番外編・悪役令嬢の日記(後)
「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」第一幕「朱金の薔薇」はヒロインであるエマが、王妃になって幕を閉じた。
そして、第二幕「白金の薔薇」は、聖セプタード王国が戦火で燃える風景描写から始まる。
第一幕で愛娘エリザベスが、救出する間もなく殺されてしまったグリサリオ公爵の怒りは、燃え盛る炎のように激しく、そして嘆きは海の底のように深かった。
公爵は王家に猛抗議をし、事件の再調査と娘の名誉を回復する事を求めるも、国王陛下が強権を発動し、エドワード殿下に王位を譲ってしまう。
ついに建国から支えていた王家との信頼関係は潰え、グリサリオは王家との決別と、打倒を宣言する。
そして、薔薇の王国と謳われた、この聖セプタード王国は激しい内乱の時代へと突入したのである。
固い結束を誇っていた五大公爵家も分裂し、戦況は混迷を極めていた。
そんな中、ヒロインであるグリサリオ家の次女アメリアが、自分の叔母であるエリザベスの日記を見つけた事により、第二幕の物語は動き出していく。
王家との、血で血を洗う争いの元凶である叔母エリザベスに対して、恨む気持ちがあったアメリアだったが、日記を読み進めるうちに…
「…………嘆かわしい!!」
バンッとテーブルを叩く音で、物語の世界から意識が戻った。
「自分の叔母が非業の死を遂げたというのに、恨むとはなんだ!
エリザベスを悼み、復讐を遂げるべく一族で団結すべきではないのか!
まったく親の顔が見たいものだ!!」
目の前で鼻息を荒くするお兄様に、思わず呟く。
「あの…………その親とはお兄様ですわ」
「エリー!!」
「ご、ごめんなさい」
「……いや、僕こそ取り乱してしまって、ごめんよエリー。
あまりの薄情さに腹が立ってしまって…」
「怒らないでお兄様。アメリアにしてみれば、会ったことも無い叔母のせいで、生まれた時から祖父も父も戦い続け、ずっと苦しんでいる姿を見ていたのですもの……」
「物語ではエリーを助けられなかったんだろう、父上も僕も生涯苦しみ続けるに決まっている…」
お兄様の絞り出すような悲痛の声を聞き、やっぱり自分が死の運命から、逃げようとしたのは間違いでは無かったと改めて思えた。
こんなにも愛してくれている家族に、過酷な運命が訪れなくて良かったと。
「……そんな風に思って下さって、ありがとうお兄様。
わたくし、本当に運命が変わって良かったわ。
これからもずっと家族一緒にいられるもの」
そう言って涙ぐんでしまったわたくしの頭を、お兄様が優しく撫でてくださった。
(そうよ、これで良かったんだわ。
これで、わたくしだけでは無く、誰も死なずに済んだのだもの。
……殿下とアメリアは運命の出会いが無くなってしまったけれど、きっとどなたか素敵な人が……)
そんな未来を祈りつつ、物語の話はもう終わるだろうとホッとしていた矢先、お兄様に続きを催促された。
「……それで?僕のバカ娘がエリーの日記を見つけてどうなるんだい?」
(バカ娘!?……いいえ、触れるのは止めておいた方が無難よね……)
「ええと、アメリアは日記を読み進めるうちに、エリザベスが想像していた少女と違って、ひたむきに王太子妃教育に取り組んでいた事、そして婚約者時代には王太子殿下とお互い心を通わせ合っていた事を知って……」
そこまで声に出した所で、急にゾクッと寒気を感じてしまい口を噤むと、
「ずいぶん楽しそうな話をしているね」
不意にオリバー様の声が響いた。
「「………………!」」
「やあ、二人ともごきげんよう。僕も交ぜてもらっていいかな?」
そこには宵闇色の黒髪を揺らし、小首を傾げるオリバー様が佇んでいらした……。
「…………取り次ぎも無いとは、どう言うことだエリック」
オリバー様の後ろで真っ青な顔をしているエリックに、お兄様が問い質した。
「申し訳ございません、……お止めする間もなく」
(また!?うちは筆頭公爵家だから、使用人達は皆一流で、こんな事は有り得ないはずなのだけれど……)
呆然と家令のエリックを見やると、後ろめたそうに視線を外された……。
「まったく、オリバーは何をしたんだ」
「まあまあ、ジョージいいじゃないか、じきに家族になるんだからね」
「じきではない!…………それで?今日はどういった用だ」
「今日の用件よりも、君のバカ娘がエリーの日記を読む話を聞きたくなったかな?」
「僕の娘をバカ呼ばわりするな!!」
(…………これは不味い気がするわ)
このまま、お二人が言い争いをしている内に、そっとサロンを出たい。
そう考えて椅子から少し腰を浮かせた瞬間、オリバー様の紺碧の海のような瞳に見据えられ、わたくしは動きを止めた。
「………………それで、誰と誰が心を通わせ合っていたの?詳しく聞きたいな」
そうオリバー様から、魅惑的な微笑みと共に告げられた時、わたくしは逃げられない未来を悟ったのだった。
(またこのパターンなの!?もういやぁぁぁぁぁ)
わたくしはこの日、お二人には決して隠し事もしない、そう誓ったのだった。




