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六歳


 芽吹きの季節。


 一年前と比べ、五センチ身長が伸びたラペール。

 子どもの成長は目まぐるしい。

 今まで届かなかった鍵盤の位置に指が触れられる様になったり、読める本が増えてきたり、勉強する内容がちょっぴり難しくなってきたり。

 が、まだまだ幼いことには変わりない。


 彼が何も言わずに城から去ってから数日。

 黙っていなくなったことを、泣いたり怒ったりして生活していた王女も、その日々を送るにつれ、たった数日共に過ごした楽しい時間を忘れていった。


 自らが名付けたシリウスという絵師のことを。


 そして、六歳になる月。


 王女と同じ年月を過ごした彼は、若干の幼さを残したままずいぶんと背を高くし、また王宮へ戻ってきた。


「お久しぶりです。ラペール王女様」


 ***


 階下に人影があることには気付いていた。


 だが、一緒に過ごすよりも離れている時間の方が長かった彼を見ても誰だか分からず、名を呼ばれた王女は首を傾げる。

 小さなくるぶしが足を一歩踏み出すたびに露わになり、姫は声を掛けた人物より一段高い場所で足を止めた。

 それでも身長はまだまだ男の方が高く、階段を降りるために少し下げていた視線を上げると、その青白んだ瞳と視線が合う。


「貴女様が私に名を与えて下さったのに、それもお忘れですか?」


「シリウス?」


 ラペールは男の正体に気付くと、まん丸な目をさらに大きくして飛びつく。

「なんで急にいなくなっちゃったの」

 あの頃、本当に突然遊び相手が居なくなってしまって、とても悲しかった。

 彼はまだまだ重いとは言えない程軽い姫を難なく抱き止め、そのままストン、と床へ下ろす。

 ラペールはその時、自分が王女としてのカーテシーを絵師に対してしなかったことに気付き、照れ隠しの様に嫌味なく広がったカナリア色のドレスを軽く直す仕草をすると、その右手をシリウスの前へ差し出す。


 前は自分に対してしなかったその仕草に、口許を優しく綻ばせると、そのまだふっくらと柔らかそうな手の甲に唇を当てる。

「大きくなられましたね」

 優しく目を細めるられたラペールは、「えへへ」と照れ臭そうに笑う。

「また遊べる?」

 目の前の姫は、この絵師が何のために王宮に来ていると思っているのだろうか。

 シリウスはそうは思っても言葉にせず、曖昧に微笑むだけ。


「ラペール様」


 彼女の後ろに控えていた侍従が、ふたりのやり取りに口を挟む。

 王女はこれから舞踏の練習をすべく、ホールへ向かっていた途中だという。久しぶりの再会にしばらく見守っていたが、先生を待たせすぎてしまうのは好ましくない。


「頑張って下さいね」


 シリウスは王女が自分から離れるよう、先手を打った。こちらからリアクションしてしまえば、素直なラペールは言うことをきいてくれる。


 と、思っていた。


「ねぇ。遊んでくれるよね」


 画家の予想に反し、王女はその場に止まり上目遣いで彼を見つめ、応えを求めてくる。

 次があるという約束が欲しいのだ。


「はい」

「……」

 それでも目の前の姫は立ち去らない。


「遊びましょうね」


 ようやくその言葉にラペールは顔を綻ばせると、シリウスに可愛らしいカーツィを披露し、その場を去っていった。


 ***


「シリウス」


 一年前と同じく、城の中をその名を呼びながらラペールが探し回る光景が始まった。


「シリウス」


 だが、ひとつ違うことは王女が真っ先に、あの庭の隅を探しにくるようになったことだ。

 まぁ、相も変わらず彼はそこにいるのだが。


「みつけた」


 シリウスの姿を見つけると、王女は嬉しそうに笑い、彼の隣にそっと寄り添う。

 そして、今日あったことを報告するのだ。

 歴史上人物の名前が多すぎてなかなか覚えられないこと。

 テーブルマナーで嫌いな野菜が出てきたこと。

 ピアノを間違えずに披露できて褒められたこと。

 ダンスのステップを踏んでいると転んでしまいそうになること。


 毎日毎日尽きることのない他愛無いおしゃべりに、シリウスは嫌な顔ひとつせず付き合っている。

 庭の隅では、彼も気を抜いているのか、スケッチブックで顔を隠し寝ていることも多かった。

 そんな時はラペールも彼を無理矢理起こすことはせず、ちょこんと横に座るだけ。


 ここは、王女の侍女も母である王妃も、兄である王子たちも誰も探しに来ない、ふたりだけの秘密の場所だった。

 だから、あまり騒ぎたてずに、秘密は秘密のままにしておきたかった。


 ***


 そして、ラペール六歳の誕生日。


「ラペール様。おめでとうございます」


 シリウスはそう言って、自らが描き上げた肖像画を王女に手渡す。


「ありがとうシリウス。嬉しい」


 そう言って受け取った絵画に描かれたラペールは、綺麗な囀りで鳴くカナリア色のドレスを着て、今にも空へ羽ばたいてしまいそうな、好奇心旺盛な姿として表現されている。


「気に入って頂けたのでしたら幸いでございます」


 シリウスがそう言葉を掛けなくても、彼女や、彼女と共にそれを観た人たちの顔をみれば、満足して貰えたのは一目瞭然。


「またどこかへ行ってしまうの?」


 薄々感じていた予感を王女ははっきり言葉にする。

 去年と違い、二度目の出会いはしっかりお別れを言わせてくれるらしい。

 恐らくその為に、彼は直接プレゼントとして絵画を渡してくれたのだ。


「そうですね」


 自分と違って寂しさを全く感じさせないシリウスのその返事を聞いて、ラペールは余計に寂しくなる。


「誕生日のパーティー、いろいろ考えたの」

 そんな言葉で引き止めようとも、この絵師はきっと参加などしてくれない。

 誘っているのを知りながら、交わしていく。


「みんなに見てもらって褒めてもらうの」

「そうですね。王女様は可愛らしく年を重ねられたので、みなに褒めてもらって下さい」


 ラペールの精いっぱいの強がり。


 褒めてもらうのは、わたしじゃなくて、貴方の絵よ。


 王女は、自分に背を向けて去って行ったシリウスの背中を見えなくなるまで、見えなくなってもなお、目で追っていた。

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