第八章
これで最終話です。今までご愛読ありがとうございました!!
朝早くの部室にりょーた先輩とららちゃん先輩以外の部員が集まった。
なぜかというと昨日私が見つけた萌さんかもしれない人が書いたノート数冊を見るためだ。
とにかくりょーた先輩とりょーた先輩といつも行動を共にしているららちゃん先輩が来る前にこのノートについて話し合わないといけない。
「本当だ。『ギモーヴ』に載っている萌さんが書いた小説のネタとこのバインダーに載っているネタが一緒だ。しかもこの黄色のノートに載っている詩も載っている。
後『神降ろしの五族』のレポートも載っている」
あっちゃんが何冊かのノートとのーくんが持ってきた『ギモーヴ』を見比べる。『ギモーヴ』は創部されてから去年の三月まで発刊されていた部誌で、萌さんの作品が載っている。
萌さんの作品が載った部誌は現在部に無くて、しかも現在は『三笠』に名前が変わったから今となっては貴重な部誌だ。
「要するにキーナの父親の違うお姉さんが萌さんで、萌さんの異父弟かつキーナの異父兄がりょーた先輩ってことなのかな」
「そういうことになるね。もしこれらのノートが萌さんの書いた物だったら」
「そうみたい。色々見てみたけど、これらのノートは萌さんの物だよ」
あっちゃんが私達に丁寧な説明をしてくれる。『ギモーヴ』とノートを見せながら説明してくれるのでとっても分かりやすい。
「ということはこれが萌さんの遺書ってことになるのかな」
赤いノートの最後に書いてあった文章を示すやっちゃん。
「そうだよ」
あっちゃんが同意する。れいちゃんが信じられないという顔をしながらノートを見て、私達もノートを見る。
昨日読んだから分かるけど、遺書とかいう立派な物では無くてあえて言うなら適当に書いてみましたという感じだった。
「意味がよく分からない」
れいちゃんは必死にノートを読んでいる。だけどこの文章は何の因果か分からないけど純文学並みに技巧を凝らしていて、ジャニーズと漫画以外に興味の無いれいちゃんには分からないみたいだ。
「確かに意味が分からない」
やっちゃんも首をひねる。そういえばやっちゃんも難しい本をあまり読んでいないから分からないかもしれない。
「本当です。辞書が必要です」
のーくんはノートをにらみつけている。どうやらのーくんも意味が分からないようだ。
「難しい」
あっちゃんも全く分かっていないみたい。
分かることはただ一つ。この文章には中身は無くて、歪んでままらない世界に対する不満、国の借金に関する恐怖など世間で普通とされていることを淡々と書いてあるだけだ。
たぶんこれは遺書でなくて覚え書きなのかもしれない。それとも適当に書いてみましたという感じだろう。
終わらない世界に対する絶望、生に対する絶望、分からないことに対する絶望、誰も信じられない絶望、いつまでも生きなければ分からない絶望。
昨日も読んで思ったけど、ダーク系のライトノベルよりも読んでいて気が重くなる。だから本当なら私も他の人みたいに意味が分からない方が良かった。
「まあこの文章は置いといて」
あっちゃんがギブアップ宣言する。
「要するに萌さんには生きる価値が分からなかった。何のために生きるのか、何で生きているのか。
かなりマイナス思考だったみたい」
「そうかも。かなりネガティブ思考な言葉がいっぱい使われているし」
やっちゃんはノートをじっくり見る。どうやら漢字の意味くらいは分かるみたいだ。
「本当だー」
「本当ですね」
あっちゃんとのーくんがノートを見て同意する。でもれいちゃんはいまいち分かっていないみたいだ。
「ノートの話題はこれで終わり。これからは話し合わないといけないことがあるよ」
あっちゃんは威勢良く机をたたく。えっそんなことあったかな?
「要するにこのノートは萌さんの物であることが分かった。
そして萌さんは遺書かどうか分からないけど、自筆のノートを異父妹に残した。
そしていくつかの持っていた物をプレゼントした。
それじゃあ私達が出会った人は本当に萌さんなのか、そして本当にりょーた先輩とキーナが萌さんの異父弟妹なのかっていうことだよ」
あっちゃんは力説して、もう一度机をばんと叩く。いやいやそんなに強く叩くと、本が傷んだり物が飛び散ったりするから止めて欲しい。
「どうやってお姉ちゃんは実の家族のことを知ったんでしょうか?」
れいちゃんが質問する。そういえばそうだ。どうやって萌さんは家族について調べたのだろうか?ネットかな、それとも探偵を雇ったのかな?
