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五歳



 瞳で縛られているみたい。



 青いその瞳で見つめられると、わたしの時間が止まる。

 そして、一瞬で幸せな時間は終わり、貴方は去ってしまう。


 貴方は決してわたしの元に留まってはくれない。




 ***




 ウンデキンベル王国第一王女ラペールとその絵師が初めて対面したのは、姫がそろそろ五歳に近付く誕生日前だった。

 王国お抱えの絵師が急死した為、それに師事していたという年若い絵師が呼ばれた。

 

 理由は、五歳になるラペールの肖像画を描く為に。


 王様と対面した後、彼はアトリエへ足を運ぶ前に、王女を探した。

 それは、描く対象者である彼女の人となりをみるのに、素のラペールをみたかったからだ。

 今まで仕事を依頼されると、相手がどんな人物であろうとそうしてきた。

 この絵師は一所に留まらず、己の居場所を構えずに、自由気ままに芸術を楽しんでいたのだが、何処からか、お声が掛かってしまった。


 束縛されるのは好きではない。


 けれど今回は気まぐれに引き受けてしまった。



 貴族や王宮に囚われず、民衆、建造物、景色など幅広く、相手を選ばずに絵を描き生活をする。



 彼はただひたすらに、そんな生活を続けてきた。




 みつけた。




 ラペールは与えられた勉強を終え、王国の庭で一休みしているらしいと侍従から聞いた。

 初めて馬車から眺めた時も素晴らしいと思ったが、よく手入れされたそこは、近くで見てみると、植えられた花たちがそれぞれに魅力を放っており、よりいっそう美しい。


 男はその庭で最も目の惹く蕾の元へつま先を向ける。


「初めまして」

 噴水近くで本を広げる少女を認めた男は、警戒心を抱かれぬよう、静かに近付いていき、片膝を曲げ、姿勢を低く挨拶をする。

「貴方はどなた?」

 パタン、と、読んでいた本を閉じ、王女はその場に座ったまま、言葉を投げかける。


 目上の者が話し掛けてからでないと目下の人間は話し掛けてはならないが、今は特に気にしなくてもいいだろう。


 城を訪れた者は例え初対面であろうと、自分に害をなさない。まだそういった疑いの目をもたない彼女は、穢れなき一輪の花。


 男は姫からの許可が出されてから頭を上げ、言葉を発する。

「はい。国王陛下より、ラペール様の肖像画を描くように承りました画家にございます」

「そう」

 あらかじめその話は聞いていたのだろう。

 彼女は驚いたり拒絶する事もなく、ごくごく普通に会話を続ける。

「名前は?」

「名乗るほどのものはございません。どうぞお好きにお呼びくださいませ」

 画家の返事に、ラペールは一瞬「名前のない人なんてこの世に存在するのかしら」と、意味が分からない、というようにポカンと顔を作る。

「名前がないの?」

「はい」

 王女は目を細め軽い笑顔で答える男に何の警戒心も抱かず、彼をじっと見上げた。

 色素の薄い青色。

 そして、膝の上に乗ったままの本をパラパラとめくり、広げたページを指差して告げる。

「シリウス」

「……」

 薄ピンクに色づいた小さな唇が、それを呟く。

「貴方の名前はシリウス」 

 画家がふと、姫の手元をみると、読んでいたのは天体の本らしい。

「あのね。星の本を読んでいるの。貴方の目、キラキラしていてとても綺麗。だからシリウスね」

 幼な子ながらの無垢な眼差しを直接浴び、「光り輝いているのは、貴女の方です」と、口を開こうと思ったが、幼い姫にわざわざ口説き文句に似た言葉など使わずとも、と、思い至った画家はにこりと微笑むだけにとどめる。

 白銀に輝く、少し癖のある伸ばされた髪は、日の元に晒されると、まるで自らが光り輝くように。袖を通されたドレスは、王女の唇の色より少し色味を増したラベンダーピンクの色。

 刺繍を施された薄いレースが幾重にも重なり、花びらのようにも見える。


 それは王宮に咲く一輪の花。


 ウンデキンベル国第一王女は、それこそ王子ばかりのこの王宮で、唯一の花として大切に育てられてきた。


「ねえ。シリウス」


 彼はラペールに呼ばれたその瞬間からシリウスとなり、画家としての命を与えられた。




 ***




 シリウスは絵師であるが、ラペールの前では絵を描かなかった。

 代わりに常にスケッチブックと鉛筆を持ち、王女のそばで侍従たちのように様子を見ている。


 初めはそうして時間は過ぎていったが、彼女の周りはみな落ち着いた年齢の人間が多く、王女が一緒に遊ぶには年齢層がいささか高すぎたのだろう。

 姫は当たり前の流れで、遊び相手にシリウスを選んだ。


 もちろん、周りに仕える者たちは戸惑い心配した。


 城の外で生活していたシリウスの話は、城の中しか知らないラペールにとって新鮮で、画家が適当にあしらっても、王女がめげずに付き纏う。

 彼の一挙一動は、色々な場所を渡り歩いているとはいっても、決して礼儀知らずの無作法者ということはなく、むしろ、場数を踏んできるからか、仕種は何処か品があり、王宮内に居ても決して見劣りはしない。


 その内、ふたりが王宮内で共にいる事は自然となり、ラペールもシリウスと一緒に遊ぶ為に、与えられた勉強を頑張ってこなしていた。


 その間、シリウスは、というと、スケッチブック片手に城の至る場所で鉛筆を握っていた。

 あえてそうしている訳ではなかったが、勉強の息抜きの合間に「シリウス」と声を出しながら探し回る姿は、逃げる絵師と探し回る姫の、まさしくかくれんぼ。

 でも、絵師はよく庭園にいた。

 城の外壁で死角となる庭の境目の場所に。

 庭師もよく手入れしてくれているが、その場所は、植えられたものでなく、何処から種が運ばれたのか、自然の花がゆらゆら揺れる。

 適度に日も当たって心地よいその場所は、ラペールが誰にも教えていない秘密の場所。

 そこにシリウスもよくいた。

 王宮内で彼の姿が見えない時は、たいていそこで寝ていたり絵を描いていたり、ボーっとしていたり。

 その色んな表情を見せる彼は、ラペールだけのものだった。

 かくれんぼが終わるのが寂しくて、場所を知りながらも、わざと名を呼びながら王宮内を走り回った。


 だが、その日は違った。


「シリウス」


 長い廊下。


「シリウス」


 塵ひとつない階段。


「シリウス」


 少し黴っぽい匂いのするアトリエ。


「シリウス」


 そして、秘密の場所。


「シリウス」


 いくら駆け回って呼んでも、探しても彼の姿は見当たらず。


「ラペール」


 王である父親から一枚の絵を見せられた。


 それは、世によく見られるような王族の立ち姿のものではなく、これから咲くのを心待ちにしているかのような……新緑の中に映える、これから咲くのを心待ちにする蕾のような、あの、ピンクラベンダー色のドレスを身に纏ったあの日の姫の姿だった。



興味を持って頂きまして、ありがとうございます。

まだ書いている最中ですが、頑張って投稿し続けたいと思います。

前作【月と狼】と同じ世界観のつもりですが、全くの別物としても楽しめるようになっております。前作の魔法使いは、いかんせん腹黒なので、「自分が知っていることでも、聞かれないから答えない。自分は悪くない」というスタンスを貫いているので、魔法使いと歌姫に関与しなければ基本平和です。なので、異世界の存在も歌姫の力のこともほとんどの人は知りません。

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