第1章「ネラダンの町と流れ者」【1】
アレイセリオン国南部の町、ネラダン。
住民の8割が農業を営んでいるこの町は、見渡す限りの広大な畑に囲まれている。
季節によって異なるが、常に10数種類の野菜が栽培され、近隣の町や村へ出荷される。
中でも1番の収穫量を誇るのは、夏野菜のポロコロである。
濃い緑の楕円形をした葉が数10枚ぎゅっと丸まったもので、鮮度の良いうちは生で食し、加熱をしてもその旨味が損なわれにくい。
村の東部を流れるミオハリカ川の水との相性がよほど良いのか、ネラダンのポロコロは緑色が特に濃く、美しい球体を成していると見栄えの良さも評価が高い。
この野菜を求め、少し遠方の町からも商人が買い付けに訪れるほどである。
そのおかげでネラダンはそれなりに栄え、住民の生活も潤っている。
この町を治めるのはウデガ家の当主ケドンである。
8代前の先祖がこの地に移り住み、長となってからはケドンが4代目で、経済も人口も今が最も成長していると言って差し支えない。
住民からのケドンへの信頼も厚いのであるが、全てはポロコロのおかげなのである。
順風満帆であったネラダンの町にいささかの問題が起こったのは、約1年前の事。
ミオハリカ川の東には大きな平原が広がっていて、川から幾らか離れた場所にぽつんと一軒の小屋がある。
元々はこの平原も開墾するべく、農具を置いたり住民の休憩所として利用する為のものであった。
その小屋に4人の男が住み着いた。
町の住民ではなく、どこかから流れてきた者たちだ。
身なりは薄汚れていて、どこか目つきも悪い、とは彼らを目撃した住民の証言である。
その中の1人はかなりの大柄な体格だとも。
町の方へは近寄らず、ただただ小屋に留まっているのだという。
不気味に感じた住民たちも川向こうから遠巻きに眺めるのみであった。
その件は長のケドンの耳にも届いていたが、流れ者ならそのうちに出て行くのではないかと期待し、様子を見ることにした。
しばらくすると、川に近い畑から作物が幾つか無くなっているという騒ぎが起こる。
野生の動物に食い荒らされたというのではなく、丸ごと消えているのだという。
人が盗んだに違いないと、被害に遭った住民は口にする。
盗んだというなら、あの連中が怪しいとは別の住民。
腹が減ったので畑から野菜を失敬したのだと想像できる。
流れ者たちが町に入って食料を調達する光景を見た者は誰もいない。
なのに平原の小屋に住み着いてもう20日は経つ。
自前で食料を持ち込んだとしても底をついていて当然。
犯人は流れ者たちだと断定された。
被害としては大した事がないとはいうものの、盗まれたとなれば愉快ではない。
被害者と近所の住民たち数人は川を越えて平原に入り、件の小屋へ向かった。
流れ者たちに謝らせるつもりだった。
人数はこちらの方が多い。
奴らは素直に頭を下げるだろうと鷹を括っていた。
ところが、流れ者たちは怯まなかった。
地面に落ちていたから拾ってきただけだと開き直り、住民たちを嘲笑った。
カッとなった住民の1人が流れ者たちに詰め寄った瞬間、住民の体が横へ吹っ飛んだ。
流れ者の1人が彼を殴り飛ばしたのだ。
倒れた住民は苦しげに呻き声をあげ、それを見た流れ者たちはまた笑った。
不意打ちに表情を歪めたのは、他の住民たちも同じであった。
彼らは悟る、この盗っ人連中は話し合いではなく暴力に訴える類なのだと。
そう考えた彼らは狼狽するばかりだ。
このままでは、また誰かが殴られるかもしれない。
それが自分だったらと思うと体が竦む。
4人の流れ者を前に、彼らは弱者となった。
倒れた仲間を何とか抱え起こし、町の住民たちは這々の体でネラダンへ逃げ帰った。