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クローザー哲

作者: 郁田巧

初の野球小説です。

お手柔らかに。

クローザー

試合の最終盤に味方がリードしている場面で、最後に投げる投手のことをさす。


10月5日

パリーグ最終戦。

ライオンズ対ホークス。

勝ったほうが優勝ということもあり、チケット完売にもかかわらず球場外にはチケットを持たない客が溢れかえっていた。


その異常事態の中、ライオンズの抑え投手、東谷哲(ひがしたに てつ)はいつも通りにアップを済ませ、試合開始を迎えていた。


ライオンズの先発はルーキーながら8勝を上げている笠木。対するホークスの先発は今シーズン15勝2敗で2年連続で最優秀防御率に輝いた平沢。

試合は緊迫する投手戦となり、どちらの投手もランナーを出しながらも点を与えない。


試合が5回に入ると、東谷はプルペンに入る前に入念にマッサージを受けていた。

今年で38歳になり、日米通算で300セーブを達成しているベテラン投手は、登板前には左腕のマッサージを欠かさない。

投手は球数を投げ続けることにより血行障害を引き起こすことがあるため、日頃からのケアが重要である。

むろん、8年もメジャーリーグにいた東谷にとっては釈迦に説法だが。


「哲さん、終わりましたよ」

話したのはマッサージ師の山室だった。

「ありがとう。今日も勝つから」

東谷がそういうと、プルペンへと向かった。

プルペンでは左投げの中条と、右投げの坂本が準備していた。

いずれも今シーズンの防御率が1点台の優秀な中継ぎ投手である。

防御率は9イニングの平均自責点をさす。そのため、自責点が少ないほど低い数値になるため、数値が低いほど良い。


プルペンには控え投手のほか、ブルペン担当の投手コーチの赤城、ブルペン捕手の原田、熊谷、椎名の3人が常駐している。


ブルペンに東谷が入った時にはすでに6回の裏を迎えていた。この回の先頭打者はチームの主砲で今シーズン41本のホームランを打っている阿波連賢二(あはれん けんじ)

阿波連は初球から打った。

打球はレフトのポール際に上がる大飛球。

打球がポールの上を飛び越えていったが、判定が微妙なため審判団が独自でリプレー検証を行うこととした。

通常、リプレー検証は「監督が審判の判定に異議がある場合、ビデオ映像によるリプレー検証を求めることができる」というルールにより行われ、監督がリクエスト権を行使できる回数は1試合につき2度(ただし延長戦に入った場合はそれまでの回数に関わらず1イニングにつき1度)となる。

リプレー検証の結果判定が覆れば回数は2度のまま継続、判定通りなら1度ずつ権利が減る。


3分ほど経ったところで審判が出てきて、バックネット裏放送席からマイクを受け取る。


「責任審判の田島です。只今の判定についてご説明します。只今、打球がポールの上を飛んで行きましたが、打球がポールからファールゾーン方向に飛びましたので、ファールとして試合を再開します」


この判定によりライオンズファンからは激しいブーイングが飛び、観客は怒り心頭だった。

結局阿波連は力んでしまい、次の球を空振り。

3球目は打ち上げてしまいサードフライ。


「5番、指名打者、ミゲル」

次のバッターは今シーズン31本のホームランを放っているミゲル。

その初球は、肘に当たるデッドボール。

ミゲルは今にもヘルメットを叩きつけないかという勢いで、投手を睨みつけていた。


このデッドボールによりミゲルは一応ベンチに下がって手当てをすることとなった。

時間稼ぎではあるが、大事をとって手当をするのはよくあることである。

そしてミゲルがベンチから出てきた時にはライオンズファンからの拍手を受けて一塁へと向かった。

次のバッターは6番の大塚。

6球粘ったものの、7球目を打ち取られてしまいショートゴロ。

誰もがダブルプレーを覚悟した次の瞬間、ミゲルがセカンドの堂島を目がけて激しいスライディング。

これで堂島は倒れ込み動けなくなってしまう。

しかし、このプレーにホークスのファーストのアルバレスが激怒。元々アルバレスとミゲルはプレースタイルが似ていて、成績もほとんど同じだったこともあり、MLB時代には幾度となく確執があったため、2人は取っ組み合いの乱闘を始めてしまった。

