1.
ある晩、高熱に魘されて目が覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
思わず絶叫してしまった途端、ドアの向こうの廊下から慌ただしい足音が聞こえてくる。
「お嬢様!いかがなさいました!?」
「まあ!お顔が真っ赤ですわ!それにひどいお熱を…!」
「大変だ!王宮の旦那さまのところと、寄宿学校のジョージ様に早馬を!」
「すぐにお医者様を…!」
駆けつけた侍女や家令が大慌てで対応を始める。
「エリザベスお嬢様、すぐお医者様が参りますからね」
「はぁ、はぁ、ありが…とう、ラリサ」
(思わずあまりの衝撃に叫んでしまったけれど…。良かった、エリザベスとしての記憶もしっかりあるわ…。えーと、幼い頃から側にいてくれた侍女のラリサに家令のエリック…。
確かお父様は今夜王宮でまだお仕事をなさっていて、お兄様は2年前から貴族の子女が通う王立魔法学院の寄宿舎にお住まいで…。わたくしも今年16歳になると入学する事に、うんうん大丈夫そうだわ)
熱に魘されながらも、しっかり現状把握をする。
先程、寝苦しくて目が覚めた途端、前世の記憶が一気に頭に流れ込んできて、自分が以前地球にある日本という国に生まれた女性で、毎日朝から晩まであくせく働き、たまの休日の楽しみはハマっていた小説を読んで現実逃避…そんな人生を思い出していた。
ラリサが氷魔法で布巾を凍らせ、おでこを冷やしてくれるのを見ながら、改めてここがあの「うる薔薇」の世界なんだと実感する。
そう、あのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐ」シリーズ。
新刊の発売日にはあまりの読みたさに有給取得してしまったほど好きでハマっていた…。
まさか、私がシリーズ第1幕に出てくる悪役令嬢エリザベスに転生だなんて。
(まってまって、もしかして変な夢を見てるだけってワンチャンあるかも…。「うる薔薇」にハマりすぎてたし。もう、自分が「わたくし」なのか「私」なのかすら混乱してきたわ。とりあえず熱で辛すぎるからこのまま寝てしまいたい…。きっと目が覚めたら1LDKのアパート…だよね)