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2.

(そんな上手くはいかないわよね、やっぱり)


翌朝、小鳥の囀りで目覚めた途端、泣き腫らしたお顔のお父様とジョージお兄様に抱きしめられ「わたくし」は現実を受け止めた。


「あぁ、エリザベス!!良かった!医者は風邪だろうと言っていたが、このまま目覚めなかったらと心配で心配で…!」


「エリー、大丈夫かい?どうやら熱冷ましが効いてくれたようだけれど、辛いところはないかい?」


「…お父様、お兄様、ご心配をお掛けしてごめんなさい」


お父様とお兄様に矢継ぎ早に話しかけられ困惑しつつも、お二人の深い愛情を感じて何だか肩の力が抜けていく。


(とは言え、もう少し自分が悪役令嬢エリザベス・グリサリオだと実感するのにインターバルが欲しかったわね…。ほら、鏡で自分の姿を見てとか定番じゃないかしら?)


「エリザベス?」


(あら?インターバルって何だったかしら?えーと、そうそう前世の「私」の暮らしていた日本と言う国には日本語の他に外来語があって…)


「ジョージ、少しエリザベスの様子がおかしい…。客間にいる医者をすぐに呼…」


「わ、わたくしなら大丈夫ですわ!」


(いけない、まだ少し「わたくし」の「私」で混乱していて思考が散り散りになってしまうみたいね)


改めて答えてから、目の前のお二人に集中しようと、そっと視線を戻す。


グリサリオ公爵家の当主であるお父様は、いつもなら後ろにキッチリと撫でつけてある銀髪が少しほつれてしまっているし、お兄様のその輝く銀髪と金色の瞳から「月明かりの君」と呼ばれている美貌も何だかキラキラ度が下がってしまっている…。


「もしかして、一晩中ずっとわたくしの看病を…?」


「家族なんだから当たり前だろう?」


「エリーはわが家の大切な宝物だからね」


「ありがとう…」


愛おしそうに微笑むお二人を見て、自分がエリザベス・グリサリオである事実を悲しんだことに罪悪感を感じてしまう。


グリサリオ公爵家はお父様とお兄様とわたくしの3人家族。

どんなに仲の良い家族であっても、高位貴族が自ら看病をするなんてとても珍しい事だけれど、それには理由がある。


お母様がわたくしを産んで三月ほど過ぎた頃に、流行病であっという間に儚くなってしまったから…。

お父様もお兄様も、愛するお母様を失った悲しみがあまりに深くて「お母様の忘れ形見」であるわたくしにとても心配性で過保護だ。


(こんなに大切にされているんだもの、わたくしが婚約破棄の末に毒殺なんてされたら、お父様とお兄様がどんなに悲しむか…!わたくしは絶対に絶対に悪役令嬢なんかにならないわ!)


「さぁ、喉が渇いたろう?果実水を飲むかい?」


「熱が下がってもくれぐれも無理をしてはいけないよ、ほら起き上がっちゃ駄目だ」


「お父様とお兄様こそ、少し疲れた顔をしてらっしゃるわ。逆にお二人が倒れたら大変だもの、わたくしはもう大丈夫だから、ご自分のお部屋に戻ってお休みになって」


甲斐甲斐しくわたくしの世話を焼こうとするお二人を慌てて笑顔で押し止める。


「お嬢様のおっしゃる通りですよ。旦那様も若様も後はこのラリサにお任せくださいませ。昨夜はお嬢様の一番お側での看病をお譲りしたんですから、今度は私の番です!」


ずっとドアの前に控えていた侍女のラリサがそう言うと、お父様とお兄様は顔を見合わせて吹き出した。


「わかった、わかったラリサ。エリザベスの顔色もだいぶ良くなったようだしね」


「少し休んでくるから後は頼んだよ」


「はい、お任せ下さいませ」


そう言って部屋を出ていくお二人の後ろ姿を見送りながら、そっとため息をつく。


「お嬢様、さぁ果実水をどうぞ」


ラリサからグラスを受け取って喉を潤すと、ようやく人心地ついた気がする。


「ありがとう、ラリサ」


「本当にお熱が下がって良うございました。体調はいかがですか?もし何か少しでもお口に入りそうなら…」


「そうね、…ミルク粥なら少し食べられそうだわ」


「ではすぐ厨房に行って用意させますね」


「わたくし、ミルク粥を食べたらまた少し眠るわ。そしたらラリサも休んでね。だってあなたもほとんど眠っていないんでしょう?」


「私の事までそんな…。お嬢様は本当になんてお優しいんですか。お嬢様にお仕えできてラリサは王国一の幸せ者です…」


優しい茶色の瞳を潤ませるラリサを見て焦ってしまう。


(私の看病で眠っていないであろう皆の事を労りたいのも本心だけど、早く一人になって前世の記憶を整理したい気持ちもあるから何だか後ろめたいわ…)


「ラリサったら大袈裟よ。それに熱が出たくらいでお父様とお兄様を呼び戻したのも、ずいぶん大袈裟だと思うわ」


「お二人に早馬を出したのは家令のエリックさんですよ。お嬢様の一大事ですもの、もしお知らせしなかったらお二人から大目玉です!」


(早馬!?まさか早馬を出したの!?本当に家族だけでなく、公爵家で働く誰もが重度の過保護なんだもの…)



ラリサも部屋を出て、わたくし一人になったところで改めて「私」の前世の記憶を振り返る。


わたくしの前世の「私」は、日本と言う国に生まれた相田美希と言う名前の女性だった。


身分制度は無く、女性も男性と同様に社会に出て働くのが当たり前の世界だったので、大学進学と同時に上京して、そのまま都内の会社に就職し毎日必死に働いていた。

都内での一人暮らしは金銭的にも余裕がなくて、たまのご褒美はコンビニスイーツ。

休日の唯一の楽しみは、ハマっていた小説「うる薔薇」の世界にひたすら浸ることだった。


そう、「うる薔薇」こと「悠久の麗しき薔薇に捧ぐ」シリーズ。

いまの「わたくし」が生きるこの世界の物語…。

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