武人天女
翌日になり
放課後のチャイムが鳴り終わると同時に、3人は待ちきれない様子で部室へ駆け込んだ。
昨日、職員室でリュウヤがただをコネた“あの約束”がついに果たされる日だからだ。
「ユリちゃーん!準備はできてっかー!」
ドアを開け放つなり、リュウヤが声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと……」
部屋の奥にいたユリは、困ったように笑みを浮かべた。
「廊下に響いてますよ、リュウヤくん」
「ははっ、ごめんごめん!」
それでもリュウヤは興奮を抑えきれず、机にガンプラケースを置くと蓋をパカッと開けた。
中から現れたのは、相棒の《ザクファイター・シャイタン》。
「俺はもう気合バッチリだぜ!」
リュウヤは親指を立てて笑う。
ツバサは隣で、静かにケースを開けた。
彼の前に現れたのは《ガンダム・アブファールト》。
「昨日からずっと考えてたんだ。どうしたら、先生の戦い方から一番学べるか……」
ツバサの瞳には真剣な光が宿っていた。
ハルノもゆっくりと自分のケースを開ける。
姿を現したのは《ガンダムナドレ》。
「……昨日、眠れなくて。すごく緊張してるけど……頑張る」
小さな声でそう呟いたが、その手はしっかりと機体を抱きしめていた。
ユリは3人の様子を眺め、やわらかく微笑んだ。
「……みなさん、本当に大事に扱っているんですね、それでは…準備をしましょうか」
そして、彼女自身もガンプラケースをそっと机に置いた。
開かれた蓋の向こう――
そこに立っていたのは、紫と白を基調とした鋭いシルエット。
《アストレイ・タカマガハラ》。
「これが、先生の……!」
ツバサが小さく息を呑む。
ユリはほんのり頬を赤く染めながらも、静かに頷いた。
「……はい。昔から私と一緒に戦ってきた子です」
その瞬間、部室の空気が一変した。
窓から差し込む夕陽さえも、熱を帯びて見える。
「じゃあ――始めましょうか。私と、みなさんのバトルを」
3人は同時に息を呑み、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
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Start a Gunpla battle
《ガンプラバトルを開始します》
シミュレーターが起動し、戦場の光景が広がる。
ツバサとハルノは緊張しながらモニターを見つめ、リュウヤはワクワクしたように操縦桿を握る。
しかし、操縦桿を握るユリ先生の雰囲気が――急変した。
いつもの柔らかい笑みは消え、目は爛々と輝き、口元には不敵な笑み。
「…………おい、リュウヤ。覚悟はできてんだろぉなぁ?」
低く、荒々しい声がシミュレーター室に響き渡る。
「へっ!?ユ、ユリちゃん……!?なんか雰囲気違くね!?」
リュウヤがたじろぐが、容赦はない。
「あぁ?なにビビってんだ?あんまりチンタラしてっと……バラッバラに細切れにすんぞォ?おぉい!!!」
バシンッと操作桿を叩くように握りしめると同時に、ユリのタカマガハラが残像を生み出しながら一気に加速――その凶暴な殺気に、見ていたツバサとハルノは息を呑んだ。
リュウヤの操るシャイタンが両拳を構え、低く唸るように踏み出す。
対するは、ユリちゃんのタカマガハラ。残像を引くような加速で、すでに間合いを詰めかけていた。
「ぬぅっ……! 速ぇ……!」
リュウヤは即座にステップで回避するが――
「遅えぞぉ!、リュウヤぁ!!」
タカマガハラの右腕が唸りを上げる。アンカー武装《天沼矛》が射出され、シャイタンの脇をかすめる。
地面を抉り、砂煙が巻き上がる。
「くそっ、やべぇッ!」
リュウヤは体勢を低くして懐へ飛び込み、渾身のストレートを叩き込む。
拳がタカマガハラの装甲にぶつかり、金属音が弾ける。
「いいぞリュウヤ!」ツバサが思わず声を上げた。
だが――
「悪ぃけどな、それじゃまだ軽いんだよォ!!!」
タカマガハラの刀が抜かれ、斬撃が弧を描く。
シャイタンの拳をいなすように払われ、その勢いで装甲に亀裂が走った。
「なっ……ぐっ!」
リュウヤの歯が食いしばられる。
タカマガハラは残像を生みながらリュウヤの周囲を旋回する。
まるで数機に分身したかのように見え、ツバサもハルノも目を奪われた。
「すごい……これがユリ先生のバトル……」
「やっべぇ……化けモンだろ、これ……!」
「どうしたァ!?拳で語るんだろぉが!!もっと来いよリュウヤァ!!!」
ユリちゃんの声は完全に戦場の狂気を帯びていた。
リュウヤは息を荒げながら、それでも構え直す。
「上等だ……!俺はまだ折れねぇッ!!」
彼のシャイタンが、満身創痍になりながらも再び飛び込む――
その瞬間、タカマガハラの《天沼矛》が背後からシャイタンの機体を掴み投げられた。
「ぐぉぉぉぉぉッ!!!」
投げ飛ばされ翻弄されるシャイタン、なんとか立ち上がろうとするが
ユリちゃんは。
「……これで終わりだ」
タカマガハラが残像を纏いながら高速で接近、左腕のブレード《叢雲》を振り下ろす――!
「なっ……くっそ!!」
咄嗟にガードを上げるシャイタン。だが――
薄紫の光が、首元すれすれで止まった。
「……一本。」
ユリちゃんの声が、戦場の空気を断ち切るように低く響いた。
The match is over
winner is Astray Takamagahara
《試合終了:勝者アストレイ・タカマガハラ》
次の瞬間、戦闘空間が消え去り、シミュレーターの光が収束する。
「……はぁ……はぁ……やべぇ……完全に、負けた……」
リュウヤは汗を拭いながら苦笑いする。
シミュレーターの外、ツバサとハルノが思わず声を上げた。
「ユリ先生……すごすぎる……!」
「リュウヤくんだって、最後までよく粘ったよ……!」
シュミレーターから出てきたユリちゃんは、先ほどまでの戦場の鬼気迫る表情とは打って変わって、ふんわり笑顔に戻っていた。
「ふぅ……やっぱり楽しいですね、ガンプラバトルって。……でもごめんなさい、ちょっと熱くなっちゃいました」
「ちょっと熱くなった……?」
リュウヤが目をひん剥いて叫んだ。
「いやいやいや!全然違う人が急にバトル乱入して来たのかと思ったよ!!!」
その勢いに、ツバサとハルノは思わず吹き出した。
「……確かに、あれは別人みたいだったよね」
「ユリ先生、すごすぎます……!」
ユリちゃんは頬を染めて、気恥ずかしそうに笑う。
「あはは…はぁ……ごめんなさいね、昔っから戦いが始まるとあんな風になっちゃうのよ……それが恥ずかしくて…大学に入ってからはガンプラにあまり触れない様になっちゃったの…」
夕日が差し込む部室には、熱気と笑い声が入り混じる。
一瞬の静寂のあと、3人の胸には確かな感情が芽生えていた。
――“この先生、本気を出したら一体どれほど強いのか”。