第1章「ネラダンの町と流れ者」【2】
東の平原での騒動を聞いたウデガ家の当主ケドンは、腹を立てた。
勝手な真似をした住民たちに対して、である。
この結果、町と流れ者たちとの均衡に変化が生じてしまった。
暴力を振るえば住民たちは大人しくなる。
これを知った流れ者たちは、大手を振って悪さをしてくるかもしれない。
ケドンにしてみれば取るに足らない案件を、住民たちが大きくしてしまったのだ。
ただ、こうなってしまったからには放っておくわけにもいかない。
平原に住み着いた他所者に住民が殴られた。
そのうち自分の所へ泣きついてくるに違いない。
ケドンの予想は程なく当たる。
殴られた本人が痛々しい痣を指差し、訴えてきたのだ。
あの乱暴者を何とかしてくれ、と。
自分で蒔いた種だろう、農民なら自分で刈り取れ、その思いが顔に出ぬようケドンは努めた。
要望を冷たくあしらっては、せっかくこれまで築き上げてきた住民からの信頼を損ないかねない。
ケドンは力強く頷き、二つ返事で引き受けたのである。
流れ者たちが話し合いに応じる連中でない事は分かっている。
とはいえ、暴力に対抗する力はケドンとて持ち合わせていない。
例えば腕っ節の強い住民を集めて平原へ攻め込むか、とも考えた。
しかし、そこでさらにケガ人を増やしたとあれば元も子もない。
ならば国に解決を依頼する方が確実であろうとケドンは考えた。
2つ隣の町には国軍の駐屯地がある。
兵を派遣してくれれば、奴らを追っ払うのも難しい事ではないだろう。
その際、食費や宿泊費などの実費、兵士への出張手当はネラダンの町の負担となるが、それは致し方ないであろう。
ケドンはすぐに嘆願書をしたためた。
それを自らの部下に託し、2つ隣の町へ向かわせた。
これで後は正規兵が来るのを待つだけなのだが、すぐに、というわけにもいかないのだ。
駐屯地は何かと忙しい。
揉め事はネラダンだけで起きているわけではないのだ。
周辺の町や村から、揉め事に限らず依頼が舞い込んでくる。
それらを一箇所の駐屯地で賄うには人手が足らず、順番が回ってくるまでにはかなりの日数がかかるのである。
これはもう待つしかない。
ところが、この動きを読んでいたのかどこかで聞きつけたのか、流れ者たちは先手を打ってきたのだ。
ケドンの娘がさらわれたのである。
ケドンの娘サイマは15歳の少女である。
ウデガ家の長女として大切に育てられた彼女は、人懐っこく明るい性格だ。
そんな彼女は3つ歳上の町の青年トットムと恋に落ちる。
トットムもまた正直で働き者で、お似合いの2人だと町でも評判であった。
今が楽しくて仕方がない2人は、時間を見つけては共に過ごしていた。
ケドンも2人の恋仲を邪魔するような真似はしなかった。
ある日の夕食の後、サイマはこっそりと家から抜け出し、待ち合わせの場所へ急いだ。例の平原であった。
川の浅い所を渡り、先に来ていたトットムと笑顔を交わす。
以前からここで星空を見上げながら、取り止めのない話をするのが幸せの一時であった。
ただ、町で問題となっている今、ここへ来るべきではなかった。
サイマとトットムの元へ4つの影が近付いてきた。
はじめは町の住民に見つかってしまったのだと、2人は照れ笑いを浮かべていた。
しかしそれが見たことのない風貌の者たちだと分かった途端、表情が引きつる。
言葉は無かった。
いきなりトットムは顔面を殴られた。
サイマが悲鳴を上げる間もなく、3人の男がトットムに殴る蹴るの暴行を加えた。
1人、最も大柄な男は見ているだけだった。
トットムは横倒しになり、動かなかった。
呼吸はあるようだ。
訳がわからず、サイマは泣きじゃくるだけである。