両軍共にベンチから全選手が飛び出してきてなんとか両選手を止めに入る。

8分間の激しい殴り合いの末、ようやく乱闘が収まり、全選手が一度ベンチへと引き上げた。


そして責任審判の田島が再びマイクを受け取る。


「責任審判の田島です。只今、一塁走者のミゲル選手がアウトになり、その直後にスライディングで堂島選手を故意に転ばせ、守備を妨害しましたので打者走者の大塚選手もアウトとして試合を再開します。なお、ライオンズのミゲル選手、ホークスのアルバレス選手を暴力行為により退場処分とし、この試合を警告試合といたします」


警告試合は試合中のプレーによって乱闘、または乱闘に至らなくても両チームの選手による睨み合いなどで一触即発の状態に発展、または危険球を投じたことにより、その後相手チームによる報復行為が行われる可能性があると審判団が判断した試合である。

警告試合が宣言された後は、危険な投球などが報復行為であると審判員が判断した場合、理由の有無問わず、報復行為を行った選手や、当該チームの監督に退場を宣告することができ、特に死球の場合は回数や危険球か否かを問わず退場させることができる。


「大変なことになったな、坂本。気を引き締めてかかれよ」

赤城コーチは坂本に声をかけ、ブルペンから送り出した。


「ライオンズ、ピッチャーの交代をお知らせします。笠木に代わりまして、坂本。ピッチャー、坂本。背番号28」

アナウンスとともに坂本の登場曲が流れ、ライオンズファンは坂本に声援を送った。


先ほどの乱闘で警告試合となる異様な事態となったが、坂本はホークスの打者を冷静に三者凡退に抑え、ライオンズのラッキー7を迎える。

青一色のジェット風船が飛び交い、完売御礼のアナウンスが流れると、スタンド内は自然と拍手に包まれた。


ライオンズはホークス先発の平沢を打ちあぐね、結局7回裏は三者凡退で無得点。


「中条、坂本があれだけのピッチングをしたんだ、お前もがんばれよ」

そう言って赤城コーチが中条を送り出す。


「ライオンズ、守備の交代をお知らせします。先程代打いたしました吉田に代わりまして、キャッチャーに真中が入ります。9番キャッチャー真中、背番号39。ピッチャー、坂本に代わりまして、中条。ピッチャー、中条。背番号19」

