硬直しています。恐れず、相手の動きを“見る”ことから始めましょう》
——OMTiのアドバイスだった。
「見る……!」
ツバサは深呼吸し、次の瞬間リュウヤが振りかぶるのをじっと見つめた。
拳が伸びる。
その軌道を見切って、ほんのわずかに横へ回避。
「……できた!」
「おっしゃ!その調子だツバサ!」
まだ攻撃を返す余裕はない。
だが、ツバサは初めて「避けられた」という手応えを感じて胸が熱くなる。
やがて制限時間が尽き、模擬戦は終了した。
二機のガンプラはボロボロの姿で並び、光がフェードアウトしていく。
シュミレーターから出てきた二人は、額に滲む汗をぬぐい合い、思わず顔を見合わせて笑った。
「はぁーっ!楽しかったな!いやぁ、ツバサも結構やるじゃねぇか!」
「全然だよ……でも、少しは前に進めた気がする」
しばし沈黙が落ち、やがてリュウヤが腕を組み、ニヤッと笑った。
「なぁツバサ。せっかくだし、そろそろ名前つけようぜ!俺のはもう決めた!」
「えっ、もう!?」
リュウヤは自分の機体を指差し、堂々と宣言する。
「こいつは《シャイタン》!ザクファイター・シャイタンだ!!なんか強そうだろ?」
「……すごい勢いだね」
一方ツバサは悩んだ。自分のガンプラを表す言葉なんて思いつかない。
その時、端末にまたチャットが届く。
《提案します。「Abfahrt」。“出発”を意味します。
ツバサ、あなたの一歩を表す言葉に相応しいのではないでしょうか》
「Abfahrt……?」
ツバサはその文字を口に出してみる。
「出発……僕の、一歩……」
胸の奥に温かさが広がった。
「うん……いいね。僕のガンプラはアブファールト。
《ガンダム・アブファールト》にする!」
リュウヤが豪快に笑う。
「おぉーっ!いいじゃねぇか!ツバサの初めての名前だ、覚悟決めろよ!」
「うん……ありがとう、OMTi」
端末の画面には小さく、けれど確かに返事が浮かんでいた。
《……どういたしまして》