序章【5】
呼吸を合わせ、若者の左右から斬りかかる。
右からの太刀は弾かれる、これは想定内だった。
だが、左から太刀を浴びせようとした老人は面食らう。
彼の剣もまた甲高い音と共に弾かれてしまったのだ。
何が起きたのか、暗がりの中、老人たちは若者を凝視した。
若者の右手から一筋の白刃が煌めく。
そして、左からもまた、白刃が立ち昇っていたのだ。
若者は両手に剣を持っていた。
これは全くもって想定外であった。
今どき、二刀流の使い手など絶えてしまったのではないだろうか。
流行とは逆の姿の若者を見て、老人たちはそう驚いていた。
いやしかし、驚いてばかりもいられない。
相手が二刀流だろうが何だろうが、負ける訳にはいかないのには変わりがない。
もう一度、老人たちは左右から斬り込んだ。
しかし、それも若者は難なく捌く。
とにかく斬る、老人たちの想いは同じだ。
上からの連打を若者に喰らわせようとする。
ところが、若者は慌てる事なく、柔らかく受け流すのだ。
なるほど、技術だけはあるらしい。
いや、技術だけなら自分たちより上か、そう認めざるを得なかった。
ただし、これは大問題なのである。
さっさと片付けるはずだったのに、それが出来ないでいる。
既に時間が経ち過ぎている。
若者たちに時間を与えてしまった。
二刀流の若者の左にいた老人の表情が曇る。
視線の先に、ぽつぽつと灯りが浮かんでいた。
後続の若者たちに追い付かれた、という事だろう。
迷っている暇など無い。
老人が走り出せば、相棒も続く。
二刀流の若者は仲間に声をかけ、場所を知らせる。
松明を掲げた若者5人と合流し、逃げた老人たちを追う。
老人たちは疲れ果てていた。
それは若者たちから見ても明らかで、獲物の弱った姿は彼らを高揚させた。
とうとう老人の1人が、躓き、転んでしまった。
昨晩、飲み過ぎた方である。
2人で決めていた事がある。
どちらかが倒れても、捨てて逃げる。
その後、助けに戻る必要もない。
2人で手を組み、何十年とやってきた中で、決まりらしい事といえばそれぐらいである。
とはいえ、その決まりも今まで実行される事なく、逃げ延びる事が出来ていた。
今夜こそが、その時であった。
転んで動けなくなった相棒を捨てて逃げる、それで良かった。
倒れた老人も、そうなるだろうと考えていた。
ところが、相棒は逃げなかった。
残念ながら美談ではない。
1人が転んだ様を見て、逃げる気力が失せてしまった。
そもそも歩くのがやっとだったのだから、これ以上しんどい思いをする必要はない、いや、したくなかった。
寝転んだままの相棒を見下ろしながら、老人は持っていた剣を地面に投げ捨て、両手を上げた。
降参である。
老人2人は両手を後ろで縛られ、捕えられた。
逃亡生活の終わりを感じた。
この後は何処かの役所へ送られ、然るべき沙汰を受ける事になるだろう。
これまで犯した罪や殺めてきた人の数を考えれば、そう長くは生かしておいてはもらえない事は容易に想像がつく。
目も口も布で塞がれ、相棒の姿を確認する事も言葉を交わす事も出来ないが、互いに人生の終わりを悟っていた。