番外編・公爵閣下の夢のお告げ終
その晩、わたくしは不思議な夢を見た。
お父様と亡きお母様が、グリサリオ公爵家自慢の薔薇の庭園で、黄薔薇を摘みながらお散歩をされている夢……。
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『どうせ旦那様は私を忘れて再婚なさるんでしょ、付いて来ないで。……もう、どうして笑ってらっしゃるの!』
『だって君にヤキモチを焼いて貰えるなんて夢のようなんだよ、シャーロット』
お母様のすぐ後ろを、鼻の下を伸ばして付いてくるお父様。
お母様はその星空のような美しい瞳を瞬かせ、怒っているような困っているような曖昧な表情をされている。
『……私、自分勝手な独占欲でヤキモチ焼いているのよ……。それなのに、怒らずにそんな甘い顔なさるなんて駄目よ。
男手一つでジョージもリズも育てて下さって……。もう自分の幸せを考えたいって、そう言って良いのよ……』
『でも、私の愛する妻はシャーロット、君だけなんだ。知ってるだろう? 』
『…………』
黄薔薇を抱き抱えているお母様の手が震えている……。
『……こんなおじさんになってしまったけど、まだ好きでいてくれるかい?』
『…………』
『私だけすっかり老けてしまって、それで嫌になって会いに来てくれなかったのか?』
そう語り掛けるお父様に、お母様は振り返ると堪らずに抱きついた。
『ずっとずっと好きよ!
今の旦那様も、もっとヨボヨボのお爺さんになっても大好きなの。絶対変わらないわ』
『シャーロット……』
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可憐な黄薔薇の花弁が舞い上がる中、寄り添うお二人がとても幸せそうで、わたくしはその光景をずっと眺めていた……。
「──という不思議な夢でしたの、お兄様。わたくし目が覚めてからもずっと心が温かくて」
「何だって、じゃあエリーもあの夢を見たのかい?」
「えっ!……まさかお兄様も同じ夢を?」
朝食の席に着きながら、兄妹で呆気にとられる。
すると、お父様は昨夜の寝言の絶叫が嘘のように、艶々のお肌にデレデレと鼻の下を伸ばしながら姿を現して、挨拶を交わした。
「……あの、お父様。熱い紅茶はいかが?」
「ああ、いや、すまないが今朝は止めておくよ。夢でシャーロットと紅茶を飲みすぎてな、ははは」
「「………………」」
「実は、二人とも驚くだろうが、昨夜私にもシャーロットの「夢のお告げ」があったんだよ。何でも、私に再婚はしないで欲しいらしいんだ」
「「お、お告げが……」」
「アプロウズ公爵もエリーも、私が寂しくならないようにと再婚を勧めてくれたが、やはり私にはシャーロットだけだ……」
「そうですわね……」
(やっぱり昨日の手紙は再婚を勧める内容だったのね。昨夜のお父様の寝言でそうじゃないかとは思っていたけれど……)
「余計な真似をしてしまって、申し訳ありませんでした、お父様」
「いやいやいや、お陰でシャーロットに夢で会えたんだ。感謝してるよ」
「……良かったですね、父上」
そう言って微笑むお兄様に、お父様は思いがけず爆弾を落とされた。
「次はお前の番だな、ジョージ。お前もそろそろシャーロットに良い縁を結んで貰わないと」
「いやいやいや、止めて下さい父上」
そんな話を聞きつけたら、あいつが出張って来そうだ、と小さく呟くお兄様も何だか楽しそうにしている。
嘘から出たまこと……。
最初は運命を変えたくて、苦し紛れで使った切り札の「夢のお告げ」だったけれど、結局家族みんなの心の中の残っていた凝りを消してしまった。
「本当に、魔法の掛かった手紙みたいだわ、オリバー様」
「…………いるのに気付いてたの?」
「だって、きっと様子を見に来て下さると思って……」
グリサリオ公爵家嫡男の縁談について、まだ言い合っているお父様とお兄様を横目に、当たり前のように家族の朝食の席に現れたオリバー様に振り返る。
「まさか、こんなに上手くいくとは思って無かったけど、エリーの憂いが無くなったのなら嬉しいよ」
「……オリバー様、今回も有難うございました」
「ふふ、僕と同じで一途な方だと思ったからね。学生時代に公爵夫人と激しく閣下を取り合った女性を数人探し出したんだけど、その中でお一人が未亡人になられていてね……」
「その方をお父様の再婚相手に勧めたの?」
「そうだよ。……これだけ効果があったんだから、ご褒美貰ってもいいよね?」
頷くのを待って、オリバー様はわたくしをそっと抱き締めた。
優しい夜の闇に包まれると、心配事は何もかも最初から無かったみたいに忘れられる。
(きっと、これからどんな邪魔が入っても大丈夫だわ……。オリバー様を信じていればいいもの。
もう小説の『悠久の麗しき薔薇に捧ぐ』だって、きっと忘れてしまっていい。
未来だけ信じて、幸せになればいいのよね…………)
「エリー、僕も君がこれから歳を重ねて素敵な老婦人になっても、ずっと愛しているよ」
「わたくしも」
オリバー様はその紺碧の瞳を細めると、わたくしの頬にそっと唇を落とした。
「こらこらこら、オリバーそこで何してる!」
「オリバー殿、まだ正式な婚約発表前なのだから、もう少しエリザベスとは節度を守った交際をだな……」
「閣下もジョージも、もう僕とエリーは家族も同然なのですから、そろそろ大目に見て貰っても……」
「「まだ家族になっていない!!」」
わたくしは、三人の相変わらずな光景に思わず微笑みながら、幼い頃から慣れ親しんだ肖像画のお母様を見上げる。
(…………お母様、これからもわたくし達を見守って下さいね)
何故だか、私達を見つめるその穏やかな母の顔は、見た事も無いほど満ち足りて、幸せに輝いているようだった。
途中更新が滞ってしまい、ご迷惑をお掛けしましたが、最後まで拙い文章をお読み下さって本当に有難うございました!
最初は公爵閣下の昔の恋物語をサラッと短く書くつもりでしたが、
なかなか亡き公爵夫人が頭の中で動いてくれず、結局オリバー&エリザベスに出張って貰っちゃいました……。