アナウンスとともに中条の登場曲が流れ、ライオンズファンは登場曲に合わせて手拍子をしつつ、中条に声援を送った。


8回になると、東谷がブルペンで投球練習を始める。

最初の5球はストレート、それ以外は変化球とストレートを交互に投げる。これが東谷の流儀であった。


中条はランナーを出すものの、打たせて取るピッチングでホークスに点を与えなかった。


8回裏、ライオンズの攻撃。

バッターは1番の刈谷。平沢が投じた3球目、球が刈谷のユニフォームをかすった。

これでデッドボールを宣告され、平沢は退場。

急なことだったが、ホークスは投手交代。

「ホークス、ピッチャー平沢に代わりまして、山中。ピッチャー、山中。背番号14」


山中はここまで防御率0.78、40ホールドの成績を残す優秀な投手である。


「バッターは2番、ショート江藤」

江藤が左打席に入る。

左対左という不利な場面、江藤は奇襲に出た。

なんと意表を突いたプッシュバント。

山中は反応したものの、打球を取ることができず、内野安打を許してしまった。

ノーアウトランナー1塁2塁のピンチを迎える。


しかしながら、3番の森田をキャッチャーフライに打ち取り1アウト。

この場面でバッターは阿波連を迎えた。

しかし、ホークスの監督はここで申告敬遠を行い、満塁策を取る。

ライオンズベンチは退場になったミゲルに代わり代打を送る。


「バッターは、5番、ミゲルに代わりまして、川口。バッター、川口。背番号6」

暴力行為で退場になったミゲルに代わって右打席に入った川口は今年37歳のベテラン。勝負強いバッティングが彼の売りである。しかも体型に似合わずかなりの俊足である。


初球、2球目と見送り、カウント2ボールからの3球目。

川口は打ち気を殺して見送り、3ボールに。

その後、4球目は見送り、ストライク。

山中が投じた5球目を川口が打った。

打球はセンターのフェンス際まで届く大飛球。

上がりすぎではあるが、犠牲フライには十分。打球がセンターに捕られたのを確認して2塁ランナーと3塁ランナーがタッチアップ。

3塁ランナーはホームイン。2塁ランナーも3塁へ。


1対0

ようやく均衡が破れた。


まるでグラブを叩きつけないかのような顔をして、山中は悔しがっていた。


その後、大塚はショートゴロで3アウトチェンジ。


「東谷、気負うことはない。いつも通りに行けばいい」

赤城コーチからの言葉を受け取り、東谷が小走りでマウンドへと向かった。


「ライオンズ、ピッチャーの交代をお知らせします。中条に代わりまして、東谷。ピッチャー、東谷。背番号21」

球場のボルテージは最高潮にまで高まっており、登場曲が聞こえなくなるほどの大歓声が上がっていた。


東谷が投球練習をする前に、キャッチャーの真中がマウンドに駆け寄る。

真中は高卒2年目のキャッチャー。

「哲さん、どう料理しますか?」

「今日は、お前がやれ。サインがダメなら1回首を振る。2回振ったらフェイクだからな。心してかかれよ」

「はい」

打ち合わせが終わり、投球練習に入る。


キャッチャーが2塁に投げたところで投球練習が終わり、9回の攻撃が始まる。

「9回の表、ホークスの攻撃は、8番、菅井に代わりまして、玉木。バッター、玉木。背番号91」

左の菅井に代わり、右の玉木が打席に入った。

この玉木というバッターは、長打力のある若手だった。


東谷がサイン交換にうなづき、1球目を投げる。

インコース低めのストレートを、玉木が捉えた。

だが、打球はセンターフライ。センターの刈谷ががっちり掴んでアウト。


「バッターは、9番、福士に代わりまして野崎。バッター、野崎。背番号25」

野崎は左投手にめっぽう強いバッターである。


初球は外角低めにカーブ。

これを見送り、ボール。

2球目は外角高めにストレート。

この球は打たれこそしたが、スタンドに入るファールボール。

3球目は外角低めにチェンジアップ。

タイミングを崩されて見送り2ストライク。

ここで東谷は首を振った。それも2度である。

首を振るという行為はサインに従わないという意思である。

これを2度繰り返したことで、狙い球はわからなくなった。

そして4球目、真ん中低めにフォークボール。

これを振ってしまい、スイングアウト。

2アウト。あと1人である。


「1番、ショート、本山」

本山はスイッチヒッター。相手が右投げの時には左打席に入り、左投げの時には右打席に入る。

今シーズンの打率は3割を超えており、出塁率も4割近い嫌なバッターである。

おまけに盗塁もリーグ2位の35盗塁と、塁に出れば走ってくる危険性もある。


(嫌だねえ。こんな時にこいつとは。しかも、足が速いからなぁ)