「戸籍を見たら分かるよ。特別養子縁組でもね。
後母子手帳を見たら分かるよ。あそこには実の母が記載されているから」
あっちゃんが素っ気なく答える。
「それじゃあキーナの戸籍とりょーた先輩の戸籍を見たら分かるね」
「別にそんなまどろしいことをしなくても分かるけど」
やっちゃんはたぶん私やりょーた先輩の心情を慮っているのかもしれないけど、私的にはどうでも良い。
「お母さんの妹に聞いたら、確かにお母さんには三人子供がいたらしいよ。
一人目はいつのまにかいなくなっていて、二人目は父親が引き取ったって。
その時はまだその人は子供だったけど、子供でも分かるほどごたごたしていたらしいよ」
もちろん簡単には答えてくれなかった、それでも何度もメール責めにしてようやく得た答えだった。
「家族だから信用できるかも。ところで萌さんが自殺したことをその人は知っていたの?」
「知らなかったみたい。そのことを言ったら絶句していたから」
そもそも知っていたらもっと難しかっただろう。あなたには異父姉がいて、その異父姉が二年前に自殺したとは簡単には言えない。
「それじゃあこの話は本当だとして、私達が会った人は本当に萌さんなのかな。
私は一応もらった物を持ってきたよ」
「私も」
あっちゃんは雑誌の付録を取り出し、やっちゃんもノートパソコンを取り出す。私は別に送られたゲーム機とソフトを取り出す。
「お姉ちゃんはこの雑誌を定期購読してましたし、こんなノートパソコンを使ってました。
それにこんなゲームソフトを持ってました」
れいちゃんは私達が取り出した物を見て驚いている。どうやら全て見覚えがある物だったらしい。
「何でお姉ちゃんは私以外の人には色々な物をあげたのに、私には残さなかったんだろう」
れいちゃんは私達が持ってきた物を見て落ち込む。そういえばそうだ、何でれいちゃんには萌さんは何も残さなかったのかな。
一応戸籍上は妹だというのに。
「いや残していたよ、きちんと。私達がもらったのとは違って特別な物をね。
ほらキーナ以外は適当に配られた物で、私達がもらったのは単に運が良かっただけ」
「でも私は何ももらいませんでしたよ」
「萌さんの部屋が万華鏡みたいになっていたよね。あれだよ。
あれは単純に綺麗だから作った訳では無く、たぶん未来を現していたのだと思う」
あっちゃんがわけの分からないことを言い出す。
「なんで万華鏡が未来を現しているの?意味が分からないけど」
それこそ見て綺麗と思うだけだって。
「万華鏡の飾りにあたるおはじきとビーズがあったよね。
寒色のおはじきと暖色のビーズ。これは色で人生を現していると思う」
寒色と暖色、対照的な色合い。私は萌さんの部屋に行ったときはよく見ていなかったから分からないけど、あっちゃんがそう言うならそうなのだろう。
「確かにそうだったよ。鏡の上に置いてあって綺麗だった」
やっちゃんが同意する。やっちゃんはよく見ていたから、分かるのか。
「それに何の意味があるのですか?」
れいちゃんがいらだっている。さっきから落ち込んだり苛立ったり感情をころころ変えているなと、場違いだけど思う。
「おはじきが不幸だとか辛いこととか人生で避けたいことを示していて、ビーズが幸福や幸せなこととか人生で得たいことを示している」
寒色が嫌なことで暖色が良いことって、色の印象からそう決めたのだろう。
「おはじきは大小様々な物があったし、それにビーズにも大小様々な物があったよね。
あれは人生で色々なことがあるけど、生きていてというメッセージだと思う。
ま、あんな風に部屋を変えるのは大変だよ。
部屋の中を空っぽにしたかったから物をあちこちで配ってかもしれないし」
それで未来のイメージなのか、辛いこともあるけど良いこともあるよっていう萌さんかられいちゃんに宛てた最後のメッセージ。あの万華鏡のような部屋はとても綺麗だった。未来をうきうきと考える人の心情のように綺麗で、悪いことは何も起きないような気がするほど見ていて心が和んだ。もしかしてこれが萌さんの理想の未来だったかもしれない、今となっては叶わないことだけど。
「それにれいちゃんはお金持ちで何でも欲しい物を持っているから、インパクトのある物にしたかっただろうし。
後はれいちゃんの考えが萌さんとは違うからかな。だからこれからも生きて欲しいという意味もあると思うよ」
「そうかもしれません」
れいちゃんが同意する。あまり意味が分からないけど、私も一応納得する。
要するに萌さんはれいちゃんに忘れて欲しくなかったのだろう。恐らく生前はあまり交流が無かったから、ここで死んだら忘れられると思ったかもしれない。
「そんなに私のことを思ってくれたなんて」
れいちゃんは感激して涙を制服の裾で拭っている。もらい泣きしたのかのーくんも泣いている。
「それじゃあ私達がもらった物になにか意味はあるの?」
「あると思う。たぶん忘れられたくなかったのだと思う。だから知らない人にも配ったと思うよ。
だから私達以外にも物をもらった人はかなりいるはずだよ」
「ところでりょーた先輩はアクセサリーをもらったと言っていたけど、それに意味はあるの?」
「さあ分からない」
空気を読まずに質問するやっちゃんをあっちゃんは軽くあしらう。
「でも何で萌さんは私に遺書を渡したのだろうか?
