第五章
こういう時のお約束だけどやっちゃんの暴走は止められなかった。昔からそうだ、一度やる気になったやっちゃんは絶対止められない。
それで結局私とあっちゃんとれいちゃんとのーくんの四人はやっちゃんの勢いに引きずられるようにしてOG訪問をすることを決めた。
まずは趣旨をOGに連絡して、アポイントメントを取る。
そうしたらなんと同じ日に全員回ることができることが判明した。ちなみにこの部は創部もうすぐ四年目でともちゃん先輩より年上のOGはいない。
「えっとりす先輩にみーちゃん先輩と、ともちゃん先輩・・・・・・」
あっちゃんはメモを見る。
「りす先輩が最初で、みーちゃん先輩が次で、最後はともちゃん先輩」
「みなさんあだ名が個性的ですね」
のーくんもあっちゃんが持っているメモをのぞき込む。
「全部ともちゃん先輩がつけたのだよ。れいちゃんものーくんもそう。
この部ではあだ名はともちゃん先輩がつけている」
「なんでともちゃん先輩がつけているのですか?」
のーくんがこの部の部員が一度は抱く疑問を質問する。そもそも私が入部したときにはもうともちゃん先輩は卒業していたし、なんでともちゃん先輩なのかなって私も思っていた。
「ともちゃん先輩が部で一番偉いからだよ。だからあだ名とかぜーんぶともちゃん先輩がつけている。ちなみにともちゃん先輩は自分であだ名をつけたよ」
のーくんとあっちゃんは呑気に会話している。
「ところでなんでりす先輩が最初で、しかも大阪の大学なんですか?」
「りす先輩曰くその大学はお洒落だったって」
れいちゃんとやっちゃんもどうでもいい話で盛り上がっている。なんだか私だけ黙っているみたい。はっもしや浮いていますか。
そして大学に着くと守衛さんに話してすんなり中に入る。
大学の喫茶店らしき店に行ってりす先輩と合流する。
「「「久しぶりです」」」
「「初めまして」」
「久しぶり。一年生の皆さんは初めまして」
りす先輩は私達の二つ上でよく一年生の時はお世話になった。
「大学に入学してからお洒落になりましたね」
あっちゃんが感心したようにりす先輩を見る。
りす先輩は可愛いミニワンピースを着ていて、そのうえ化粧が濃い。それでも似合っているのが意外だった。
だって高校時代のりす先輩は確かに可愛くてお洒落だったけど、ここまででは無かった気がする。
大学デビューしたのかな?
「ところで何で『りす先輩』なんですか?」
さっきののーくんとあっちゃんの会話を聞いていなかったれいちゃんがいきなり質問する。
「九条ありすだから、『りす』らしいよ。ともちゃん先輩がつけたんだけど、少し変でしょう?
まあともちゃん先輩の考えていることなんて今も昔も分からないよ」
どうやらあだ名が気にくわないみたいだ。ともちゃん先輩のネーミングセンスは独特でなぜか妙なあだ名になってしまう。私だって菊菜っていう和風テイストの名前だけどあだ名は逆に洋風な感じがする。
「ところで萌さんから何かもらいましたか?」
やっちゃんが冷静かついきなり質問する。ちょっと待った。もう少し別の話をして場を和ませようよ。
「洋服をもらった。ほら私と萌さんは身長が同じじゃない。だからだと思うんだけど。
萌さんの死後に段ボール二、三箱分くらい洋服が届いて今も家にあるよ。
萌さんってかなり高い服着ていたんだね。ブランド品ばっかりなわけ。だからたまーに使ってる」
洋服か・・・・・・。そういえば洋服もよく見ていないけど無かったような気がする。あの部屋には何も無いくらい空っぽだったし。
だから洋服とか生活で普通に使用していた物もあげたのかな。
「どんな洋服でしたか?」
やっちゃんがややずれた質問をする。おーいさっきブランド品とかりす先輩言っていたよ。
「スカートとかブラウスとかが多かったよ。ズボンは少なかったような気がする」
