12.
兄・ジョージの視点です。
グリサリオ公爵家のジョージ・グリサリオは、夜遅くに帰宅した父と話し合う為、執務室を訪ねていた。
「ほう、アプロウズの嫡男がエリザベスをな…」
「はい、お疲れのところ申し訳ありません」
「それは構わんが、ジョージは知っていたのか?」
「まあ、薄々ですが」
「さすがに無理な話だな、陛下も良い顔をなさらないだろう」
子供の頃から悪友だったオリバー・アプロウズの、いつも気付かれぬよう、そっとエリーを見つめていた顔を思い浮かべる。
(そうは言っても、あの男は引き下がりませんよ、きっと)
「陛下はエリーの件はまだ…?」
「本来は穏便に解消すべきだったが、陛下はずいぶん渋っておられた。結局無理押しをして婚約を破棄してしまったから、毎日不平をもらしておられるよ」
父上は大きなため息をついた。
「仕方ありません、エリーが母上のお告げで、王家に嫁ぐことに随分怯えていましたから。あまり時間をかけるのも可哀想でした。…そのかわりグリサリオから提示した慰謝料は、補って余りあるはずですよ」
「そうだな。しかしエリザベスの危険を知らせるだけでなく、私達の側にいるようにとは…。
残していった私達が寂しくないよう、亡き後も案じてくれているのだな…」
「正気ですか父上」
「ん?何か言ったか?」
「ゴホッ、いえ。
母上は愛情深い方でしたから」
適当に誤魔化して答えつつも、目頭を押さえる父を信じられない思いでみつめた。
(エリーが母上のお告げなどと言い出した時は、なぜそんな見え透いた嘘をと思ったが…。
父上には効果絶大だったみたいだな)
グリサリオ公爵家の屋台骨は、嫡男である自分がしっかり支えなくてはと、決意を新たにしたジョージだった。
「では、報告は以上ですので僕はこれで」
執務室に飾ってある母の肖像画を見つめ、亡き妻との想い出に浸っている父の横顔に声を掛け、執務室を出た。
「!」
廊下へ出た瞬間、声を上げなかった自分を褒めたいと思いながら、扉の前で聞き耳を立てていたらしき妹に微笑んだ。
「エリー、こんな遅くに用事があるのは父上かい?それとも僕?」
「…お兄様です」
「そう、なら君の部屋で聞くよ。体が冷えてしまってまた熱が出たら大変だからね」
そう言うと、気不味そうにしている妹の背中に優しく手を添えて、一緒に歩き出した。
「わたくし…。婚約の件ではご迷惑をお掛けしてしまって…本当に申し訳ありませんでした。それに…お告げのこと、やっぱりお父様に謝ったほうが…」
「いや、父上には救いだったろう」
「えっ?」
「お二人は政略結婚だったんだよ、それでも父上は母上を溺愛されていたけれどね。ただ、母上からの愛情は、少し不安に思ってらしたようだった」
「そうだったんですの…」
「だから、娘の夢であろうと、妻が自分のことに触れていて喜んでおられるよ。このままにしておいてあげよう」
「…はい」
「それに婚約破棄についても、そもそもあちらの瑕疵だしね。ゆくゆくは払ったものをしっかり返してもらうさ」
(そう、グリサリオの一人娘を、僕の一番大切な妹を断罪して毒殺するなんて、専横も甚だしい!)
「お兄様はわたくしの前世の話を、信じてくださるの…?」
エリーがその綺麗な銀髪を揺らして、不思議そうに首を傾げ僕を窺ってくる。
「もちろんだよ。まぁ、不思議な話だけれど、君が信じているなら僕も信じるさ。エリーの瞳に嘘は無かったからね」
妹は一瞬目を瞬かせ、僕と同じ淡い金色の瞳を潤ませた。
「お兄様、ありがとうございます。わたくし二度とお兄様に嘘はつきませんわ!」
「そうしてくれると嬉しいよ」
妹の愛らしい笑顔に癒やされながらも、あの漆黒の髪色をした悪友が頭に浮かぶ。
近い未来に、この宝物が攫われるであろう事実に、ジョージは心がやさぐれるのだった。




