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習作集  作者: 若宮 澪
内面・情景描写の練習
1/8

内面/情景描写のバランス-1

本習作の目的=内面描写と情景描写のバランス、およびそれら両方の質の改善。


読む前に必須知識をば。


◆シーンの解説

 現代日本から何故か別の世界の日本へと転移してしまった。並行世界では日本国家が核戦争により崩壊しており、その後北日本はSOKRという巨大企業に支配されている。紅葉は北日本側に住んでおり、この日は友達であるこいしに日本人の住む街を案内してもらうことに……。


◆最低限の設定解説

 本世界では、核戦争後日本人が差別対象となっている。そのため、SOKR(企業)の従業員であるロシア人たちは北日本にて裕福な暮らしをする反面、もともとの住人であった日本人は核汚染地帯に追いやられた。


※本来は別の媒体で発表する予定の物語を流用したものです。特に世界観などに関しては分かりにくいかもしれません、申し訳ありません。

 また、本文及び前書き中に登場する如何なる表現にも政治的意図はございません。何卒ご了承いただけると幸いです。

 この廃墟地帯を訪れるのも二回目、けれどもどうしても慣れる事は出来そうにない。灰色がかった風景、痩せた子ども、異様な目つきの大人─その全てが、異質なものに見える。

 先を歩くこいしをよそ目に、もう一度、少しだけ辺りを見渡した。視界の隅には野垂れ死んだまま放置された死体、腐り果てている人の肉、そしてそれらにガソリンをかけて燃やしていく大人。子供たちはそれを見ながらキャッキャとはしゃぎ、あるいは大人たちからご飯をせびる。大人の方は、子供たちにご飯をあげながら何か交渉しているらしい。

 ……腐臭が鼻につき、決して離れない。ガソリンが死体を焼く匂いも混合されて、これまで匂った中でも最悪のものがこびりついてくる。


 「あんまり私から離れないでね、紅葉?」

 「えっ、あっ、うん……」


 肩の辺りで切り揃えられた緑色の髪がふわりと揺れる。その靡き方が、この街と同じように思えてどこか気持ち悪さを覚える。


 「どうしたの?」


 こいしがボクの方に振り向いてくる。向けてきたのは、周りの様子も特に気にしていなさげな、日常の一コマとしての"どうしたの"という言葉。

 違和感と嘔吐感がより刺激される。本当に、気持ち悪い。


 「その、ここっていつもこんな感じなんだよね?」

 「なんか変なところある?」

 「……なんでもないよ」


 無理に笑う。表情が強張らないように気をつけながら、これが普通だと言い聞かせるようにしながら、こいしに微笑みを向ける。


 周りの人達の視線がどこか痛い、まるで焦点があっていないのに狙われているかのよう。虚ろな視線の奥に殺意の活気を満たしたかのような、独特なものを感じる。

 子どもが、まともに舗装されていない道路の上で転ぶのが目につく。涙ぐんだその少年は、だけれども誰からも見られない。


 「あっ、ひょっとしてあれ?」


 こいしが人差し指で何かを示す。先ほどまで見ていた少年の、さらにその奥。少女たちが、どこかへと向かっている。

 手に巻いているのは……、手鎖?


 「あれって……」

 「あれだね、出稼ぎ」

 「えっと……?」


 嫌な予感が脳内によぎる。

 精々が小説で読んだ程度の、フィクションの出来事。すくなくともボクの住んでいた現代日本ではファンタジーに過ぎなかった、人権蹂躙。


 「南日本にこっそり、性奴隷として送り込まれてるみたいだね」

 「……、これも日常?」

 「ここまでの規模はあんまりないかな? ほら、集団で秘密裏に脱北するのはリスクが高いから」


 奴隷、現代社会においては「存在してはならない」とされるソレを、こいしはさぞありふれたことであるかのように言う。しかも、よりにもよって性的な奉仕をする肉体奴隷……。

