第一章
この部は過去が消されていたことを知っていた。それを私は知らないふりをしてずっと活動をしていた。私は関係無いから、過去を知る必要はないだろうと思っていた。
でもそれは大きな間違いだった。
今日は入学式。でも私達は普通に部活動をしていた。しかも今日は珍しく部員全員が揃っていた。まあもうすぐ部誌『三笠』を発行しないといけないから全員揃っているだけ。
それに現在二年生三名、三年生二名という少数精鋭だから、全員揃いやすいかもしれない。
部室にはAKB48の曲が流れている。これはやっちゃんセレクトで、やっちゃんが家からアルバムを持ってきてくれたらしい。それを聞きながらひたすら小説を書いている。ちなみに私は書き終わっていて、文章チェックをしている。いつも文章が性格同様ぶつ切りかつ硬いって言われるので、読みやすいかどうかチェックしている。
そんな平穏な時間に嵐が来るように、乱入者が現れた。
「ここは創作クラブですか?」
新品の制服を着た明らかに新入生の少女がノックをしないで、ドアを勢いよく開けて現れた。
「そうだけど」
あっちゃんが落ち着いて答える。
それにしてもこの子は何のために来たのかな?もしかしてうちに入部志望とか?うーん分からないけどとりあえず最近の子は積極的だなと思う。私は部活説明会を見るまで、部活に入ることすら考えなかったのに。
「一条先輩っていますか?」
あ、りょーた先輩目当てか。私は少しがっかりした。りょーた先輩はかなりモテているから、こうやってりょーた先輩目当てにやってくる少女は少なくなくて、告白やら差し入れやらこうやって来る少女は必死だ。ついでにりょーた先輩が好きなあっちゃんはやきもきする。恋愛に興味が無い私は関係無いけどね。
ららちゃん先輩はすかさずりょーた先輩を指さす。でも男子部員は一人しかいないから必要なかったかもしれない。
「一条先輩、お姉じゃなかった吉川萌さんの遺書持ってませんか?」
いきなりその少女はそんなことを言い出した。萌さんって誰、そして遺書ってどういうことなのだろうか?さっぱり分からない。
「萌さんの遺書なんて持ってないよ」
りょーた先輩はややうろたえている。どうやら萌さんはりょーた先輩の知り合いだった人らしい。でも私はそんな人知らない。
私はやっちゃんやあっちゃんを見る、どうやら二人とも知らないみたいだ。
「萌さんの遺書をりょーたが持っているわけ無いって」
ららちゃん先輩がりょーた先輩を擁護する。
「そもそも萌さんが私やりょーたにそこまで思い入れ無かったと思う。だって二学年離れているしね。
もしかしたら同学年のともちゃん先輩か、一つ下のみーちゃん先輩かりす先輩なら何か持っているかもしれないよ」
ららちゃん先輩は詳しく説明する。分かったことは萌さんが部活の先輩で、ららちゃん先輩達より二つ年上だということだけだ。それ以外はさっぱり分からない。そもそも萌さんという先輩がいたということ自体、私達は知らなかった。
「えーでも一条先輩が一番怪しいんですって。
だってお姉ちゃんと一番部で親しかったのは一条先輩でしょ」
その少女は必死そのものだ。『お姉ちゃん』と言っていたから萌さんの妹なのかもしれない。
それにしてもりょーた先輩とららちゃん先輩は萌さんの説明をしてくれない。今までも話題に出してくれなかったし、これからもしてくれないのかな。
「萌さんって誰ですか?」
あっちゃんがおずおずと尋ねる。どうやらあっちゃんも萌さんのことが気になったらしい。
「萌さんは私とりょーたが一年だったときに三年生だった同じ部の先輩。
二年前の冬休みに自殺したの。
とっても優しい先輩だったよ」
「そして何を考えているかは分からなかった。
友達とかいなかったから、自殺した理由は不明。今でも自殺した理由は分かっていない」
その途端部室中に重い雰囲気が漂い始めた。私は萌さんと会ったことも面識も無いけど、いい人だったということはららちゃん先輩やりょーた先輩を見たら分かる。
それと同時にこの話題は禁忌だということも分かる。これまで絶対に萌さんの話は出なかったし、そもそも『三笠』の初号が去年の四月号だったから、気にすらしなかった。
恐らく先輩方は萌さんをあまり思い出したくなかったと思う。だから以前の部誌を処分したりあまり昔の話をしなかったりしたのだろう。
「でもお姉ちゃんはよく一条先輩の話をしていましたよ」
萌さんの妹は困惑気味だ。
「意外、萌さんってイケメンに興味なさそうだったのに」
ららちゃん先輩はかなり驚いたようだ。ちなみにりょーた先輩はとってもイケメンで、私のクラスにもりょーた先輩が好きだと言っている人がいるくらい、世間的にもモテモテ。
「萌さんが僕の話なんてしないと思うけどー」
「いえ結構してました。だからお姉ちゃんは一条先輩のことが好きだったんかなと思ってましたもん」
「「マジで?」」
りょーた先輩とららちゃん先輩の声が驚きのあまりか声がハモっている。
「本当ですって」
どうやらららちゃん先輩とりょーた先輩は萌さんのことを部活仲間とくに男には興味が無い人だったと思っていたらしい。
「えっでもイメージが違う」
ららちゃん先輩が考え込む。
「他には誰の話をしていた?」
りょーた先輩が何気なさを装い質問する。
「他には古畑先輩の話が多かったですね。後は海宮先輩や九条先輩の話をしていましたよ」
その少女は一生懸命に過去を思い出そうとしている。
古畑先輩はともちゃん先輩のことで、海宮先輩はみーちゃん先輩で九条先輩がりす先輩。だから学年から考えると妥当な気がする。
「なんで萌さんの遺書を探そうと思ったの?もしかしてそのためにこの高校に入学したの?」
あっちゃんが場の雰囲気を変えようと、その少女に質問する。
「私お姉ちゃんと性格が全く違うんです。
それでお姉ちゃんが生きてた時には全く交流が無くて、死後にどんな人だったかさっぱり思い出せなかったんです。
だからお姉ちゃんってどんな人だったんかなと考えつつ中学時代を過ごして、お姉ちゃんがいた高校に行くことにしたんです」
その少女はそう力説する。私はひとりっ子だから分からないけど、性格が違っても姉妹だから仲が良いのだろうか?だからその少女は姉の死を受け入れることができなくて、調べているのかもしれない。
「今日はもう帰ります。もうそろそろお昼なんで。
でもまた来ます」
その少女は来たときと同じようにいきなり去って行く。
「萌さんに妹がいたなんて初耳だ」
「萌さんはあまり話さない人だったから」
その様子をあっけにとられた様子で見守るりょーた先輩とららちゃん先輩。
どうやら二人とも妹の存在自体知らなかったらしい。私は萌さんの妹の姉妹愛に感動した、私には姉妹がいないから分からないけど死後も妹が慕い続けるくらいだから萌さんはとてもいい人に違いない。