番外編・公爵閣下の夢のお告げ5
もちろん、わたくしは突撃した事を物凄く後悔した。
時間をどうか巻き戻して下さい!と亡きお母様に祈るくらいには……。
今は海より深く後悔しながら、生温くなった紅茶で喉を潤している。
壁際で存在を消している侍女達に目を向けるが、誰も視線を合わせてくれない。
「きちんと聞いているの、エリー」
「……ごめんなさい」
まだ怒りの冷めやらないオリバー様は、お説教中に意識を遠くに飛ばしていたわたくしに気付き、その美しい紺碧の瞳で鋭く見据えてくる。
「君に気持ちを打ち明けてからは、あれだけ想いを伝えてきたのに。まさか、疑われるとは思いもしなかったよ」
「……ごめんなさい。疑ったりして……コホン。いえ、その、わたくしあくまで事実確認で…決して疑っていた訳では……」
正直に言葉にした瞬間、オリバーさまの瞳が昏く沈むのを感じ慌てて訂正する。
(だめだめそんな昏い瞳だめぇぇ。
……どうしていつもこうなってしまうの?
あの流れからすると、わたくしが降り掛かる様々な問題を解決したり、ピンクブロンドの方とドンパチする感じだったわよね?
そして最後には、オリバー様と幸せに結ばれる。
そんな悪役令嬢大活躍の物語が、始まりそうだったわよね!? そうよね?)
オリバー様は、他にお付き合いのある女性がいたのではと疑われた事が余程心外らしく、黄薔薇に彩られたアプロウズ家の応接室はブリザードが吹き荒れていた。
(豪奢な花瓶に活けられている薔薇が凍えてしまいそう……ささ寒っ……)
「……それで、今日のお茶会の主催はレモネル侯爵家なんだよね。学院の噂だと最初に君の耳に入れたのもイザベラ嬢だと」
「ええ、あの、学院では……」
「そんなふざけた噂立つわけがないよね。そんな脇の甘い男に見えるの? 僕が?
君に一途だった僕が?」
お聞きする前に答えられてしまい二の句が継げない……。
「……申し訳ありません(火に油を注いでしまったわ……)」
どうやら例の女性との関係だけでなく、噂すら真実では無かったみたいだ。
「……つまり、浅はかにもわたくし踊らされてしまったんですのね」
「まぁ、僕達の関係に一石を投じて、時間稼ぎをしたい者達がいるんだろうね」
グリサリオとアプロウズの婚姻は、勢力図のバランスが崩れると眉を顰める者は多いだろう。
五つの公爵家が王家を支える五柱として強固な結束を誇るのは、決して均衡を崩してはならぬとの不文律があるからだ。
それを破っての強引な婚姻なので覚悟はしていたけれど、まだ公になる前だからと油断していた。
「わたくし、こんな分かりやすい動きなのに……。王太子妃教育まで受けていてこの程度の対処すら出来ないなんて、本当に申し訳ありません」
「エリー! 今王太子妃教育の話などしていない!」
オリバー様は呆れてしまったのか、謝れば謝るほど不機嫌になっている。
心做しか壁際に控えている侍女達の顔色が先程より悪い……。
(どうしたら許して頂けるのかしら、だってもう謝るくらいしか……。ううん、ここはしっかりとした対応策を提示して……え?)
ふと、オリバー様の後ろに控える彼の従者が、何か合図を送ってきているのに気付く。
(えっ? 何かしら、上目遣いでお祈りポーズ? 後はもう神に祈るしかないって事?)
もはや打つ手はないのかと青褪めていると、脳裏に以前革命組織に拐われた時オリバー様に言われた台詞が浮かぶ……。
『普通に考えて、オーリごめんなさい怖かった!と僕に抱きついて慰められるところだろう!』
『そんな上目遣いをして…』
(もしかして、上目遣いで甘えて下さいの合図なの?
でも、あの言葉もあの場の冗談だったのよね……。きっと余計怒られるからやりたくないわ、やりたくないけど……)
必死にジェスチャーで訴えてくる従者の姿が、先程必死に止めてきたラリサに被り、アドバイスに従った方が良いのかと心が揺れる。
それに、心のどこかでオリバー様はわたくしが甘えたり頼ったりしても、弱い所も全部受け入れて下さる方だと感じてもいた。
わたくしは決心すると、ソファの隣に座るオリバー様にしっかりと向き直った。
「あ、あのオーリ!」
「……えっ?」
深い紺碧の瞳を見開くオリバー様を、両手を胸の前で握り締めながら上目遣いで見つめる。
「オーリごめんなさい。あなたに他の女性がいらしたのかと思って悲しかったの!! 」
そして、思い切ってオリバー様の胸に飛び込んだ。
「…………!」
頬にオリバー様の温もりを感じながら、機嫌を直して慰めてくれるだろうか、それともやはり怒られるのかとドキドキしながら静かに待つ。
(……許して貰えたらずっとこうしていたい。
馬鹿みたいに慌てないでオリバー様をちゃんと信じていれば良かったんだわ……)
でも、いくら待っても何も反応が無い事に耐えられなくなり、そっと離れようとした瞬間、オリバー様の腕に強く抱きしめられた。
「………………こんなの可愛すぎて怒り続けるの無理だろう。もう、グリサリオにも帰したくない」
(本当に効いた……!?)