 ハハハ、と乾いた笑いを浮かべる。ここまで白昼堂々人権蹂躙されると、逆にリアリティがなくなってくる。まるで白昼夢をみてる気分だ。


 「あっ、ごめん違うかも」

 「えっ?」

 「ここの名士たちに奉公しに行くみたい」

 「どっちにしろそれって……」

 「脱北しない分リスクないし、こっちのほうがマシじゃない? ほら、わざわざリスク冒して出稼ぎしなくてもいいだけマシだと思うけど?」


 常識、という言葉が崩壊していくのを感じる。一回目に来た時にも同じことを思ったけど、今回はそれ以上。

 本当に、どうしようもなく気持ち悪い。胃から何かがせり上がってくるのを必死に抑える。


 「しかたない、しょうがない」


 言い聞かせるように、ボクはそうつぶやく。

 ただでさえこっちの世界は、核戦争で全部壊れてる。それに、企業の台頭と国家の崩壊、さらには日本人に対する差別まで加わったら─こうなるのも、たぶん自然なんだと思う。だから、これはしかたないこと、これはしょうがないことなんだ。

 そう考えると、少しだけ気分が落ち着く。この廃墟の地獄も、多少はマシに見えてくる。


 「そうそう、これは仕方ないことなんだよ。だから、あんまり気にしないこと! 別に私だって、何にも思ってないからさ!」

 「……こいしは、この街の出身なんだよね?」


 可愛らしい目から一瞬、ほんの一瞬だけ曇りが見えた。でもその曇りはボクに向けたものでも自分に向けたものでもなくて、寧ろ本当の彼女が垣間見えたかのような、そんな気がする。


 「そうそう! 昔は結構色々やったよ」


 曇りは消えて、けれども拡散していく。まるで彼女の本性が露出したかのように、見えてくる。

 相変わらず可愛い目が、可愛らしい振る舞いが、可愛らしい服が、全部どこか異質なように思える。


 「たとえばSOKRの兵隊さんに体を売ってみたりとか、あとはお金持ってそうな名士の人にもしたかな? 小さい子にしか興味ないって噂の名士に売ったときには、すっごいたくさんもらえたよ!

  ああでも、SOKRの人に売るとたまーに殺されるから、そこは危なかったかな。それで一人友達が死んじゃっててね。あとは……」

 「ごめん、もういいよ」

 「ええ!? まだあるのにぃー! 私のお母さんに殺されかけた話とか、自宅に押し入った生徒会の誰かにお父さんを殺された話とか〜」


 健気に笑いながら、まるで面白いことがあったかのように彼女はそう語りかけてくる。その健気さ、純粋さは、だけれどもとても本物であるはずがない。

 だって、そんなにも悲惨な体験をして、それでも健気で純粋であり続けられるはずがないから。たとえどれだけ聖人で、右の頬を叩かれたら左の頬を差し出せる人間だったとしても、こんな環境では悪人へと落ちていくだろう。

 そのはずだ、そうでなくてはいけない。だって、そうなるはずなんだから……。

 でも、目の前にいる少女から嘘や偽りを感じられなくて、それはまるで自然であるかのようで。


 怖くなって、周りを見渡す。


 笑い声、楽しそうな声、何かを面白がる声。あらゆる人の表情のあらゆるところからも、嘘や偽りといったものは感じられない。

 これが日常の一幕であるかのような……、いや、違うのか。そっか、違うんだ、そこから。


 これは、彼女たちにとっての日常なんだ。この悲惨さも地獄も、彼女にとっては「当然のもの」であって、だからこそまるで何事もなかったかのように笑い、楽しむんだ。

 背筋が凍りそうになる、心臓が痛い。心拍数が上がっているのが自覚できる。


 ……ああ、そっか。これが、アポカリプスなんだ。


 廃墟が、不気味に鼓動する。廃墟に住む人たちの生き様も、行動も、生き死にも、全てが廃墟に溶け込んでいく。違和感の代わりに生理的嫌悪感が現れる。

 まるで、ゾンビでも観ているかのような気分だ。


 いや、ゾンビそのものかもしれない。


 本当は、ここに住んでいるみんなは死んでいるのだ。生きたまま死んでいる、あるいは死んだまま生きている。みんながみんな、虚ろな目をしながらその奥底に闇を感じる不気味な活気さを宿している。

