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「その、お告げなどと言い出してすまないとは思っているが、手紙の内容は閣下ご本人の口から聞いて欲しい。お互いの母親同士のプライベートなやり取りだからね」
「今更だろう、エリーとの結婚の為に母上を持ち出したりしておいて」
「オリバー様、わたくしも気になります。あんなお父様の姿は初めてで…」
お兄様の鼻息が荒かったからか、わたくしのお願いが届いたのか、「くっ…!またそんな上目遣いで見つめて…!」と呟いたオリバー様が観念したように口を開いた。
「あれにはね、君たちの母君が、結婚前に公爵閣下を如何にして落としたか攻略法が書かれているんだよ」
「……なんて?」
オリバー様の言葉が少しも頭に入って来ないので、思わず目を瞬いた。
(だって、お父様とお母様は政略結婚だったって…)
「実は、閣下に何とかエリーとの結婚のお許しが頂けないかと、閣下と学院の同級生だった母を頼ったんだ」
「それでお母様との手紙が?…でも」
「当時婚約者だった父との関係に悩んでいた母に、よく夫人が親身に相談にのって下さったそうだよ。
学生時代の閣下がどれほど魅力的な男性か、その彼に一目惚れをした自分が、他の女性に奪われないよう、どれほど努力したかが書き綴られていたんだ」
「それじゃあ…あの手紙は」
「いわば亡き公爵夫人からの恋文だね」
てっきり、父の溺愛は片思いだったと思い込んでいた兄は、衝撃を受けたようだった。
「じゃあ母上は本当に父上を…?」
「うちの母は、閣下がまさか長年思い悩んでらしたとは、知らなかったそうでね。以前からジョージに聞いていた話をしたら、とても驚いていた。それで今回手紙を託してくれたんだよ」
「そうか、そうだったのか。……
父上はずっと悩んでいらしたんだ。自分以外の誰かと結婚していれば、あんなに早く亡くなる事もなく、もっと幸せな人生だったんじゃないかとね…。だから……」
お兄様は片手で目元を隠して、肩を震わせた。
「……ありがとうオリバー。僕も……長い間の胸のしこりが解消されたよ。両親は愛し合っていたんだとね」
居ても立っても居られず、お兄様に抱きついてその背中をさすっていると、肖像画のお母様がこちら見て、恥ずかしそうに微笑んでいらした。
(知らなかった…。お父様もお兄様もそんなに苦しんでいらしたのね……お母様ったらさっさと打ち明けておけば良かったのに…!)
「オリバー様、わたくしからもお礼を…。
お母様の手紙を届けてくださって、本当にありがとうございます」
お兄様の肩越しにオリバー様を見上げると、抱き着いているお兄様ごと包まれた。
「お礼を言うのは僕の方だよ。君が殿下との婚約を破棄してくれなかったら、僕は諦めていたかもしれない。
そうしたら、こうして君の側にいる事も、手紙が閣下に届く事も無かったんだからね」
「オリバー様…」
「……少し奥の手を使ってしまったけれど。閣下のお許しが出たら、結婚してくれる?」
そう言って宵闇色の髪を揺らし、海のような深い青色の瞳で覗き込んでくるオリバー様に、わたくしは微笑み返した。
「……はい」
紺碧の瞳に、わたくしの淡い金色の瞳が映り込み、乳母のマーサから聞いていた、お母様の瞳はこんな感じなのかしらと、不思議な気持ちがする。
まるですべてが収まるべき所に収まったように…。
あまりに神秘的で、吸い込まれるように見つめていると、わたくしの唇にそっとオリバー様の唇が触れた。
「捕まえた」
今にも泣き出しそうなオリバー様の顔に、わたくしは胸がいっぱいになった。
なったのだけれど…。
「今日だけ…、見逃すのは今日だけだ…!」
お兄様が憎々しげに叫び、わたくし達はお互い顔を見合わせて、笑い合ったのだった。
後日、下町の花屋で頼んでいた花束を受け取りに行ったオリバー様が、事情を話して立場を明かしたことで、花屋の店主は腰を抜かしていたそうだ。
そして大喜びした店主によって、噂が噂を呼び「愛する人と結ばれる花屋」として、恋をする若者たちに人気を博した。
また、春を待ってグリサリオ筆頭公爵家とアプロウズ公爵家との婚約が正式に結ばれた。
長年の片思いが解消され、お母様からの恋文に感動したお父様が「亡き妻のお告げがぁぁぁぁ」と触れ回った事で、わたくし達は不思議な夢で結ばれた運命の恋人達として、祭り上げられる事になる。
「……やっぱり、わたくし悪役令嬢として、もう少し何か活躍しなくてはいけなかった気がするけれど…。
でも、わたくしの最強のカードはやっぱりお母様だったみたいだわ!」
娘の夢に現れてお告げを授け、運命の恋を結んだとして、お母様は「恋の守護女神」と讃えられ、
わたくしとオリバー様の物語は、この先永く、わが聖セプタード王国の恋の伝説として語り継がれたのだけれど、
それはまた別のお話。
最後までお読み下さり、本当にありがとうございました!




