6.
幼い頃は亡きお母様がどんな方だったのか知りたくて、よく思い出話をせがんだものだった。
(でも、お父様もお兄様も公爵家に仕える皆も、とても悲しそうな顔をするから…。いつしかわたくしの中でお母様のことに触れるのはタブーになっていたのよね)
いつも乳母のマーサと二人きりの時にこっそり聞かせてもらっていたのだ。
そしてマーサに口止めもしていた、お父様達を悲しませたくないからと…。
「そう…。夢の中のお母様と同じ…」
話の途中からお兄様は思案顔だ。
母親を覚えていない妹を思い遣っているようにも見えるし、王家に関わる内容に慎重になっているようにも見える。
(うそ!?これいつもの妹に過保護なお兄様ではなく、筆頭公爵家の嫡男モードじゃない!?)
もしかして思っていたよりも簡単にはいかないかもしれないと焦りが出てくる。
(「最強の切り札」もっと頑張って!!)
肖像画のお母様に念を送りつつ、膝の上でそっと両手を握りしめる。
「それにね、絵のお母様はどれも金糸の髪を纏めて青色のドレスばかりでしょう?なのに夢の中では髪を下ろして、クリーム色のシフォンドレスを着ていらしたの。だからとても不思議で…」
「まぁ!確かに普段の奥様はいつも髪を下ろしていらっしゃいました!きっと夢でお嬢様に会いにいらしたんですわ!」
「お嬢様はご存知ないでしょうが、奥様は年に一度だけクリーム色のドレスをお召しだったんです!」
「そうです!旦那様のお誕生日の時だけ、特別に旦那様の瞳の色をと!」
ラリサと扉の端に控えていた他のメイド達まで感極まった声を上げる。
(ご存知だったりするわ!金髪に公爵家の色である黄色を合わせると全体がボンヤリしてしまうから嫌がっていた、とマーサから!)
「知らなかったわ…。まさかあの夢の中のお母様のように、現実のお母様もクリーム色のドレスを…?じゃあやっぱりあの夢は…!」
わたくしも皆に合わせて、まるで感動に震えるように胸の前で手を組んだ。
「…確かに不思議な夢だね」
「そうでしょう!」
「母上とお別れした時は僕も3歳だったからね、黄色を身に纏った母上には覚えがなかったな」
「まぁ、そうでしたの」
「……だが」
「お兄様?」
「だが、夢の中の母上が絵とは異なるお姿だったから…だから母上の言葉をお告げのように感じてしまったと言うのかい?」
「ええ、わたくしが絵で知っているお母様ではなくて、初めて見るお姿だったんだもの。まるで本当にお母様からのメッセージを受け取ったように感じて…!」
「そうだったんだね…」
(どうしよう、お兄様の反応が薄いわ…)
「夢の中のお母様はわたくしを抱きしめながら、こうおっしゃったの。『貴方がとても心配よ、決して王家には嫁がないで。お父様とジョージの側を離れてはいけないわリズ』と」
「…そうか」
(カムバック!!過保護で心配性のお兄様!!)
「だからわたくし、王家にはとつ…」
「エリザベス」
お兄様がその淡く美しい金色の瞳を細め、わたくしを愛称ではなく本名で呼んだ。
その瞬間、わたくしは計画の失敗を悟ったのだった。