 ああ、本当に、どうしようもなく。


 「うっ……」


 胃からせり上がった何かが、遂には喉を通り過ぎて口の中に溢れてくる。それを必至に抑えて、喉の中へと戻す。それでも溢れてきて、どうしようもなくて、気持ち悪くて。


 「げほっ……ッ!」


 胃の中のものを、道に少しだけ吐き出してしまう。それを見たこいしが、慌ててポケットから何かを取り出す。


 「大丈夫!?」


 吐き出し終わった口を、ハンカチで拭ってくれる。本心から心配してくれているのが、表情や仕草からわかる。

 でも、だけれども。

 その表情が、その仕草が。まるで、生きた人間のフリをしているゾンビのように、どうしようもなく感じられてしまう。つい先程までは触れても大丈夫だったこいしの体に触れるのが、今は本当に怖い。

 恐怖、嫌悪感、嘔吐後の吐き気─その全てが、ボクに襲いかかってくる。


 「ごめん、なんでもないから大丈夫」


 理性でそれらを必死に押さえつけながら、これまた必死にボクは微笑みを向ける。それをみたこいしは、けれどもまだ心配しているみたいだ。

 わかってる、その心配してくれている表情も仕草も、やや焦っている雰囲気も、その全ては「本物」なんだって。


 でも、でも……っ!


 「案内を続けてくれる?」

 「あっ、うん。わかった……」


 その「本物」であるという実感そのものが、まるで「偽物」であるかのように、ボクには思えてしまうんだ。


 「あぁ、最低だ。ボクって、最悪だ」


 自然とそう、こぼしていた。こいしがほんの一瞬だけ立ち止まりかけたのがわかる、でも無視してくれた。たぶん無視してほしいって、わかってくれたんだろう。


 だんだんと気分が落ち着いてくる、思考が冴えてくる。もとから感情と思考は切り離しがちだったけど、今日のは随分と酷い気がする。

 感情では多分整理しきれてなくて、まだどうしようもない感情の渾沌がボクの心の中で八つ当たりを続けている。けれども思考は、理性は、そんなことお構いなしに自分の活動を続ける。


 ……ボクもゾンビなのかもね。


 ふと、そう思った。

 違いない、と誰か(ボク)が思う。だって、ボクもどうしようもなく人間から離れているから。感情とか、もう随分と機能を停止して久しかったし。

 ただただ思考と理性に従って、機械的に振る舞う。友達と会ったときも、感情じゃなくて思考と理性が判断して会話している。何かを楽しめることもなくて、楽しいんだろうなと理性が判断する。

 それじゃまるで、ゾンビと一緒じゃないか。感情を失って街を徘徊するゾンビとボクとの間に、一体どんな違いがあるというんだろうか?


 周りを見渡す、少しだけ親近感が湧く。ああ、ボクとどこか似ている気がする。

 なんてたとえればいいんだろうか? ……ああ、いい表現を思いついた。


 「死んだ竜の心臓が鼓動を続けている」


 こいしにも聞こえないくらいの声で、そういった。ボクは死んだ肉体の心臓みたいなもので、対してこの街はもっと大きな、それこそ竜の心臓だ。死んでいるはずなのに不気味に起動しているこの感じ、ぴったりだと思う。


 「どうかしたの?」

 「なんでもないよ」


 こいしの問いかけに対して、今度こそボクは一切の気兼ねなしに「なんでもないよ」と答えられる。ボクもこいしも、それにこの街も、結局は似たようなものだと気づいたからかな?

 んまあ、こいし達の方が比べようもないほどに悲惨な環境なんだろうけど。

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