見事に話が通じた。流石りす先輩、やや天然なやっちゃんスキルはばっちりだ。
「ところで萌さんとはどんな話をしていましたか?」
ここでもあっちゃんは冷静に質問する。
「萌さんとは音楽の話をしていたよ。萌さんは色々な曲を聴いてたみたいで、話はけっこうあったよ」
へーこの前れいちゃんがしていた話と同じだ。萌さんもセカオワ好きだったのかな、気になる。
「どんな音楽の話をしていたんですか?」
「私が西野カナや浜崎あゆみが好きだから、そこら辺が多かったよ」
れいちゃんの質問に何気なく答えている。どうやらセカオワの話じゃなかったらしい、ちょっとがっかり。
「私はあまり萌さんと会話しなかったし。私よりむしろみーちゃんの方が萌さんと話してたよ。
私が部で一番仲良くなかったな」
考えてみたらキャピキャピ女子のりす先輩と萌さんに共通点があったとは考えにくい。
だから妥当な考えだろう。
その後少し雑談してりす先輩と別れる。次はみーちゃん先輩と会うために、みーちゃん先輩が住んでいるアパートに向かった。
みーちゃん先輩は作家を目指すために現在フリーターをしている。ちなみにみーちゃん先輩が小説を書くのが上手だから部では一番人気だった。ファンもかなりいたし。
「失礼しまーす」
インターフォンを押す。みーちゃん先輩が住んでいるアパートはこぢんまりとしているけど清潔感があった。
「こんにちは」
みーちゃん先輩は昔と変わらずに美しくて儚かった。
私達は家の中に入れてもらう。もちろん家の中もこぢんまりとしていて清潔だった。
あまり物が無いリビングルームに通してもらう。
ここでも間髪入れずにあっちゃんが質問する。
「萌さんから何かもらった物はありませんか?」
「文庫本とか新書とか単行本とか何冊も本が送られてきたよ。
段ボール六箱分で収納にかなり苦労したよ」
「どんな本が多かったですか?」
「色々なジャンルの本があったよ。後元から持っていた本と一冊も被らなかったのがすごいとこかな。
私もかなり本を持っているから何冊かは被ると思ったのに」
「それはすごいですね」
すなわち萌さんとみーちゃん先輩の持っている本のジャンルは全く違ったというだろう。普通はそんなこと無いと思う、一応年は近かったから。
「どんな種類の本が多かったですか?」
「少女小説とかラノベとか純文学とかジャンルはバラバラだったよ」
本当だ、そんなにバラバラなジャンルを読む人はあまりいないだろう。萌さんはかなり乱読していたみたいだ。
「ところで萌さんとはどんな話をしていましたか?」
こんな時に質問するのは冷静なあっちゃんだけ。残りの人は黙っている。
「本の話ばっかりだった。どんな本が面白いとか、どんな本を買えばいいだとか?」
どうやら萌さんはりす先輩とみーちゃん先輩とで話を変えていたみたいだ。器用だなと思う。
そして少し雑談してみーちゃん先輩の家を出る。そしてともちゃん先輩と向かうために、ファミレスに向かうことにした。
なぜかは分からないけどともちゃん先輩は待ち合わせ場所としてファミレスを指定した。ともちゃん先輩はファミレスが好きな人なのかな?そもそも私達が在学していたときにはすでに卒業していたから、よく分からない。
「こんにちは」
「こんにちはー。ともちゃん先輩は最近何をしているのですか?」
やっちゃんが質問する。そういえばみーちゃん先輩やりす先輩の近況は前から知っていたけど、ともちゃん先輩はよく分からない。
「今は大学で真面目に研究してるよ」
何を?それにピンクのフリフリのミニワンピという格好は真面目じゃ無いと思う。
「萌さんから何かもらいましたか?」
あっちゃんがまたまた質問する。
「封筒とCD\MDプレーヤーをもらったよ。
CD\MDプレーヤーはラジオも聴けるやつで、これで萌さんはラジオを聴いていたみたい」
「萌さんはラジオを聴いていたのですか?」
