番外編・公爵閣下の夢のお告げ3
「なぜ人参の秘密まで打ち明けてしまったのかしら…………」
向かいの端に控えていた侍女のラリサに視線を移すと、吹き出すのを堪えているようだった。
「……良いではありませんか、未来の夫君にお嬢様でも美味しく食べられる人参メニューを考案して頂きましょう!」
「もう、ラリサったら」
馬車の中から外の景色を眺めていても、昨夜の自分の失言を思い出すと、今更ながら頬が赤くなる。
(お父様の件はともかく、結婚後の不安まで洗いざらいなんて……)
本当なら自分で奮起するしか無い事まで打ち明けて、オリバー様に甘えすぎてしまったのが恥ずかしい。
オリバー様から押し寄せる圧に負けて、つい余計な事まで口から滑り落ちてしまったけれど、「心の内を打ち明けて貰えて嬉しい」と甘やかな紺碧の瞳に見つめられたら不思議と後悔は無かった。
どんな事も一人で抱えなくて良い、と言うオリバー様の優しさが、離れていても何だか自分を包み守ってくれているようで、安心出来たからかもしれない。
今馬車で向かっている、婚約解消後初めてのお茶会も、憂鬱さが和らいでいた。
目的地である侯爵邸に馬車が着くと、お茶会の主催者であるイザベラ嬢に出迎えられる。
「ごきげんよう、イザベラ様。お招きありがとうございます」
「エリザベス様!本日はようこそお越し下さいました」
年齢の近い令嬢ばかりのお茶会なので、当然色々と聞かれるだろうと少し気構えているからか、周囲の視線がいつもより気になってしまう。
(わたくし、この機会に少しでも殿下にご迷惑が掛からない様、早く婚約解消に纏わる噂を収束させなくては……)
白いミニ薔薇が咲き誇る庭園で、いくつもあるテーブルの一番上座に案内されると、予想通り皆さんから質問攻めにあった。
「まぁ、では亡き公爵夫人のお告げで、とのお噂は本当でしたのね……!」
「不思議なお話ですわねぇ!」
「それなら、お二人の間には何も揉め事は無かったのですもの、心残りではございませんか」
「でもそれでしたら、殿下はこれから新たにお相手探しを…?」
神妙な面持ちで、一通り表向きの説明をすると、しばらくは殿下とわたくしの新しい相手はどなたが相応しいかと、皆さん興味津々のようだった。
(…………これでもし「宵闇の君」との婚約が公表されたら、また大騒ぎになってしまうわね)
「エリザベス様?」
少し会話から意識が離れてしまっていたようで、イザベラ様から声を掛けられた。
「ああ、ごめんなさい。あまりにお庭の白いミニ薔薇が可憐だったものだから、つい見とれてしまって…」
「まあ!エリザベス様にお褒め頂くなんて光栄ですわ!」
「それで、どう言うお話だったかしら…?」
「そう、そうでしたわ!何でも、あちらのガゼボの側にいらっしゃる青いドレスの男爵令嬢。初めてお招きしたのですけど、王立魔法学院では宵闇の君とお噂があるらしいですわ」
「…………なんて?」
(いま何て?…………オリバー様と、噂?)
宵闇の君の恋の噂に、その場が一気に色めき立った。
「そのお噂、私も学院に通う従姉妹から聞いた事がありますわ!それがあちらの方なの?」
「そんなぁ、私、宵闇の君に密かに憧れてましたのに…!」
「エリザベス様、アプロウズ様はエリザベス様のお兄様とは仲の良いご友人ですもの、何かお耳には?」
「…………いいえ、わたくしは初めてお聞きしたわ」
わたくしは淑女の微笑みを維持するだけで精一杯だった。
「まあ!そうでしたか」
「私なんて、もう一年早く生まれていれば、月明かりの君と宵闇の君、お二人と共に学院に通えたのにと本当に残念で……」
「私も同じ気持ちですわ、イザベラ様!」
「あら、でも皆様そうなっていたら、あちらの方と仲睦まじい姿を見なくてはならなかったのよ!」
テーブルの令嬢方が、お兄様と社交界の人気を二分する「宵闇の君」の恋の話で持ちきりになるのを、信じられない思いで聞いていた。
震えそうになる指先を、そっと紅茶のカップで温めても、冷えていくのを少しも止められない。
(……そんなはず無いわ。だってわたくしの事がずっと好きだったって、オリバー様がおっしゃっていたもの)
そう自分に言い聞かせて、皆さんが視線を送る方に目を向けてみると、庭園の端にあるガゼボの側で、美しいピンクブロンドのご令嬢が、ご友人と談笑をしていらした。
ふんわりとした艷やかな髪に青い小花を編み込み、深い紺碧色のドレスを纏って、楚々とした美しいご令嬢……。
(ピンクブロンド……リグナール男爵家かしら……?)
頭の中で貴族名鑑を捲ると、アプロウズ家の派閥に属する男爵家の長女の方かと思い当たった。
最近頭角を現した新興貴族で、羽振りが良いとの噂を耳にした事がある……。
その後は、主催者のイザベラ様が各テーブルを回る間に、会話は春からの学院生活の話に流れてくれた為、表面上は何事もなく情報交換をして、お茶会を楽しんだ。
心には冷たい北風が吹き込んでいたけれど……。




