22.
「でもエリーが本当に無事で良かった。残党の隠れ家らしきパン屋の前に、君がオリバーと現れた時は、目を疑ったよ」
「勝手な真似をして、申し訳ありませんでした」
お兄様に頭を下げたあと、オリバー様に向き直った。
「オリバー様も巻き込んでしまって、申し訳…」
「うーん、そう言うのは止めてね。巻き込まれたなんて思っていないし。僕こそ一緒にいたのに、怖い目に遭わせてしまったと反省してるよ」
「その通りだな、連れ出したお前がすべて悪い」
「ジョージに言われたくはないな、網を張ってる君に気が付いたから、協力したんだ。本来ならあんな三人組すぐ倒していた!」
目の前のお二人は、優雅に紅茶を飲みながら罵倒し合っている…。
(扉の側に待機している侍女達に、会話の内容は聞こえないだろうから麗しい「月明かりの君」と「宵闇の君」が語らっている様にしか見えないでしょうね…。うん、話題を変えよう……)
「あの、それで革命組織の残党ですが、先程のお話では背後に隣国の諜報部が関わっていたらしいとか」
「ああ、陛下が事態を重く見てね。いま背後を洗わせているよ」
「それで、パン屋の赤髪の少女は?」
「なんでもあのエマとかいう娘は、王子様に会わせろ、早く王子様に会いたくて男爵に近づいたのに!!あたしはヒロインなんだ!と喚いているらしく、取調官が頭を抱えていたよ」
「ヒロイン!?」
「なんだそれは、頭のおかしい娘だったのか。殿下も変な執心をされご苦労な事だ」
オリバー様がいらっしゃるので、お兄様と物語の齟齬について話せないのをもどかしく感じる。
(でも、エマも転生者らしいわね?……おかしいと思ったのよ。わたくしまだ物語の改変なんて、ほとんどしていなかったし!)
心の中で前世の「私」が泣きながら「悠久の麗しき薔薇に捧ぐ」の作者様に「良かったよー!自分のせいじゃなかったんですー!!」と弁明している。
もちろん公爵令嬢として、顔には出さない。
わたくしは、一息つくために紅茶で口を潤した。
ふと視線を感じて目を合わせると、
「でも雨降って地固まるだね。エリーには怖い思いをさせてしまったけど、でも親しくなれたしね?」
「そ、それは…。そうかもしれませんわ……?」
オリバー様がその宵闇色の艷やかな髪をかき上げ、すっかり見慣れてしまった青く美しい瞳で見つめてくると、何度も抱きしめられた事を思い出して頬が熱を持ってしまった。
「エリー、騙されてはだめだよ。それは吊り橋効果と言って、危険を前に心臓が激しく動くと、目の前の人物に恋したと錯覚してしまう現象なんだからね」
「ジョージ、未来の夫婦のお邪魔虫をするな…」
「そんな未来など、まだ許していない!」
「お、お兄様もオリバー様もお止めになって」
(これはアレなのかしら、前世で言うところのケンカップル?)
また二人の言い争いになる気配にうんざりしていると、お兄様が爆弾を落とした。
「大体、ヒロインとか言う赤毛の娘が捕まって、物語の前提が無くなったんだ。エリーが望めば殿下との再婚約も…」
「えっ?お兄様?」
予想もしなかった言葉に目を瞬いた。
「殿下からも、どうしても一度エリーと直接話がしたいと、再三申し出が…」
「何だって!バカを言うな!あのクソガキッ」
「僕としては、妹の相手は誰であれ不本意なんだ。学院の卒業後は王宮に出仕する以上、エリーが王宮にいれば每日顔を見れる。その方がいいに決まっているだろう!」
「お前ってやつは!少しは長年の友情に報いろ!そもそも物語とは何の話だ!!」
「お、お兄様、そのお話はちょっ…」
お兄様の不用意な発言に、慌てて話を止めようとするが、左隣からものすごい圧を感じて口を閉じた。
「もしかして、僕に隠し事なのかな?
詳しく聞かせてくれるよね。……エリザベス嬢?」
オリバー様がテーブルの鈴を鳴らしながら、ひたりとわたくしの瞳を見据え本名で呼ぶ。
「今日の愛する未来の妻とのお茶会は、長くなりそうだからね。紅茶を淹れ直して貰おう」
(ひぃぃぃぃ!これお兄様の時とまったく同じパターン!?
わたくし、もう嫌ぁぁぁ!!)