ラジオね、そんなの聴いている女子高生っているかな。
「よく聴いていたみたい。NHKや地域コミュニティFMを聴いていたのだって。
たまーに地域コミュニティFMの方はラジオ局に行っていたらしいよ」
多趣味な人だったのだろう。それにしてもコミュニティFMってそんなの年寄りが聴く物だと思っていた。そうなのに萌さんが聴いていたとはびっくり。
「ともちゃん先輩はラジオ聴いていますか?」
「時々聴いているよ。
てゆうか萌さんが生きていた頃は部室でラジオをかけていたの。だから高校時代はお昼の番組をよく聴いていたよ。
今は夜の音楽番組ばっかりだけどね」
「俺も夜の音楽番組聴いていますよ」
さっきまで黙っていたのーくんがいきなりそんなことを言い出す。そしてそこから少しの間ともちゃん先輩とのーくんはラジオの話題で盛り上がる。
そうか昔はCDじゃなくてラジオを聴いていたのか、この風習も萌さんが自殺したから無くなったのだろうな。
「萌さんはよく図書館に行っていて、その近くにある公園で『コリナラ』の路上ライブを見ていたらしいよ。
一度誘われたことある」
「『コリナラ』ですが、今すごい人気ですよね」
コリナラは奈良県生駒市を本拠地に置いている音楽ユニットで、まだインディーズだけど今年紅白歌合戦に出たほど大人気だ。だから現在は路上ライブなんてしないけど、萌さんが生きていたときは結構していたのか、意外。
「そうそうその当時はそこまで人気になるとは誰も思わなかったけどね」
そりゃそうだ。私も知らなかったし。
「いや私は信じていました」
やっちゃんが力説する。やっちゃんは意外なことにコリナラが出したCDを全部持っているし、根っからのファン。
「そういえば萌さんからこんな封筒ももらったよ」
いきなり封筒を取り出す、ともちゃん先輩。
「中に手紙が入っていたの。これだよ」
同じく桜色の便箋を見せてくれる。
「何が書いてあるのですか」
れいちゃんが興味深そうに封筒を見る。
「えーと『妹に遺書は渡した。これからは部員全員で仲良くするように』だって。
適当だと思わない?」
ともちゃん先輩は淡々と文章を読み上げる。
私達はつい黙ってしまった。えっ何だって?
「私絶対遺書なんてもらってません」
「「「そうだろうね」」」
それにしてもともちゃん先輩は空気読まなさすぎ、いやともちゃん先輩は知らなかったから仕方無いかもしれない。
そもそも名前を聞かれなかったことを良いことに、一年生の紹介をしてなかったし。
「別に妹がいるかも」
「異母妹とか異父妹とか」
「『妹』という名前の人がいるとか」
あっちゃんとやっちゃんと私でれいちゃんを慰める。のーくんは黙ったままだった。
れいちゃんはずーんと傍目から見ていても分かるくらい落ち込んでいる。やっぱりれいちゃんが萌さんの妹だと言っておけば良かった。いや一応ともちゃん先輩にはあだ名をつけてもらわないといけないから、れいちゃんの名前を教えた。だから萌さんとれいちゃんは無関係だとなぜ思ったのかは分からない。
「ともちゃん先輩は天然だから、時に人を傷つけることを無意識に言うから、気にしなくて良いよ」
「そうそうともちゃん先輩には悪意なんて無いよ・・・・・・少々鈍感なだけで」
あっちゃんとやっちゃんはともちゃん先輩の悪口を言いつつ、れいちゃんを慰める。
それでもれいちゃんはずーんと落ち込んで何も話さなかった。
そんなれいちゃんをのーくんが心配そうに見つめているのが少し気になった。
『コリナラ』はこの小説や他の小説に登場する音楽グループで、実在しません。地域コミュニティFMの方はならどっとFMで、実在しています。萌さんが亡くなるまでは恐らく『ひるラジ!784』や『784WAVE』を聞いていたかもしれません? 今もある番組なので、もし良かったら聞いてみて下さい~。