序章【4】
若者3人が追跡する。
ここで彼らの予想外だったのは、老人たちが思いの外、足が速かったことだ。
余裕は無い、追い付くどころか引き離されてしまいそうだ。
3人のうち1人が脱落する。
町から飛び出した老人たちは、とにかく走る。足には自信がある。
伊達にこの歳まで生き延びてきたわけでは無いのだ。
視線の先に森が広がっている。
あの中に逃げ込めば、彼らを撒く事ができそうだ。
視界の右隅に何かが映る。馬車がこちらへ向かって来ている。
その勢いから察するに、アレも追っ手と見て間違いなさそうだ。
馬車は当然、人が走るより、速い。ぐんぐん老人たちに迫って来る。
追い付かれる、だがその瞬間、老人たちは森の中へ飛び込む事ができた。
この木々の間を、あの馬車が進む事は難しい。
馬車には若者が2人乗っていた。
町で老人たちが出くわした者たちではない。
馬車が勢いを緩めて停まろうとするより先に、1人が飛び降りた。
彼も、速い。
不規則に立ち並ぶ木々の間を、怯む事なく駆け抜ける。
徐々に両者の距離が縮まっていく。
それは老人たちも感じ取っていた。
だが今の所、相手は1人だ。
後続が集まってくる前に、彼を2人がかりで斬ってしまえばいい、そう考える余地が老人たちにはまだあった。
剣の腕には覚えがある。
できるだけ彼と後続の間を開け、素早く彼を仕留めれば、後続が追いつく前に再び駆け出す事ができるだろう。
突如、前を走る老人の視界が一瞬遮られた。
のけぞって足が止まる。
リスか何かの小動物が彼の顔の前を横切ったのだ。
後ろの老人もぶつかりそうになり、慌てて止まる。
雑草を踏み潰す音に、後ろの老人が振り返る。
若者は既に剣を抜いていた。
薄暗さを増していた森の中で、抜き身が不気味に光る。
考えるより早く体が動く。
後ろの老人も剣を抜いた。
今さら逃げようとしても間に合わない、ここが斬り合う場と腹を決めた。
前にいた老人も剣の柄を握った所だ。
白刃が一直線に向かって来る。
それを自らの剣で払うと、甲高い音が森の中に響く。
速いが軽い、老人は若者の剣をそう評価した。
木が邪魔となり大きく振り回す事ができないというのも理由だろうが、それだけではないと思われた。
経験が浅い、これだ。
何十年もの間、生きる為に何人も斬ってきた自分とは違う。
だから若者の剣には踏み込みが足らない。
相手がどうなるかを考えてしまうから、あと一寸太刀筋を伸ばす事ができない。
勝てる。
いや、ここは何としても勝たなければならない。
十分生きたから、などとは思わない。
まだまだ楽しめるはずだ。
相手が未来ある若者なんて、どうでもいい。
既に人の形が影のようにしか認識できない程暗くなっている。
だが問題は無い。2人で一斉に斬りかかれば終わる、老人たちの思いは同じだった。
老人たちは若者を左右から挟む。
右の老人は斜め上から剣を振り下ろし、左の老人は地面と水平に。
片方が避けられても、もう片方は確実に斬る、そうなるはずだった。