りょーた先輩に渡した方が良かったのじゃいかな?」
本当ならあまり関係の無い私では無くて身近にいたりょーた先輩にノートを渡した方が良かったのでは?そう心から思う。
「りょーた先輩には知らせたくなかったのだよ。
りょーた先輩はかなり身近にいたから、そのことを知ったら更に悲しむよ。
だからあまり関係の無いキーナにこれを渡して、りょーた先輩には知らせないようにしたと思う」
「りょーた先輩は優しいからね」
たぶんこのことを知ったらかなり落ち込むだろう。だから知らない方がいいかもしれない。
それに私がまさかこの高校に入学するとは萌さんは思わなかったかもしれない。
「えっりょーた先輩に教えた方がいいよ」
やっちゃんが驚いたようにあっちゃんを見る。
「私は言わない方が良いと思うな。りょーた先輩は絶対落ち込むから」
「いやいや。教えた方が良いって。いくら落ち込むとしても、絶対知った方がいいよ」
あー。あっちゃんとやっちゃんが珍しく言い争いを始めた。普段は全く争わないのに。
「そもそもりょーた先輩達は萌さんのことを思い出すのが辛いから、部誌の名前を変えたり部室から以前の部誌を排除したり過去の話をあまりしなかったりしたのに今更蒸し返すとはかわいそうだよ」
「確かに忘れたまま知らないままは幸せだよ。何事もね。
でも知っとかなきゃいけないことだってあるよ」
「まあまあいったん保留しようよ。今考えなくても、後でゆっくり考えた方が良いよ」
こんな重大事を簡単に決めるたらいけないし。
「でもいつ知ってもショックは一緒だよ。もうすでに起きていて、今更取り返しがつかないし」
「でもできるだけ知らない方が精神的には良いって。
それにりょーた先輩はもうすぐ大学受験だよ。そんな大事な時期にそんなことを知ったらショックで何もできないって」
「そんなの受験はもう少し後だって。
だから今のうちに伝えといた方がいいの」
あーあ。完全に意見が分かれている。
「それに『ギモーヴ』と『三笠』はお菓子っていう点で共通しているよ。
洋菓子と和菓子という違いはあるけど」
「本当だ。確かに両方ともお菓子だ」
ギモーヴはフランスのマシュマロで三笠は三笠焼き。考えてみれば両方ともお菓子という共通点がある。
「そんなのたまたまだよ。だって三笠はそもそも地名だし」
「いやいやこのあたりじゃどら焼きよりも三笠焼きの方がメジャーだし、三笠焼きがよく売っているから、あえて前と同じお菓子系の名前として、三笠を使っていると思う」
ここからあっちゃんとやっちゃんはまた言い争う。だけど中身はばかばかしい。
「落ち着いて下さい。そんなの『三笠』がお菓子由来なのかを今議論するのでは無くて、りょーた先輩にこの事実を伝えるかどうかを議論するのでしょう」
泣き止んだのーくんが二人を仲裁する。
「そういえばららちゃん先輩はこのことに気づいていたのかな?この前『りょーた先輩とキーナが萌さんに似ている』と言っていたし」
「たまたまだよ。ほらこの部黒髪の人が少ないから、同じだと思っちゃったのだよ」
「でもそれならのーくんやともちゃん先輩も黒髪だけど、ららちゃん先輩は似ているとは言って無かったよ」
「それは偶然だよ。とにかくららちゃん先輩が気づいたり知ったりすることは無いから」
あっちゃんとやっちゃんの言い争いは終わらない。
「いやいや私達がららちゃん先輩の考えていることを分かるわけないよ。はいまずは落ち着いて。
大体もうすぐ来るから。あと十分くらい」
「「えっどうしよう」」
どうしようと言われても困るな。ここは一端保留にして、後で考えて方がいいよ。
「それにしても何でキーナに遺書的なノートを渡したことをともちゃん先輩にあてた手紙に書いたのかな?」
「ともちゃん先輩にだけは真実を教えたかったからじゃないかな。
ほら普通に教えちゃうとりょーた先輩まで知ってしまうリスクがあるから、こんなまどろっこしい方法で教えたわけ。
少し考えるとか戸籍を見たら分かることだしね」
でもともちゃん先輩は何もしなかった。恐らくいくら死んだ人だからってむやみにプライバシーを侵害したくなかったのだろうな。
ああ見えて、根はいい人かもしれない。
「ところで後数分だよ」
「れいちゃんはトイレに行って涙拭いてきて、ほらのーくんとやっちゃんとキーナ、机片付けるよ」
あっちゃんが慌てて指示して、れいちゃんはまだ少しすすり泣きつつ部室を出て行き、私達は部室を片付けて、見られたら危ない物を隠す。
ひとまずりょーた先輩やららちゃん先輩に言うのは保留だ。
そうしばらくの間は私達の秘密だ。
いつか知らせることがあるかもしれないし、もう一生このまま知らせないかもしれない。
でも萌さんが私とりょーた先輩のお姉ちゃんであることだけは一生変わらない真実だ。