東谷は内心嫌な顔をしていた。

当然ながらあと1人抑えれば優勝である。


こういう場面が投手として一番嫌なのは百戦錬磨のクローザーである東谷が一番よくわかっていた。


少し間をおいて、1球目が投じられる。

外角低めのシンカー。これはボールと判定された。

今度はテンポよく2球目を投げる。

同じく外角低めのシンカー。これを本山が打つも、打球はファール。

カウント1ボール1ストライク。

3球目は内角高めのストレート。今度の球にも本山は手を出した。

打球はバックネットに当たるファールボール。

2ストライクを取ったことにより、観客席からは大歓声と拍手が沸き起こる。

少し間をおいて、4球目が投じられる。

外角低めのカーブ。これはボールと判定された。

カウント2ボール2ストライク。

そして、5球目。渾身のストレートが内角低めに決まった。


「ストライク!バッターアウト!」

審判のコールとともに、東谷が派手に飛び上がり、キャッチャーの真中が東谷に駆け寄る。

同時に、ベンチからすべての選手が飛び出す。


「哲さん!やった!」

「真中!最後はノーサインなのによく捕ったな!」


二人が派手にハイタッチを決めると、遅れてきて監督が登場。そのまま胴上げがされた。

7回胴上げされたところで、今度は殊勲打を放った川口が胴上げされる。

なお、投手は胴上げの輪に加わらないのがこのチームではお約束。


試合終了

ライオンズ 1-0 ホークス


その後、ヒーローインタビューが行われた。

今日のヒーローは殊勲打を放った川口。


しかし、今夜はこれで終わらない。

優勝決定の夜といえば、当然ビールかけである。

なお、未成年は当然参加禁止。

選手会長の刈谷が、挨拶を行い、ビールかけ開始。

用意されたビールを片っ端からかけまくる。

東谷に限らず、ほとんどの選手が顔中ビールまみれになる。


そのあと、クライマックスシリーズが始まった。

優勝したライオンズはファイナルステージからとなる。

レギュラーシーズン1位(1勝分のアドバンテージが与えられる)のチームとファーストステージ勝者のチームが6戦4勝先取制で争い、勝者が日本シリーズへの出場権を得る。

ちなみに全試合をレギュラーシーズン1位のチームの本拠地で戦う。

相手は最終戦で優勝を逃したホークスだった。


(以後、特記なき場合は東谷の登板はありません)


第1戦は6対0でライオンズの勝ち。

第2戦は2対0でライオンズの勝ち。

この日の東谷はリリーフで登板。3者連続三振と素晴らしいピッチングを見せた。

第3戦は1対6でホークスの勝ち。

第4戦は11対2でライオンズの勝ち。


ライオンズは日本シリーズ進出を決めた。


日本シリーズの対戦相手は2連覇がかかっていたスワローズをクライマックスシリーズで倒したベイスターズだった。

日本シリーズは西暦奇数年は第1、2戦と第6、7戦がパリーグの本拠地での試合となり、西暦偶数年は第3戦から第5戦までがパリーグの本拠地での試合となる。セリーグはその逆となる。

今年は西暦偶数年なので第3戦から第5戦までがパリーグの本拠地での試合となる。

第1戦

4対2でライオンズの勝ち。

東谷は9回の裏に登板。打者三人を打たせて取る素晴らしいピッチングを見せた。

第2戦

7対1でライオンズの勝ち。

第3戦

3対5でベイスターズの勝ち。

第4戦

5対0でライオンズの勝ち

第5戦

1対1の同点で迎えた9回表、東谷はマウンドに上がることはなかったが、延長戦に入った場合は10回の表だけ投げるように指示が出ていた。

試合はその裏、ミゲルが劇的なサヨナラ2ランホームランを放ち、ライオンズが勝利。日本一の栄冠をつかみ取った。


それから月日はしばらくたち、東谷は契約更改を迎えていた。

東谷はMLB時代には代理人を雇っていたが、今は自身で単独交渉をする。

とはいっても年俸に不満はなく、2億円プラス出来高払いで契約を更改した。

これはなにも東谷だけに限らず、近年は契約更改の前に下交渉をすることが多くなったことや、査定方法がより細かくなったことなどから、保留する選手がほとんど現れなくなったためである。

出来高払いの内容は最多セーブならさらに5000万円、最多セーブでかつ日本新記録ならプラス3000万円というものである。

契約更改が終わればシーズンは終わりだが、来シーズンに向けての体力づくりをしなければならない。

東谷はその足で郷里の湯田中に帰り、2日だけ湯治をして、それからV旅行を挟みつつ、オフのトレーニングである。


2月1日

また、プロ野球のシーズンが始まる。



おわり

ご覧いただきましてありがとうございました。

ライオンズファンの私が筋書きのあるドラマを無理やり書いて縁起を担がせるというものでしたが、いかがでしょうか。

あくまでもフィクションですので、ホークスファンやベイスターズファンやスワローズファンの方が気を悪くされたとしても笑って許してください。

これを機に私のほかの作品を見ていただけたら幸いです。

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