ひとりぼっちだった少女
翌日――
放課後の同好会室。
窓から差し込む夕陽が、机に並んだガンプラたちを橙に染めていた。
「さぁ、いよいよだな、ハルノ!」
リュウヤが腕を組み、わくわくとした表情で立っている。
「う、うん……」
昨日組み上げたナドレをケースから取り出し、両手で大事そうに抱えながらハルノは緊張した面持ちを見せた。
ツバサは微笑みながら優しく声をかける。
「大丈夫だよ、ハルノちゃん。昨日あんなに頑張って作ったんだもの、きっとちゃんと動いてくれるよ」
「……ありがとう」
ハルノは小さく頷くと、深呼吸をひとつして、シミュレーターの台座にナドレをそっと置いた。
「行ってきます……」
小さな声でそう呟くその横顔は、不安よりも期待に満ちていた。
システムが起動し、光の粒が舞い上がる。
やがて紅い髪の様なコードを靡かせり純白の機体――ガンダムナドレが、仮想戦場の大地にその姿を現した。
「……すごい……まるでナドレに乗って居るみたい!」
ハルノの声は震えていたが、瞳は喜びで輝いていた。
「気負うことねぇぞ!」
リュウヤが後ろで拳を握りしめる。
「今日はただ、ナドレを動かしてみるだけだ。楽しめばいいんだ!」
ツバサも頷き、モニター越しに映るハルノへと優しく告げた。
「うん、まずは一歩目だね。僕たちも一緒に見守ってるから」
ハルノは緊張しながらも、操作桿を握り直す。
ナドレが、ぎこちない足取りで――しかし確かに、光の世界で歩き出した。
「わぁ……ほんとに、私が動かしてる……!」
初めて味わう感覚に、ハルノの頬が思わずほころぶ。
するとモニターに、システムのアナウンスが響いた。
Start the practice battle mode.
《練習バトルモードを開始します。》
「へへっ、ちょうど良さそうだったからよ!」リュウヤがニヤリと笑う。
「トレーニング用のジムなら強さもちょうど良いしな!こいつで基本動作を試してみな」
ツバサも画面越しに声をかける。
「うん、まずは動きながら攻撃してみようか。落ち着いて、ハルノちゃん」
「……うん!」
ハルノは意を決して、操作桿を動かした。
ナドレがビームライフルを構え、引き金が引かれる。
光弾が走り、目の前のジムの装甲を正確に撃ち抜いた。
「やった……!あ、でもまだ……!」
戸惑いながらも、次の瞬間にはビームサーベルを抜いて駆け出す。
不慣れな操作に足取りはふらつくが、それでも一太刀を振り下ろすことに成功する。
仮想の火花が散り、ジムが崩れ落ちる。
「す、すごいじゃねぇか!」
リュウヤが思わず声を張り上げる。
「初めてでここまで動かせる奴、そうそういねぇぞ!」
「……ほんとに?」
息を弾ませながら、ハルノは振り返った。
ツバサが優しく微笑んで頷く。
「うん。ハルノちゃんのナドレ、すごく綺麗に動いてたよ」
ナドレのビームサーベルがジムを切り裂くと、仮想の爆炎が散ってジムは倒れ伏した。
システムが即座に次の目標を生成する。今度は二機。
「二体同時か……ちょっと難しくなるぞ」
リュウヤが腕を組み、楽しそうに笑った。
「だ、大丈夫かな……」
ハルノは不安そうに呟いたが、ツバサが静かに首を振った。
「落ち着いて。一気に相手をしようとしなくていい。まずは一機を意識して、動きを止めることに集中しよう」
「……うん!」
ハルノは再び操作桿を握り直し、前進させた。
ジムの一機がビームライフルを放つ。
「きゃっ……!」
慌てて操作するも、ナドレの肩に直撃。装甲が一部はじけ飛ぶ。
「焦らなくていい!」
リュウヤが声を張る。
「ダメージなんざ気にすんな!戦い続けることが大事だ!」
「……そうだね。まだやれる……!」
ハルノの目が真剣さを増していく。
ナドレはビームライフルを撃ち返し、一機を牽制。
すかさずブーストを吹かし距離を詰める。
「今だよ、サーベル!」ツバサが思わず声を上げる。
ナドレがビームサーベル振る
振り下ろす一撃は狙いを逸したが、その勢いで相手を怯ませることに成功する。
「っ、もう一回!」
ハルノは歯を食いしばり、二度目の斬撃を繰り出した。
ビームの刃がジムの胴を捉え、炎のエフェクトが弾ける。
一機撃破。
「よっしゃぁ!やったなハルノ!!」
リュウヤが歓声を上げる。
だが、背後から迫るもう一機のジムに気づくのが遅れた。
「うしろっ!!」
ツバサの叫びと同時、ビームサーベルがナドレの背中をかすめた。
「くっ……!」
ハルノは慌てて振り向き、防御を試みる。
だが操作が遅れ、再び攻撃を浴びる。
ナドレは片膝をつき、危うく倒れそうになった。
「まだいける!」
リュウヤの声が飛ぶ。
「ハルノ!あきらめんな!ナドレを立たせろ!」
「……ナドレ!」
ハルノは叫び、必死に操作桿を握り込む。
ナドレがぎこちなく立ち上がり、よろめきながらもサーベルを構え直す。
背中は焦げ、損傷は大きい――それでも、立っている。
「そうだ……立ち続けるんだ……!」
ツバサは胸が熱くなるのを感じていた。
ナドレは渾身の力で踏み込み、一撃。
ビームの刃が閃光を描き、ジムを両断した。
システム音声が響く。
Practice battle over. Winner: Gundam Nadleeh
《練習バトル終了。勝者、ガンダムナドレ》
「……勝った……!」
ハルノは大きく息を吐き、目を見開いた。
「やったじゃねぇか!すげぇよ、ハルノ!!」
リュウヤが子供のようにはしゃぎながら喜ぶ。
ツバサも穏やかに微笑みながら頷いた。
「本当にすごいよ、ハルノちゃん。初めてで、ここまでやれるなんて」
ナドレがよろめきながらも最後まで立ち続け、シミュレーションが終了する。
「ふぅ……」
額に汗を浮かべながらもハルノは微笑んだ。
「すごかったよ、ハルノちゃん」
ツバサが優しく声をかける。
「初めてでここまで動かせるなんて、本当に頑張ったと思う」
リュウヤも大きく頷き、豪快に笑った。
「おう!全然ビビる必要なんてねぇな!むしろ——」
彼はニヤリと口角を上げ、ハルノにぐっと指をさした。
「そういえばユリちゃんに聞いたんだけどさ……3人になれば、同好会から“部活”になれるんだってよ!」
「えっ……」
驚いたハルノの頬が、ほんのり赤く染まる。
「だからさ、ハルノ。お前が仲間になってくれたら……正式に、ガンプラ部だ!」
リュウヤの声は嬉しさに満ちていた。
ツバサはその隣で柔らかく笑みを浮かべ、ハルノの目を見つめる。
「……一緒にやってみない? 僕たちと」
一瞬ためらったあと、ハルノはぎゅっと胸の前で拳を握りしめ、小さく頷いた。
「……うん」
その一言に、リュウヤはガッツポーズを決め、ツバサは静かに笑みを深める。
——その日から、少女は“1人”ではなくなった。