10.
「今朝は公爵閣下はご一緒ではないの?」
「ああ、父は昨夜は王宮泊まりでね。せっかく慌てて来たのに、残念だったな」
「…何だかあまり心がこもって無さそうだけど?閣下には改めてご挨拶に伺うよ」
お兄様とオリバー様の会話を、淑女の微笑みで聞くとはなしに聞く。
(お父様にご用だったのかしら。それにしても、婚約者探しについては、お父様に直接お話ししたほうが良さそうね…)
「それはそうと、今朝のエリザベス嬢はまるで月の女神の化身のようだね。淡くて触れたら消えてしまいそうだ」
「ふふふ、お口がお上手ですのね」
(分かるわ!全身黄色で薄ぼんやりしているものね)
「夜闇の君」がその美しい紺碧の瞳を艶めかせながら語る社交辞令を、適当に流しながら、ミモザソースのかかった前菜を一口食べた。
(「お母様のお告げ」の副作用で食卓まで公爵家カラーだわ…)
「社交辞令じゃないんだけどな。ねぇ、さっきは二人で何の話をしていたの?」
「あら、何だったかしら?」
「嫁ぐのどうのと言っていたようだけど」
「…そうだったかしら」
お兄様の顔色を窺うが、黙々と食事を進めていて、助け船は出して下さらないようだ。
「王太子殿下との婚約が取り止めになったとの噂を聞いたよ、まさかもう他の誰かと、なんてことは無いよね?」
「どうなのかしら。…そういったことはお父様とお兄様にお任せしていますわ」
(いずれ王太子妃になる者として、籠の中の鳥だったわたくしに、どんな出会いがあるというのかしら…。だからこそ急いで次を探さなきゃいけないのに!)
前世の記憶を思い出して、ここが「うる薔薇」の世界だと知った時に、決めたことは2つ。
王太子殿下との婚約を阻止すること。
新しい婚約者を探すこと。
単純だけれど、別の誰かと婚姻してしまえば、物語は大きく改変されることになる。
(お兄様のお陰であっさり婚約破棄はできたものの、毒殺なんて未来はこれでもかと踏み潰して、早く安心したいわ…)
心の中でそっと作者様に手を合わせる。
(ごめんなさい、勝手に変えて…。でもそもそも第1幕ってエリザベスにひどい結末すぎるわよ!)
「色んな噂が飛び交ってるけど、理由はなに?」
「王家に関わる事ですので…」
「殿下のことが嫌いになったの?」
「まさかそんな…。殿下は素晴らしい方ですわ。(ハニトラに引っかかるけど)」
「想い人が出来ちゃった?」
「………」
高位貴族とは思えない率直な質問の嵐に絶句する。
(えーと、アプロウズ家のオリバー様ってこんな方だったかしら!?以前はお兄様のご友人として、もっと節度のある態度だったような)
「ふーん、どうやら相手はいなそうだね、もしそうならジョージも呑気に朝食の席にいないだろうし…」
オリバー様がチラッとお兄様を窺い、何やらブツブツ呟いているが、よく聞こえない。
「じゃあ、僕もエリーと呼んでいいよね?」
「は?」
「僕のことはオーリと」
「…はい?」
「じゃあ決まりね」
にっこりと蠱惑的な微笑みをするオリバー様を見て、公爵令嬢として不用意に返してしまったことに気付く。
「いいえ、あの、今のは返答ではなく…!」
「オリバー!さすがに距離をつめ過ぎだ!馴れ馴れしすぎるぞ」
(なんの冗談?…殿下との婚約がなくなったから、気軽な態度ってことかしら?早く解放されて図書室で貴族名鑑を再チェックしたいのに…。)
ようやくお兄様がオリバー様を止めてくれたのでホッとしていると、爆弾は落とされたのだった。
「だってエリーは「王家の鳥籠」から外へ出るんだろう?
なら僕のところへおいで」




