表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
習作集  作者: 若宮 澪
内面・情景描写の練習
2/8

内面/情景描写のバランス-2(擬古調の実験)

 ───大丈夫、だってあなたはこんなにも強いんですから。


 ふと、そんな声が蘇る。

 婚約破棄する前夜、私が最後に彼女と向き合った日。露台(バルコニー)の手すりに手弱女(たおやめ)な躰を預けて、彼女は旋律(メロディー)を奏する。その音色の純粋にして美麗なるは、常なる私の黒い何かを打ち消すに足るもので。密かに大道(ストリート)で服飾を買い求めたる時も、道端にて二人歌を歌いし時も、貴族令息共から悪意を向けられし時も、彼女の奏でる歌声は温かだった。

 けれどもその夜に抱えたるは罪悪感と自己嫌悪、絶望だった。普段なら温かになるその歌声も、その日ばかりは心の凍えを溶かすに能わずして、空へと徒然に消えゆく。孔の空きたる(グラス)に美酒が満たされずに虚しく零れ落ちていくが如き空虚(ニヒリズム)だった。満たそうとする情は、ただ虚しく地へと堕ち、戻りはしない。それを知り、何も出来ぬが故に、私はただただ、空虚に満たされていた。

 理なれど彼女は、私の婚約破棄の心持ちを知る由もなくて。けれど悩みたるに勘づきたもうか、ただ私の瞳を射抜く。気づかぬうちに歌うを止め、硬けれども微笑みを向け、私に問う。


 ───私のことを、ちゃんと見てくれたのですから。誰かのことを思って、心の底から尽くしてくれるほどに強いのですから。だから、少しは頼っても良いんですよ?


 未だ夜の星空の満天なることを元首宮殿(パラッツォ)から眺めるに能う、そんな旧い年頃だった。今や見るに苦労するような自然の星光(スタァ・ライト)が、穏やかに彼女の銀髪を照らし出す。雪の降る北洋地方(ノルトライヒ)の、冬の早朝に見られるような淡い処女雪の銀色(シルバースノウ)。古き海岸線に散りばめられた白砂のように白くて綺麗な、砂糖色の白(シュガー・ホワイト)の肌に、貴族の出自だと一目でわかるような高貴な顔立ち。意志の強そうで惹き込まれるが如き黒さを持つ、暗い深碧色(ディープ・ブルー)の瞳と、それに相反するようで共存するかのような整った眉。

 その美しくて色褪せない姿は、脳裏に刻み込まれている。幾千年を経ようが、片鱗をも忘却せぬように刻み込んでいる。


 ───まあ、そう言って頼ってくれる御方ではないのも知っていますけど。


 そう云ひて微笑む彼女の深碧色の瞳に、寸分たりとも曇りはなく。伝わる信頼は、まさに全身全霊のもので。そこに嘘偽りの無きを知るが故に、俺は目を背く。明日(みょうじつ)私のする仕打ちを思うに、直視することだに能わなかった。

 そんな俺を、然れども彼女は真正面から見返して。それにえ耐えざるにて、遂にはその場を離れたきこと限りないとさえ(おも)えた。されどもそれもまた、俺の最後の意地の許す所でもなくて。故に、その場に静寂(しじま)なる時が刻まれる。


 ───もしも私の夢が叶ったのなら、私の好きなこの世界はもっと優しくなるのでしょうか?


 そう告げたる彼女に、今の景色を見せたれば一体何を思わんや。貴族と市民とが分け隔てなく手を取り合う、そんな理想の社会を目指していた彼女は、私が壊したこの世界を見てどんな恨み言を告げるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