第1章「ネラダンの町と流れ者」【4】
この3人の元へ酒場の店主ノープが近寄ってくる。
背はさほど高くはないが、丸々とした体つきである。
右手に2つ、左手に1つ、赤い酒が注がれたコップを持っている。
それらを彼らの卓の上に、どん、と置いた。
「あんたらなんだろう、ケドンさんの嬢ちゃんを助けに来てくれたってのは?」
すると、ノープを起点に静寂の輪が広がり、これまで賑やかだった店内が嘘のように静まり返った。
髭面は相変わらず赤ら顔でヘラヘラとし、浅黒は少し警戒する様に店主を見る。
「ああ、そうだよ」
高過ぎず、それでいて伸びやかな声で女が答える。
「私たちはサイマを助け出す為に、この町へ来たのよ。しばらく厄介になるからね」
途端にノープの顔がにこやかになる。
「そうかそうか! これは俺のおごりだ。たらふく飲んでいってくれ」
「いやあ、それはありがたいね」
早速、髭面がコップに手を伸ばす。
口を付ける前に、おっと、と顔を上げる。
「俺の名はツーライ、こう見えてなかなかの二枚目だ。女が押し寄せてきて叶わんから、こうして髭を生やしている」
自分の髭をジョリジョリと撫でるツーライを、女と浅黒は冷めた目で眺めていた。
「こっちのおすまし顔はコムノバだ。すぐに日に焼けて真っ黒になるから、あまり外には出たがらん」
表情は崩さず、コムノバは軽く右手を上げた。
「そして、わが“八つ鳥の翼”の紅一点、シャン様だ! ご覧の通り可愛らしい顔をしちゃいるが、怒らせたらホレイザブルス城もひっくり返るほど手が付けられなくなるから、気を付けてくれ」
ぺちん、とシャンはツーライの頭を叩いた。
その音に店内の空気が和らいだように思われた。
「こいつの言う事は半分も聞かなくていいから。とにかく私たちはサイマを助ける事に全力を尽くすから、よろしくね」
シャンがそう言うと、客同士は顔を見合わせてホッとした表情を浮かべた。
そして、ノープが皆の気持ちを代弁する。
「サイマは町の長の娘だが、俺たち住民の誰にでも明るく接してくれる。皆、あの子が大好きなんだ。だから、サイマがあんな連中に連れ去られてしまって、皆がとても悲しんでいるよ」
この町の発展はウデガ家当主ケドンの手腕に依るのはもちろんであるが、サイマが一役買っていると言ってもあながち間違いではない。
彼女は小さな頃から住民たちに愛され、その成長を見守られてきた。
「本当なら、俺たちが自分で助けに行ってやりたいんだが、それはケドンさんに止められているんだ。奴らはトットムを半殺しにした非情な連中だ、何をしでかすか分からん。俺たちが行っても、犠牲者が出てしまうかも知れん。それをケドンさんは恐れているんだ。こんな時でも、ケドンさんは俺たちの事も考えてくれているんだ。胸が張り裂けんばかりに苦しくて仕方ないだろうに」
「ああ、ああ、わかるぞ、ノープ」
酒のせいで髭まで赤く染まっているツーライが同意する。
「軍にきてもらえる様に頼んではいるらしいが、いつになるかわかったもんじゃない。だからケドンさんは、あんたたちを呼んだんだろう。自分たちは何もしないで、あんたたちに危険な事を任せるのは気が引けるんだが…」
「気にしなくていい。もちろん彼女の事は心配しているが、俺たちは金をもらって仕事をしに来たんだ。あんたらの事をどうこう思ったりなんかしないさ」
それはコムノバの言葉だった。
やや冷たくも聞こえる口調ではあったが。
「そうよ、だから心配しないで。危険な事なら私たちの方が場数を踏んでる。逆に私たちは作物を育てるとか、した事ないから。お互い慣れてる事をやった方が失敗が少なくて済むってものでしょ? 当然サイマの救出は成功させるけどね。町の皆にはその後をお願いするわ。怖い思いをして傷付いた彼女の心を癒してあげられるのは、この町で一緒に過ごしてきたノープさんたちにしか出来ない事だから」